第3話 街の暗部と、盤石なる拠点の構築
第3話 街の暗部と、盤石なる拠点の構築
城塞都市アステリアの裏路地。先ほど悪徳商会のチンピラたちを魔法と弁舌で追い払ったトウヤは、助け出した中年の商人・レオンに案内され、彼の店舗へと足を踏み入れていた。
獣人の少女ミアは、初めて見る人間の大きな街の空気に少し緊張した面持ちで、トウヤの背後にピタリと寄り添っている。石畳のひんやりとした感触と、路地裏特有の湿った風が、前世の都会の路地を微かに思い出させたが、空気の質は全く違う。ここには、魔法と魔物、そして剥き出しの欲望が渦巻く異世界の匂いが充満していた。
「ここが、私の店だ。……見ての通り、もう客が来るような状態ではないがね」
レオンが自嘲気味に笑いながら木製の重い扉を開けると、ギーという軋む音と共に、中は薄暗く、埃っぽい空気が漂っていた。陳列棚にはわずかな日用品や干びた薬草が並んでいるだけで、お世辞にも繁盛しているとは言えない。壁のあちこちにはひび割れが走り、天井からは微かに雨漏りの跡が見受けられる。
「なるほど。大通りからのアクセスも良く、立地は決して悪くないのに、随分と寂れているね。さっきの連中が関係しているのかな?」
トウヤは店内の様子を『鑑定』スキルで素早く見渡しながら尋ねた。建物の骨組み自体は頑丈だが、長らく手入れがされていないことがわかる。修繕には多額の費用がかかるだろうことは、前世の知識からも容易に想像がついた。
レオンは重いため息をつき、奥のカウンターから三つの木製カップを取り出して、安物の茶を注いだ。茶葉の質は悪く、苦味ばかりが際立つ代物だったが、今のレオンが出せる精一杯のもてなしなのだろう。
「あいつらは『ゴルド商会』の手の者だ。このアステリアにおいて、物流と冒険者ギルドの裏側を完全に牛耳っている最大の悪徳商会さ。彼らは、近隣の都市へ続く街道に魔物が出ることを利用している。自分たちの抱える高ランク冒険者を使って、自分たちの荷馬車だけを安全に通行させ、他の弱小商会の荷馬車は魔物の標的になるよう仕向けているんだ」
レオンの話によれば、このルミナス王国の辺境では、都市間の物流ルートが魔物によって完全に分断されているという。本来であれば国が街道を整備し、騎士団が護衛を行うべきだが、王都の貴族たちは辺境の防衛に予算を回そうとせず、私腹を肥やすことにしか興味がない。結果として、武力を独占する大商会が法外な価格で流通をコントロールし、レオンのような誠実だが力を持たない商人たちは、商品を仕入れることもできずに干上がっていくのだという。
「ゴルド商会は、そうやって経営が傾いた店舗に法外な利息で金を貸し付け、最終的には店舗ごと乗っ取る。私の店も、あのままいけば明日には彼らの手に落ちていただろう。あんたが助けてくれなかったらな。だが、奴らを敵に回した以上、この街で商売を続けるのはもはや不可能に近い」
「なるほど。物流を支配する者が経済を支配する。前世の世界でも同じ理屈だけど、やり方が美しくないな」
トウヤは温るい茶を一口飲み、静かに微笑んだ。絶望的な状況を語るレオンとは対照的に、トウヤの瞳には商機を見出した鋭い光が宿っていた。
「レオンさん。俺は、この世界で誰も成し得なかった『完全に安全な物流網』を作るつもりだ。魔物に怯えることなく、誰でも適正な価格で商品を運べる街道をね。そのために、まずはこのアステリアに強固な拠点が欲しい。あんたの店、俺が買い取って、共同経営という形にしないか? 実務や現地での商交渉はあんたに任せたい。あんたの人柄と、この街での経験は、俺にとっては何よりの価値がある」
「……本気で言っているのか? 完全に安全な物流網なんて、それこそ王国の全軍を動員しても不可能だぞ。それに、そんなことをすれば既存の利権を貪っているゴルド商会が黙っていない。命がいくつあっても足りないぞ」
「彼らが黙っていようが喚こうが関係ないよ。俺たちで、彼らの常識を根底から覆してやるさ。命の心配ならいらない。俺には、絶対に負けない……いや、負けてもやり直せる確固たる『保険』があるからね」
トウヤは自身の『リトライ』スキルを思い浮かべながら、余裕の笑みを浮かべた。彼の瞳に宿る絶対的な自信と、先ほど路地裏で見せた圧倒的な魔法の冴え。彼なら、本当にやってのけるかもしれないという期待が、レオンの心に燻っていた火を再び灯した。
「……わかった。私でよければ、あんたのその壮大な計画に乗らせてもらおう。どうせ失うものは何もない身だ。あんたの夢に、私の残りの人生を賭けよう」
「交渉成立だ。ミア、俺たちの最初の拠点ができたぞ」
「はいっ! トウヤさんの商会、私も一生懸命働きます! お掃除でもお使いでも、何でも言ってください!」
ミアが嬉しそうに尻尾を振り、ピンと張った獣耳を揺らした。彼女にとっても、自分の居場所ができることはこの上ない喜びであった。
トウヤは立ち上がると、ニヤリと笑って店の中央に立った。
「さて、共同経営の最初の仕事として、まずはこのボロい……いや、年季の入った店舗を『最強の拠点』にリフォームしようか。掃除も必要なくなるくらいのやつをね」
「リフォーム? 大工を呼ぶ金なんてないぞ? それに、修繕するにしても資材を運ぶだけで数日はかかる」
「俺がやるからタダだよ。資材も現地調達、工期は数秒だ。ミア、レオンさん、少し壁際まで下がっててくれ」
トウヤは目を閉じ、自身の内側に眠る規格外の魔力――100,000という桁外れの数値を練り上げた。彼が持つ『全魔法創造』スキルは、明確なイメージさえあればあらゆる事象を具現化する。
彼が目指すのは、単なる綺麗な店ではない。魔物の襲撃や悪党の放火にも耐えうる堅牢さと、現代日本レベルの快適さを備えた究極の建造物だ。前世で夢見た、完璧なプライベート空間と機能的なオフィスの融合。
「建材の強度を極限まで高め、断熱性と防音性を付与。塵や埃を完全に排除し、空気の循環システムを構築。さらに、水魔法と熱魔法の複合による自動給湯システムと、土魔法を応用した水洗式トイレの配管を地下深くへと生成。外壁には物理・魔法攻撃を反射する不可視の結界をコーティング……」
トウヤが小声で呪文のような緻密な設計図を脳内で組み上げ、詠唱していくと、店内を神々しいほどの淡い光が包み込んだ。
「『拠点再構築』!」
ドゴォォォンッ!という低い地鳴りのような振動と共に、木造だった店舗の壁面が一瞬にして白く滑らかな特殊な石材(前世の鉄筋コンクリートに魔力コーティングを施した上位互換の素材)へと変貌していく。腐りかけていた床板は高級ホテルの大理石のように磨き上げられ、薄暗かった店内には、光魔法を応用した魔力ランプが太陽のような明るく自然な光を放ち始めた。
「なっ……!? なんだこれは!? 壁が……床が……!」
「わぁぁ……! 建物が、一瞬でピカピカに……! 息をするのも気持ちいいです!」
レオンとミアは、目の前で起きている信じられない光景に腰を抜かしかけた。
さらにトウヤは、店の奥に快適な居住スペースを作り上げた。ふかふかのスプリングを備えたベッド、魔力で一定の温度と湿度を保つ空調システム、そして彼が最もこだわった「ボタン一つで適温のお湯が出る広い浴室」と「常に清潔に保たれる水洗トイレ」だ。
「うん、こんなものかな。外装はあまり目立ちすぎないように周囲の景観に合わせてカムフラージュしておいたけど、壁の強度は王都の城壁の十倍以上ある。どんな上位魔法も魔物の突進も、この店を破壊することはできない。まさに難攻不落の要塞兼、最高級の宿屋だね」
「あんた……一体どんな魔法使いなんだ。伝説の賢者か何かの生まれ変わりか……? いや、神の御業としか思えん……」
「ただの、平穏なスローライフを愛するしがない商人さ。さて、拠点も綺麗になったことだし、次は資金調達だ。ギルドへ行って、昨日の素材を換金してこよう」
トウヤとミアは、未だに幻でも見ているかのように壁を撫で回しているレオンに留守番を頼み、アステリアの冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドは、街の中心部にある石造りの巨大な建物で、中には武装した荒くれ者たちでごった返していた。魔物素材の買取や依頼の受注を行うこの場所は、この街の経済の心臓部とも言える。壁には様々な依頼書が貼り出され、酒場も併設されているため、昼間から騒々しい熱気に包まれていた。
二人が換金カウンターへ向かうと、そこには派手な装飾品を身につけた、いかにも傲慢そうな恰幅の良い受付の男が座っていた。
「なんだお前らは。素材の買取か? 辺境の田舎モンが持ってくるようなゴブリンの耳やスライムの粘液みたいな雑魚素材なら、裏口から回せ。俺は忙しいんだ」
受付の男は、トウヤの質素な服と、背後にいる亜人のミアを見て、露骨に侮蔑の表情を浮かべた。種族への偏見と、弱者への見下しが染み付いた態度だった。
「いや、少し珍しい素材を手に入れたんでね。適正な価格で買い取ってもらいたいんだが」
トウヤは冷静な口調でそう言って、『アイテムボックス』から昨夜討伐したブラッドウルフの毛皮と魔石をカウンターに並べた。
傷一つない漆黒の極上毛皮と、血のように赤く澄み切った純度の高い魔石。それが並べられた瞬間、周囲の喧騒が一瞬にして静まり返った。
「な、なんだあの素材は……。ブラッドウルフか? しかも、剣の傷も魔法の焦げ跡も全くないぞ! 剥製にするにしても完璧すぎる!」
「あんな極上品、王都の貴族が金貨数十枚で買い取るレベルだぞ……! 一体どんな高ランクパーティーが仕留めたんだ?」
周囲の冒険者たちがざわめく中、受付の男の目が強欲な光を帯びた。彼の頭の中では、これを安く買い叩いて裏でゴルド商会に横流しし、莫大な利益を得る計算が瞬時に行われていた。
「ふ、ふん。一見すると良さそうだが、所詮はブラッドウルフだ。しかも亜人が触れたことで毛皮が穢れている。こんなものでは買い手がつかん。特別に、情けで全部で銀貨5枚で引き取ってやろう」
それは、市場価格の百分の一にも満たない、明らかな不当な買い叩きだった。銀貨5枚など、安宿に数泊すれば消える額だ。
ミアが悔しそうに耳を伏せ、拳を握りしめる。しかし、トウヤは一切慌てることなく、『算術』と『鑑定』スキルを発動させ、冷ややかな笑顔を向けた。
「銀貨5枚? 冗談が過ぎるな。ルミナス王国のギルド規定第18条第3項によれば、Cランク以上の魔物素材の査定は専属の鑑定士が行う義務があり、不正な買い叩きを行った職員は即刻解雇、及び損害額の三倍の賠償義務が生じるはずだ。あんた、自分の懐に入れて、ゴルド商会にでも流すつもりだろう?」
痛いところを突かれた受付の男は顔を真っ赤にして立ち上がった。
「なっ、貴様、ギルドの職員に向かってなんという口の利き方を……! 辺境のゴミ屑が、ギルドのルールを語るな! ええい、おい! 誰かこいつらをつまみ出せ! ゴルド商会に逆らうとこの街でどうなるか、その体に教えてやれ!」
受付の男が叫ぶと、ギルドの酒場スペースから、ガラの悪い高ランク冒険者と思しき男たちが五人、武器を抜いて立ち上がった。どうやら彼らも、ゴルド商会の息がかかったお抱えの冒険者らしい。
「へへっ、生意気なガキだ。その素材は俺たちが『保護』してやるよ。その獣人の女も、夜の慰み者にしてやろうか!」
男たちが下品な笑い声を上げ、巨大な剣や斧を構えながらトウヤとミアに迫る。周囲の冒険者たちは巻き添えを恐れて蜘蛛の子を散らすように距離を取った。
「トウヤさん……っ!」
「心配ないよ、ミア。少し埃が立つから、目を閉じてて」
トウヤは一切の恐怖を感じていなかった。彼の目的は安全第一だが、降りかかる火の粉、それも自身の商会の邪魔をする害虫は、徹底的に排除しなければならない。
「ギルド内で暴れるのは規約違反だろうが、正当防衛なら文句はないよな。……『水圧の弾丸』」
無詠唱。トウヤの指先から、極限まで圧縮された水の弾丸が超音速で放たれた。それは単なる水ではなく、前世のウォーターカッターの原理を応用した、鋼鉄すら貫く威力を秘めた魔法だった。
ヒュッ、という風切り音すら置き去りにする速度で放たれた水の弾丸は、男たちの構えていた分厚い鋼の武器をピンポイントで粉々に砕き、さらに彼らの膝の関節部分を正確に撃ち抜いて、一瞬のうちに五人全員を床に這いつくばらせた。
「ぎゃあああっ!?」
「あ、足が……! 武器が、一瞬で砕け散った……!?」
血は出ていない。打撲と神経への麻痺、そして激痛だけを与える、緻密に計算された魔法のコントロールだ。殺してしまえばギルドとの関係が悪化するため、あくまで「無力化」に留めたのだ。
さらにトウヤは『風魔法』で受付の男の首ぐらを掴み、見えない手で持ち上げるかのようにカウンター越しに宙吊りにした。
「ヒィィッ! や、やめろ……! 息がっ……!」
「さて。適正価格での買い取りと、正規の冒険者登録、それと商人ギルドへの紹介状。今すぐ手配してもらえるかな? それとも、君のその不正の証拠と、横流しの帳簿を、領主様のところに直接持っていこうか? 俺の『鑑定』スキルは、君の懐にある隠し帳簿の中身まで正確に読み取っているよ」
「は、はいぃぃっ! すぐに、すぐに手配しますぅぅ! 命だけは、命だけはお助けを……!」
圧倒的な実力と、一切の隙のない交渉術。ギルド内にいた他の冒険者たちや職員は、ただ息を呑んでその光景を見つめるしかなかった。ゴルド商会の威光を笠に着てふんぞり返っていた者たちが、たった一人の青年の前に赤子のようにひれ伏しているのだ。
その時、ギルドの隅のテーブルでエールを飲んでいた、小柄だが筋肉質で髭もじゃの一人のドワーフの男が、興味深そうにトウヤを見つめていた。
「ほぅ……あの魔法の精密さ、無詠唱での威力。そして何より、あのガキの装備している服や靴。見かけは質素な布の服に見えるが、編み込まれている魔力の質と防御結界の緻密さが尋常じゃねえ。ただの商人じゃねえな……。久々に、面白い腕の持ち主が現れたもんじゃわい」
素材の換金により、トウヤは莫大な資金である金貨50枚を手に入れた。これは平民の家族が一生遊んで暮らせるほどの額だ。さらに、冒険者としての身分証(実力行使により特例でDランクスタート)と、商人ギルドへの正規の登録手続きも完了した。
ゴルド商会という明確な敵の存在を確認しつつも、トウヤは着実に自身の盤石な地盤を固めていく。
「資金も手に入った。拠点もある。次は、安全な街道を造るための本格的な『土木工事』の準備と、俺の思い描く規格の道具を作れる優秀な『技術者』の確保だな。前世のインフラを再現するには、魔法だけでなく確かな職人の腕が必要になる」
街の美しい夕日に照らされながら、トウヤはミアと共に拠点へと歩を進める。彼の思い描く、万能魔法と時間を操るリトライを駆使した究極のスローライフへの道程は、まだ始まったばかりであった。
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【現在のステータス状況】
名前:トウヤ
年齢:18
職業:商人 / 冒険者(ランクD)
レベル:8 (チンピラ冒険者の制圧により上昇)
体力:45/45
魔力:95,500/100,000 (拠点リノベーション等の大規模魔法使用により消費・自動回復中)
固有スキル:『リトライ(発動可能)』
魔法適性:全属性(火・水・風・土・光・闇・時空・無)
取得スキル:鑑定、算術、交渉術、全魔法創造、全武具習熟、気配遮断、錬金
【仲間・後援者の状況】
・ミア(獣人の少女):従業員第1号。トウヤへの忠誠心は天を衝く勢い。綺麗になった拠点の風呂に感動し、さらに仕事への意欲を燃やしている。
・レオン(人間の商人):共同経営者。アステリアの拠点の管理を任される。トウヤの魔法と圧倒的な資金力を見て、彼を規格外の存在として畏敬している。
・資金:金貨50枚(莫大な初期資金を獲得)
・新たな出会いの予感:ギルドで見かけたドワーフの技術者がトウヤに関心を抱く。
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