第5話 狂いゆく歯車と、鉱山街の解放
第5話 狂いゆく歯車と、鉱山街の解放
【閑話】
ルミナス王国の辺境を牛耳る城塞都市アステリア。その中心部にそびえ立つ一際豪奢な館の奥深くで、一つの密談が行われていた。
部屋を照らすのは高価な魔石ランプの鈍い光。豪奢な絨毯が敷き詰められた部屋の中央に座るのは、ゴルド商会の会長である太った男、ゴルドだった。彼の対面に座るのは、アステリアを治める領主代行であり、王都の貴族とも太いパイプを持つ悪徳官僚のバルガスである。
本来であれば、この日の密談は彼らにとって祝杯を挙げるためのものになるはずだった。
ゴルド商会が借金漬けにした立地の良い個人店舗(レオンの店)を完全に差し押さえ、新たな物流拠点を設立する。そして、テラス鉱山街へ向かう街道に意図的に魔物を誘導して他の商人を排除し、鉱石の独占による利益を倍増させる。すべては完璧な計画であり、失敗するなど万に一つもあり得ないはずだった。
「……バルガス様。どうにも、状況が理解できません。いや、理解の範疇を超えているのです」
ゴルドは脂汗をハンカチで拭いながら、震える声で報告書を差し出した。
「何事だ、ゴルド。レオンの店舗の権利書は手に入ったのだろうな? あそこは王都へ続く大通りに面した絶好の立地だ。あれが手に入らねば、私の計画にも支障が出るのだぞ」
「そ、それが……。差し押さえに向かわせた私の手下たちが、何者かの妨害に遭い、逃げ帰ってきたのです。しかも、相手はたった一人の若い商人だと……」
「たった一人の商人に、貴様の抱える荒くれどもが追い返されただと? 冗談も休み休みにしろ!」
バルガスが苛立たしげに葉巻を灰皿に押し付ける。
「事実なのです! それだけではありません。昨日、冒険者ギルドで暴れたその若造は、あろうことか傷一つないブラッドウルフの極上毛皮を持ち込み、私の息の掛かった受付を脅し上げて正規の冒険者と商人ギルドの登録を済ませました。さらに……」
ゴルドの顔色が、恐怖で青ざめていく。
「今日の朝、我々が管理しているはずのテラス鉱山街への街道に、巨大な『黒い鉄の塊』が現れたと……。そして、通行料を徴収しようとした我が商会の精鋭十数名が、一瞬にして撥ね飛ばされ、全滅したという報告が入りました」
「黒い鉄の塊……? ゴーレムの類か? 馬鹿な、そんなものを動かせる魔術師など、辺境にいるはずがない!」
「さらに恐ろしいのはその後です。その鉄の塊が走った後の地面が……凄まじい地鳴りと共に、一瞬にして『白く滑らかな石畳』へと変貌し、しかも街道の両脇に魔物を寄せ付けない不可視の結界が張られているというのです。現在、その結界付きの街道は、テラス鉱山街へ向かって猛スピードで伸び続けていると……!」
「…………は?」
バルガスは言葉を失った。
大地を瞬時に石畳に変え、長距離の結界を維持し続ける。そんなことは、ルミナス王国の宮廷魔術師団が総力を挙げても不可能だ。神話の時代の古代魔法でも使わなければ説明がつかない。
彼らは知る由もなかった。
トウヤの持つ『リトライ』という時間を巻き戻す禁術の存在を。
トウヤは自身の平穏なスローライフ(安全なインフラ構築)を脅かす要素に対して、一切の容赦をしない。万が一失敗しても時間を巻き戻し、「最も効率的で、最も安全な最適解」を瞬時に導き出して実行する。
そのため、ゴルドたちから見れば、トウヤの行動は「あり得ないほどの先読み」と「絶対的なタイミング」で彼らの計画を完膚なきまでに叩き潰しているように見えるのだ。
レオンの店を差し押さえる前に資金を立て替え、ギルドの不正な買い叩きを瞬時に論破し、物理的な妨害には規格外の魔導輸送車と魔法で蹂躙する。
「……あり得ん。あり得んぞ! そんな規格外の化け物が、なぜこの辺境にいる! このままテラス鉱山街との間に安全な街道など造られてみろ。我々が苦労して築き上げた『危険な街道を独占する利権』が、一瞬にして紙屑になるのだぞ!」
「ど、どうしましょうか、バルガス様! このままでは、我がゴルド商会は……!」
「ええい、慌てるな! 相手が何者であろうと、テラス鉱山街はすでに我々が兵糧攻めで完全に掌握している。あそこの採掘者どもは、我々が食料を運んでやらねば餓死するしかないのだ。その若造が街道を造ろうと、鉱山街の連中が我々を裏切ることはできん!」
バルガスは強がりを言うように叫んだが、その顔には明確な焦りが浮かんでいた。
トウヤという、未来を知り尽くしたかのように動く万能の異端者の存在によって、辺境を支配していた彼らの歯車は、すでに修復不可能なほどに狂い始めていたのである。
――同時刻。テラス鉱山街の入り口。
キュィィィィン……という低い魔力駆動音を響かせながら、漆黒の魔導輸送車・一番機が静かに停車した。
「……着いたな。ここがテラス鉱山街か」
運転席から降り立ったトウヤは、目の前に広がる光景に小さく息を吐いた。
アステリアから馬車で三日かかる危険な道のりを、魔導輸送車による物理的な突破と、並行して展開した『超広域舗装』によって、わずか数時間で走破してしまったのだ。背後には、地平線の彼方まで続く、魔物の侵入を許さない真っ白な高速道路が完成している。
だが、目的地であるテラス鉱山街の様子は、お世辞にも活気があるとは言えなかった。
山肌に張り付くように建てられた粗末な木造の小屋。街を歩くのは、ツルハシを背負ったドワーフや、荷運びのための獣人たちだが、誰もが一様に痩せこけ、虚ろな目をしている。
「ひどい有様だな……。鉱山街といえば活気があって裕福なイメージだったが、これじゃあまるでスラム街だ」
助手席から降りたレオンが、痛ましそうに顔をしかめた。
「ゴルド商会の連中が、食料や日用品を法外な値段で売りつけ、代わりに鉱石を二束三文で買い叩いているんでしょうね……。私の故郷の村と同じです……」
ミアが悲しそうに耳を伏せ、自らの辛い過去と重ね合わせているようだった。
「お前ら……何者だ? 見ない顔だな。それに、その巨大な黒い馬車はなんだ……?」
警戒心剥き出しの声と共に、数人の屈強だが疲れ切ったドワーフたちが、ツルハシを構えてトウヤたちを取り囲んだ。彼らの背後からは、人間の労働者や亜人の子供たちが不安そうに顔を覗かせている。
トウヤは両手を上げて敵意がないことを示しながら、穏やかな声で一歩前に出た。
「俺はトウヤ。『安全第一商会』という新しい商会の代表をしている。あんたたちがこの鉱山街の責任者かい?」
「……俺はガロン。この鉱山街の元締めをやっているドワーフだ。商会だと言ったな? ゴルド商会の犬が、これ以上俺たちから何を奪おうってんだ!」
ガロンと名乗った老ドワーフが、血走った目でトウヤを睨みつける。
その時、トウヤの背後から、技術長のゴランが姿を現した。
「よぉ、ガロン。相変わらずしぶとく生きてるようだな。だがあのゴルドのクソ野郎の言いなりになって、随分とやつれちまったじゃねえか」
「ゴ、ゴラン!? お前、アステリアで工房を潰されて野垂れ死んだんじゃなかったのか!? なぜここにいる!」
旧知の仲であったらしいガロンが、信じられないものを見る目でゴランを指差した。
「俺様は最高のボスに出会ってな。もう一度、自分の魂を込めた仕事ができるようになったんだ。見ろ、この鉄の化け物を。俺様が鍛造し、うちのボスが魔法を吹き込んだ『魔導輸送車』だ。そして、振り返ってあの道を見てみろ」
ガロンや鉱山街の住人たちが、ゴランに促されるままに街道の方角を見た。
そこには、かつて彼らの命を脅かし続けた魔の森を真っ二つに切り裂くように、白く輝く舗装道路が伸びており、その両脇には魔物を弾き飛ばす光の結界が陽炎のように揺らめいていた。
「な、なんだあの道は……! 結界が張られているのか!? ゴルド商会の護衛なしで、この街まで辿り着いたというのか!?」
「あぁ。俺たちはたった今、アステリアから数時間でこの道を開通させながら走ってきた。ゴルド商会の護衛なんかもう必要ねえ。これからは、うちのボスが築いたこの『絶対安全街道』が、あんたたちの命綱になるんだよ」
トウヤはすかさず、交渉術のスキルを発動させながらガロンに語りかけた。
「ガロンさん。俺たちはゴルド商会とは一切関係ない。むしろ、あいつらのやり方が気に入らないから、物流の常識を覆しに来たんだ。俺の商会と専属の取引契約を結んでくれないか? ゴルド商会が提示していた運送料と食料の値段の『十分の一』で、俺たちが安全かつ迅速に、この街に物資を運び、鉱石を買い取る」
「じゅ、十分の一だと……!? そんな真似ができるわけがない! いくら道が安全でも、商売として成り立たないだろうが!」
「俺たちにはそれが可能なんだよ。その証明として、まずはこれを受け取ってくれ」
トウヤは『アイテムボックス』を展開した。
ドバババババッ!!
空間の歪みから、アステリアの市場で大量に買い占めておいた小麦袋、新鮮な野菜、樽に入ったエール、そして保存の利く干し肉などの山のような食料が、広場の中央に次々と吐き出されていった。
「なっ……!? これは、本物の食料……! しかもこんな大量に、どこから出したんだ!?」
「空間収納の魔法さ。これなら、行きは食料を無料で運び、帰りに鉱石を積んで帰れる。輸送コストはほぼゼロだ。さあ、皆お腹が空いているんだろう? ミア、レオンさん、配給を手伝ってくれ」
「はいっ! 皆さん、並んでくださいね! 美味しいスープも作りますから!」
ミアが手際よく火魔法と水魔法で簡易的な調理場を作り、温かい肉入りスープを作り始める。飢餓状態にあった鉱山街の住人たちは、初めは警戒していたものの、スープの暴力的なまでの良い匂いに抗えず、次々と集まってきた。
「う、美味い……! こんな温かくて美味い飯、何か月ぶりだろう……!」
「お腹いっぱい食べられるなんて……神様、ありがとうございます……!」
亜人の子供たちや疲れ切った鉱夫たちが、涙を流しながら食事を貪る姿を見て、ガロンはツルハシを取り落とし、その場に膝をついた。
「あんた……一体何者なんだ……。俺たちを、救ってくれるのか……?」
「ただの、平穏なスローライフを愛するしがない商人さ。でも、俺の目指す平穏には、あんたたちのような確かな技術と労働力が必要なんだ」
トウヤはガロンの目を見て、力強く頷いた。
「契約成立だね。さて、食事が済んだら、次は風呂だな。この街には大浴場はあるかい?」
「ふ、風呂だと? 鉱山の地下水は冷たいし、湯を沸かす薪も魔物が出るから取りに行けない。皆、何週間も水浴びしかしていないが……」
「よし、それなら俺が作ろう。従業員と取引先の福利厚生は、盤石な商会運営の基本だからね」
トウヤは立ち上がり、鉱山街の広場の片隅にある空き地へと向かった。
彼の異常な魔力が練り上げられる。
「地下水脈の探査と引き上げ。岩盤の切削と大理石化による浴槽の形成。そして、恒久的な適温加熱システムの構築……『全魔法創造・超広域公衆浴場』!」
ズゴゴゴォォォ……ッ!
大地がうねり、岩肌が滑らかな石材へと変貌していく。地下深くに眠っていた水脈が一瞬にして引き上げられ、火魔法の陣によって絶妙な温度に加熱された湯が、広々とした男女別の大浴場へと滝のように注ぎ込まれていった。
さらに風魔法による換気システムと、光魔法による柔らかな照明が備え付けられた、前世のスーパー銭湯もかくやというほどの完璧なリラクゼーション施設が、わずか数十秒で完成してしまった。
「な、なんだこれはぁぁぁっ!?」
「お湯だ! 温かいお湯が湧き出てるぞぉぉっ!」
食事を終えた鉱夫たちが、信じられない光景に歓喜の雄叫びを上げ、次々と服を脱ぎ捨てて風呂へと飛び込んでいく。
「極楽だ……疲れが、芯から溶けていく……」
「トウヤ様……いや、トウヤ会長! あんたは俺たちの救世主だ!」
ガロンもまた、湯に浸かりながら涙を流してトウヤを拝み倒していた。
これで、テラス鉱山街の人々の心は完全にトウヤのものとなった。安全な街道、潤沢な食料、そして最高のインフラ(風呂)。ゴルド商会のような恐怖と搾取による支配ではなく、絶対的な利益と快適さによる完璧な包囲網である。
「トウヤ、あんたのやり方は本当に規格外だが……これほど人々に感謝される商売というのも、悪くないものだな」
風呂上がりでさっぱりとしたレオンが、感慨深げにつぶやいた。
「ああ。これで鉱石の安定供給ルートは確保できた。次は、この豊富な素材を使って、さらなるインフラ整備を進める。……ゴルド商会がどんな手を使ってこようが、俺たちの築く『安全第一』の経済圏は、もう誰にも止められないよ」
湯上がりの爽やかな風に吹かれながら、トウヤは次なるインフラ整備の構想に思考を巡らせていた。
時間を巻き戻す禁術『リトライ』。今のところ、それを使うほどの危機は訪れていない。なぜなら、彼の持つ万能魔法と前世の知識による事前準備が、全ての脅威を寄せ付けないからだ。
彼の商会の仲間は徐々に増え、後援者となる地盤も固まりつつある。
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【現在のステータス状況】
名前:トウヤ
年齢:18
職業:商人 / 冒険者(ランクD)
レベル:11
体力:55/55
魔力:82,000/100,000 (街道建設・大浴場建設により消費・自動回復中)
固有スキル:『リトライ(発動可能)』
魔法適性:全属性(火・水・風・土・光・闇・時空・無)
取得スキル:鑑定、算術、交渉術、全魔法創造、全武具習熟、気配遮断、錬金、空間把握
【仲間・後援者の状況】
・ミア(獣人の少女):従業員第1号。拠点の管理や炊事を担当。鉱山街での炊き出しで大活躍し、亜人の子供たちからも慕われる。
・レオン(人間の商人):共同経営者。商会の実務と情報収集を担当。トウヤの善意と計算高さが融合した商法に感服している。
・ゴラン(ドワーフの技師):専属エンジニア。かつての同胞たちと再会し、鉱山街の採掘機材の改良にも乗り出す予定。
・ガロン(ドワーフの老鉱夫):【新規後援者(協力者)】テラス鉱山街の元締め。トウヤを救世主として崇め、鉱石の独占供給契約を結ぶ。
・インフラ状況:アステリア拠点、魔導輸送車・一番機、絶対安全街道(アステリア〜テラス間)、テラス超広域公衆浴場
・資金:金貨40枚(食料買い出し等で減少したが、今後の鉱石取引で爆増予定)
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