第35話 【閑話】反乱軍の自滅と、崩壊する帝国の兵站
第35話 【閑話】反乱軍の自滅と、崩壊する帝国の兵站
【閑話】
商業都市フェリアを包囲していた『獅子王』レオーネ率いる五万の反乱軍は、今や完全な地獄の底に突き落とされていた。
彼らの頭上には、トウヤが『超広域錬金』によって一瞬にして造り上げた純白の巨大高架大橋がそびえ立っている。その橋を通じて、北のドラグニアやオアシス要塞都市から、フェリアの街へと絶え間なく新鮮な食料と物資が運び込まれていた。
一方で、城壁の外の荒野に取り残された反乱軍には、何一つ補給が届かなかった。
トウヤが事前に後方の補給線を物理的に切断し、略奪対象となる村々の住人や物資をすべてオアシス要塞都市へと避難させていたためである。帝国からの支援ルートも、商会が構築した防衛インフラと結界によって完全に遮断されていた。
「水だ……頼む、泥水でもいいから水をくれ……!」
「腹が減った……もう三日も何も食ってねえ……腕に力が入らねえよ……」
容赦なく照りつける太陽の下、荒野に張られたテントの陰で、獣人の兵士たちが干からびた唇から掠れた声を漏らしている。
彼らの鼻腔を絶えず刺激するのは、頭上の高架大橋と城壁の中から漂ってくる、暴力的なまでに食欲をそそる肉と野菜のスープの香りであった。トウヤの指示により、城壁の上で意図的に風魔法を使って極上の匂いを外へ流しているのだ。これが飢餓状態の兵士たちに与える精神的ダメージは、帝国の最新型魔導砲による直接攻撃よりも遥かに強烈であった。
「ええい、立たんか貴様ら! 泣き言をほざく暇があるなら、あの忌々しい橋の橋脚をよじ登れ! 城内に雪崩れ込めば、いくらでも飯が食えるのだぞ!」
反乱軍の指揮官である獅子獣人レオーネが、黄金のたてがみを振り乱し、血走った目で怒号を飛ばす。
しかし、兵士たちの反応は鈍かった。
「無茶です、レオーネ様……! あの橋脚はツルツルで全く登れない上に、無理に近づけば、橋の上の護衛たちに吹き飛ばされるか、見えない風の矢で足を射抜かれます……。もう、誰も戦える状態じゃありません……」
「黙れ! 帝国から賜った魔導砲があるだろうが! あれで撃ち落とせ!」
「魔導砲は……昨日、魔力切れでただの鉄屑になりました。予備の魔力鉱石もありませんし、動かす人員すら飢えで倒れました」
絶望的な報告に、レオーネはギリッと牙を剥き出しにして周囲を見渡した。
「ギド! 帝国の商人ギドはどこにいる! 奴に連絡を取らせて、今すぐ帝都から空輸で補給物資と増援を送らせろ!」
レオーネが怒鳴り散らすが、側近の獣人が青ざめた顔で首を振った。
「ギドの姿が見当たりません! 奴のテントを調べましたが、我々の軍資金として集めていた金貨や宝石もすべて持ち去られていました! あの人間のクズ……我々を見捨てて、夜の間に単独で逃亡しやがったんです!」
「なんだとぉぉぉぉっ!!」
レオーネの怒号が荒野に虚しく響き渡る。
反乱軍の士気は、すでにマイナスにまで落ち込んでいた。大義なき略奪軍は、利益と食料が尽きれば一瞬で瓦解する。
腹を空かせ、帝国に裏切られ、圧倒的なインフラという名の暴力の前に手も足も出ない兵士たちの目には、次第に狂気と、無謀な戦争を引き起こした指導者であるレオーネへの『殺意』が宿り始めていた。
「おい……レオーネのテントには、まだ少しだけ自分用の保存食と水が隠してあるらしいぞ……」
「俺たちをこんな目に遭わせて……自分だけ助かろうってのか……許さねえ……」
「奪え……奪い尽くせ……! 獅子王だろうが何だろうが関係ねえ!」
ギラギラとした目をした数万の飢えた獣人たちが、武器を手に、ゆっくりとレオーネの本陣へと包囲の輪を狭めていく。
「き、貴様ら、何をする気だ! 余は獅子王だぞ! 貴様らの王に向かってその武器を……や、やめろ! 来るなぁぁぁっ!!」
商業都市フェリアの堅牢な城壁の下で、悲鳴と怒号、そして血みどろの同士討ちが始まった。
トウヤの仲間たちは城壁の上から、その凄惨な様子を冷ややかに見下ろしていた。自軍の兵を一人も失わず、魔法を一発撃つこともなく、ただ『完璧な物流と絶対安全な道』を築いただけで、五万の軍勢は内側から完全に自滅したのである。
* * *
その頃、獣人国家アニマリアから遥か西に位置する、ガランド帝国の帝都ルミナリス。
反乱軍を見捨てて逃亡を図った死の商人ギドからの最後の通信を受け取った帝国中央は、かつてないパニックと混乱に陥っていた。
帝都の中心にそびえ立つ軍務省の最高機密会議室は、もはや本来の威厳を保っていなかった。
都市の暖房とエネルギーを支えていた主魔力炉が停止しているため、部屋の中は凍えるように寒く、軍の高官たちは分厚い魔獣の毛皮のコートを着込んで震えながら円卓を囲んでいる。窓の外に見えるはずの美しい魔法の街灯も、今や完全に消え失せ、帝都は死の街のように暗く沈んでいた。
「アニマリアの反乱軍が、事実上の壊滅状態……だと……?」
軍務大臣バルバロスが、手にした報告書を力なくテーブルに落とした。その手は、怒りとも恐怖ともつかない感情で微かに震えている。
「は、はい……。かの『安全第一商会』が、反乱軍の包囲網の頭上に巨大な橋を架け、商業都市フェリアの物流を完全に掌握したとのことです。兵糧を完全に断たれた反乱軍は極限状態から内部崩壊を起こし、レオーネは飢えた部下たちの手によって討ち取られたと……」
「馬鹿な……。数ヶ月かけて膨大な武器を供与し、ようやくアニマリアを帝国の属国にする手はずが整っていたというのに……! たった一人の商人の介入で、全てが水の泡になったというのか!?」
バルバロスが頭を抱えて呻く。
その隣では、筆頭宮廷魔術師ゼノンが、もはや正気を失ったように虚空に向かって笑い声を上げていた。
「フフフ……ハハハハハ! 当然だ! 奴の魔法は理外の理! 空間を捻じ曲げ、地形を造り替え、絶対的な防壁を構築する……。死に戻り商人の異世界スローライフ~万能魔法と『リトライ』を駆使して完璧な物流網とインフラを整備し、のんびり隠居を目指します~……そう、奴の狙いは最初から軍事制圧などではない! 世界の経済とインフラを全て掌握し、我々を兵糧攻めにすることだったのだ!」
ゼノンの狂気に満ちた言葉に、高官たちは背筋に氷柱を突き立てられたような悪寒を覚えた。
事実、ガランド帝国の経済は今、完全に首を絞められつつあった。
西の骸骨島は商会のリゾート地となり、南のエルフの森からは万能の霊薬が入ってこない。東の大防壁は無残に破壊され、魔力炉を奪われたことで帝都のエネルギー網は崩壊寸前。さらに竜公国ドラグニアの上質な魔力鉱石は全て商会に独占され、今回のアニマリア内戦の敗北によって、南方の安価な資源ルートも完全に絶たれたのだ。
「閣下! 帝都の下層区で大規模な暴動が発生しました! 食料価格の高騰と凄まじい寒さに耐えかねた市民たちが、武器を取って貴族街へ向けて行進を始めています!」
伝令の兵士が、扉を蹴破る勢いで飛び込んできて悲鳴のように報告する。
「ええい、第2魔導師団を出撃させろ! 暴徒を力で鎮圧するのだ!」
「無理です! 兵士たちへの給与遅配が続いており、部隊の半数が命令を拒否、あるいは暴徒側に寝返っています!」
外敵から一歩も領土に攻め込まれたわけではない。
ただ、トウヤという一人の商人が、周囲の国々に『安全で豊かなインフラ』を提供し続けた結果、相対的にガランド帝国だけが世界の物流ネットワークから完全に孤立し、内部から干上がってしまったのである。
「おのれ……おのれぇぇぇっ! トウヤァァァァッ!!」
バルバロスの血を吐くような絶叫が、冷え切った帝都の夜空に虚しく吸い込まれていった。
帝国の崩壊は、もはや誰の目にも明らかなほど、じわりじわりと、しかし確実に進行していた。
* * *
一方、帝国が自滅への道をひた走っている最中、商業都市フェリアの内部は、かつてないほどの活気と希望に満ち溢れていた。
反乱軍が自滅して包囲網が完全に解けたことで、フェリアの城門は大きく開かれ、トウヤの敷設した『安全第一・高架大橋』を通じて、近隣のオアシス要塞都市から避難していた獣人たちが続々と帰還し始めていた。
フェリア商業ギルドの豪華な応接室。
そこでは、トウヤを上座に迎え、フェリアのギルドマスターである羊人族のライラ、狐人族の豪商クラマ、そしてアニマリア穏健派のムル長老たちが、今後のアニマリア復興に向けた大規模な会議を行っていた。
トウヤの後ろには、元帝国特務部隊長のガリウスが腕を組んで立ち、防衛体制のチェックを行っている。
「トウヤ会長。反乱軍の残党は、ガレス殿やリュウガ殿の活躍もあり、完全に武装解除されました。現在はこちらが用意した『捕虜収容施設』にて、大橋の清掃および街の復興作業に従事させております。暴動の心配は一切ありません」
クラマが、見事にまとめられた報告書をトウヤに提示する。
「ご苦労様、クラマさん。彼らには適正な食事と睡眠を与えて、過労にならないようシフト制で働かせてください。ブラックな労働環境は、作業効率を落とすだけでなくインフラの質そのものを低下させますからね」
トウヤは『安全第一』のモットーに従い、捕虜であっても徹底した労務管理を敷いていた。
「本当に、何から何まで……。トウヤ会長、貴方様には我々アニマリアの民全員が命を救われました。フェリアの市場は約束通り、安全第一商会の専属として機能させていただきます」
ライラが深く頭を下げる。
「ありがとう、ライラさん。これでフェリア周辺の地盤作りは完了ですが……アニマリア全体を完全に『安全圏』にするためには、まだやらなければならないことがあります」
トウヤがテーブルの上に広げたのは、マイロが新たに作成した『アニマリア全土の立体マップ』であった。
「反乱軍の首魁レオーネは討たれましたが、アニマリアの首都である『獣王都』は、現在主を失って無政府状態にあります。帝国が裏で糸を引いていたとはいえ、首都の機能が停止したままでは、国全体の経済は立ち直りません」
ムル長老が重々しく頷く。
「その通りです。獣王都には、まだ帝国の工作員が潜伏している可能性もありますし、各部族の代表が集まって新たな連邦会議を開かなければ、国として機能しません。……しかし、首都までの道のりは反乱軍によって荒らされ、魔獣も多く……」
「だから、俺たちが『道』を造りながら首都へ向かいます」
トウヤが自信に満ちた笑顔で宣言する。
「フェリアから獣王都まで、反乱軍が荒らした街道を全て『絶対安全街道』として再舗装し、沿道に中継拠点を設置していく。そうすれば、各部族の代表たちも安全に首都へ集まることができる。……アニマリアの新たな夜明けのための、大規模インフラ整備事業の開始だ」
「おおおっ……! トウヤ様自らが、獣王都への道を……!」
「これで、我が国は完全に甦る……!」
ライラやムル長老たちの目に、熱い涙が浮かぶ。
「ミア、シルフィ、ザック、リュウガ、ガレス。そしてマイロ。準備はいいか?」
トウヤが仲間たちを振り返ると、彼らは全員、頼もしい笑顔で一斉に頷いた。
「いつでもいけますよ、トウヤ様! 獣王都の皆さんにも、私の特製スープをお腹いっぱい食べてもらいます!」
ミアが元気よく拳を握る。
「道中の魔獣や帝国の残党は、私の風とザックの大剣で全て排除します。トウヤ様は安全な道造りに専念してください」
シルフィが弓の手入れをしながら優雅に微笑む。
「おう! 反乱軍の雑魚どもじゃ物足りなかったからな! 骨のある魔獣が出てきてくれると嬉しいぜ!」
ザックが大剣を肩に担いでニヤリと笑う。
「俺とガレスで、商会の旗を掲げて先陣を切らせてもらう。竜と虎のタッグなら、どんな敵も寄り付かんさ!」
リュウガがガレスの肩を叩き、ガレスも「おうとも! この命に代えてもトウヤ会長の道を切り拓く!」と雄叫びを上げた。
「あっしは、最高のルートを案内しやすぜ! トウヤ会長の魔法があれば、険しい山だろうが谷だろうが、一直線のハイウェイになりやすからね!」
マイロが尻尾をちぎれんばかりに振って応える。
人間の冒険者、エルフ、獣人、竜人。そして商人たち。
かつては別々の場所で、別々の絶望を抱えていた彼らは、今や『安全第一商会』という一つの巨大な家族となり、揺るぎない絆で結ばれていた。
「よし、それじゃあ出発だ。獣王都に、誰もが安心して眠れる『絶対安全圏』を造りに行こう!」
トウヤの号令と共に、安全第一商会の特製キャラバンは、歓喜に沸く商業都市フェリアの住民たちに見送られながら、アニマリアの首都へ向けた新たなる『舗装工事(進軍)』を開始した。
それは、帝国の支配を目論む野望を完全に打ち砕き、東の大陸に真の平和と経済的繁栄をもたらすための、希望に満ちた旅路の始まりであった。
【現在のステータス状況】
名前:トウヤ
年齢:18
職業:商人 / 冒険者(ランクS)
レベル:77 (反乱軍の完全制圧およびフェリアのインフラ復旧により上昇)
体力:600/600
魔力:100,000/100,000 (拠点再構築後の自動回復完了)
固有スキル:『リトライ(発動可能)』
魔法適性:全属性(火・水・風・土・光・闇・時空・無)
取得スキル:鑑定、算術、交渉術、全魔法創造、全武具習熟、気配遮断、錬金、空間把握
【仲間・後援者の状況】
・ミア(獣人の少女):フェリアでの炊き出しを完了し、獣王都向けの新たな大規模メニューを考案中。
・シルフィ(エルフの護衛):キャラバンの前衛として、広域索敵魔法で道中の安全を完璧に確保する。
・ザック(人間の冒険者):戦意を失った反乱軍ではなく、本物の魔獣との戦いを求めて闘志を燃やす。
・ガリウス(人間の元帝国兵):フェリアに残り、クラマと共に防衛拠点のシステム構築と捕虜の再教育を担当する。
・リュウガ(竜人族の戦士):ガレスとの連携技を編み出し、商会の無敵の突破力として先陣を切る。
・ガレス(虎人族の戦士):トウヤへの絶対的な忠誠を誓い、獣王都奪還のために戦斧を振るう。
・マイロ(犬人族の地図職人):トウヤの魔法に合わせて、リアルタイムで地形が変化する魔導マップの運用を開始。
・ライラ(羊人族のギルド長):【後援者】フェリアの全市場を商会に提供し、トウヤの資金源をさらに強固なものとする。
・クラマ(狐人族の商人):【後援者】独自の情報網を駆使し、獣王都に潜伏する帝国工作員の洗い出しを開始。
・インフラ状況:フェリア商業ギルドの完全掌握。反乱軍の鎮圧および労働力化完了。獣王都へ向けた「絶対安全街道」の敷設工事スタート。
・資金:金貨85,000枚(フェリア復興支援事業の開始による莫大な利益と、反乱軍の接収資産が追加)
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