第15話 無血の決着と、王都への足がかり
第15話 無血の決着と、王都への足がかり
ルミナス王国近衛騎士団の先鋒千名が、泥濘と化した石畳に捕らわれ、青白い麻痺の波動によって次々と倒れていく。
それまでの戦場に満ちていた重苦しい砂塵と突撃の怒号は一瞬にして消え去り、聞こえるのは倒れた馬たちの荒い息遣いと、重い泥を跳ね上げる静かな足音だけであった。
「な……なんだ、これは……!? 我が近衛騎士団の先鋒が一瞬にして……! 魔法の詠唱すら無かったぞ!?」
本隊の最前線で馬を躍らせていた近衛騎士団長レオンハルトは、あまりの光景に絶句し、手に持った白銀の長剣を握り直すことすら忘れていた。
彼らは王国最強と称えられ、幾度もの国境紛争や魔物の大発生を鎮圧してきた精鋭である。それが、剣を一筋も交えることなく、敵の敷いた「道」の上を踏んだだけで全滅したのだ。
「レオンハルト団長! 前方に巨大な魔力反応! 敵の魔法使い……いや、あの『商人』が進み出てきます!」
副官の切迫した叫びに、レオンハルトはハッと我に返った。
泥濘の先、何事もなかったかのように平然と歩いてくる一人の青年の姿があった。
黒を基調とした上質な仕立ての服を纏い、右手には温かい湯気を立てるマグカップを持っている。その立ち振る舞いは、激甚な戦場のただ中にあるというのに、まるで自分の庭園を散策しているかのように優雅で、一切の隙が存在しなかった。
「……君が『安全第一商会』の代表、トウヤ殿か」
レオンハルトは馬から降り、重厚な甲冑を鳴らしながら数歩前へ進み出た。
彼が身につける鎧は、王都最高の職人が鍛え上げた秘銀製であり、その剣には祝福のルーンが刻まれている。しかし、目の前に立つ18歳ほどの青年の前に立つと、まるで巨大な山の前に佇む羽虫のような圧迫感を覚えていた。
「はじめまして、レオンハルト団長。俺が『安全第一商会』代表のトウヤだ。温かいコーヒーでもいかがかな? 遠道のご移動でお疲れでしょう」
トウヤは穏やかな微笑みを浮かべ、アイテムボックスからもう一つのマグカップを取り出して差し出した。
「ふ、戯れ言を……! 我らは王国を脅かす無法者を討伐しに来たのだ! 貴様、この先鋒の惨状を何とする! 王国軍に対する宣戦布告と受け取って良いのだな!?」
レオンハルトが怒気を含んだ声を上げるが、トウヤの表情は一切崩れない。
「宣戦布告? とんでもない。俺たちは正当な許可を得て、王都へ続く国営街道の建設工事を行っているだけさ。君たちが事前の通達もなく、いきなり全速力で工事現場に不法侵入してきたんだ。だから、作業員の安全を守るために『自動防衛システム』が作動した。……ほら、怪我人は一人もいないだろう?」
トウヤが指差した先では、麻痺して倒れていた先鋒の騎士たちの元へ、安全第一商会の手伝いとして同行していた元帝国兵の作業員たちや、エララ率いるアイギス守備隊の面々が駆け寄っていた。
彼らは手際よく騎士たちの身包みを剥ぐわけでもなく、トウヤが調合した最高級のポーションを口に含ませ、麻痺を解除して安静な姿勢へと寝かせ直していたのである。
「なっ……!? 敵の傷の手当をしているだと……!?」
「当たり前だろ。俺の商会は『安全第一』がモットーだ。敵だろうと何だろうと、無駄に命を奪うような野蛮な真似はしない。……それより、レオンハルト団長。あんたほどの武人が、なぜヴォランド侯爵のような腐った大貴族の個人的な私怨に付き合わされているんだい?」
トウヤの背後から、王都の高級仕立ての文官服を着た男が歩み出てきた。
「お久しぶりです、レオンハルト団長」
「アルベルト……!? 王都を追放されたはずの貴様が、なぜここに……!」
レオンハルトが目を見張る。アルベルトは胸元から、王都の監査局および最高法廷の公印が捺された大量の羊皮紙を取り出し、広げて見せた。
「私は追放されたのではありません。ヴォランド侯爵による関税の不正横領、不当な奴隷取引、そして国家事業妨害の決定的な証拠を収集し、監査局に提出するために動いていたのです。レオンハルト団長、あなた方が受領した『討伐命令』は、ヴォランド侯爵が偽造した私的な出兵要請に過ぎません。これに従うことは、近衛騎士団の名誉を汚す反逆行為にあたります」
「な、なに……!? 命令が、偽造だと……!?」
レオンハルトの顔色が変わる。アルベルトが提示した書類には、ヴォランド侯爵が裏で交わしていた密約や、公金を着服していた帳簿の写しが寸分の狂いもなく記されていた。
「さらに言えば」と、トウヤが言葉を継ぐ。
「俺たちが造っているこの『絶対安全街道』は、完成すれば王都と各地の物流時間を十分の一以下に短縮する。食料価格は下がり、地方の優秀な資材が即座に王都へ届くようになる。民にとっても、王国全体にとっても莫大な益となるインフラだ。それを破壊しようとするヴォランド侯爵こそが、この国の真の害虫じゃないのかな?」
「ぐっ……だが! 我ら近衛騎士団は、王家の剣であり盾! たとえ相手が正論を語ろうと、確認も取れぬまま引き下がるわけにはいかん!」
レオンハルトのプライドと忠誠心が、彼を踏みとどまらせていた。彼が剣を構えると、後方の四千の近衛騎士たちが一斉に槍と剣を掲げ、不穏な殺気が膨れ上がる。
トウヤは小さく息を吐いた。
「……話だけじゃ納得できないか。なら、商人らしく『力と実績』で証明してあげよう。レオンハルト団長、あんたのその自信のある一撃で、俺を攻撃してみるといい。もし俺を一歩でも退かせることができたら、この街道建設を今すぐ中止してやる」
「なに……? 戯れ言を言うな! 私は王国一の剣士ぞ! 甲冑も着けぬ商人相手に、本気で打ち込めというのか!?」
「構わないよ。全力を尽くしてくれ。そうじゃないと、俺の『商品』の安全性が証明できないからね」
トウヤは手に持っていたコーヒーカップをゆっくりと地面に置くと、無造作に立ち塞がった。武器すら構えていない。
レオンハルトの瞳に、激しい怒りと、それを上回る武人としての侮られた屈辱が燃え上がった。
「……後悔するなよ、若造!! 『光迅斬』!!」
レオンハルトの体が、目にも留まらぬ速度で光の尾を引いて肉薄した。
王室秘伝の極意。超音速で放たれるその一閃は、巨大な岩石すら一刀両断する威力を秘めている。秘銀の剣が、トウヤの首元を目掛けて一直線に振り下ろされた。
ドォォォォォォンッ!!!
凄まじい衝撃波が巻き起こり、周囲の石畳の砂塵が吹き飛んだ。
四千の近衛騎士たちが勝利を確信して歓声を上げかけた――その瞬間、彼らの歓声は喉元で完全に凍りついた。
レオンハルトの全身全霊の一撃は、トウヤの首筋からわずか数センチの空間で、カチリと音を立てて完全に静止していた。
トウヤの肌に触れることすらできていない。彼の周囲には、透明な空間の歪み――トウヤの『全魔法創造』によって生み出された『絶対不可侵領域』が展開されていた。
「な……なんだと……!? 私の全力を込めた剣が……届かない……物理的な手応えすら無いだと……!?」
レオンハルトは腕を打ち震わせ、血を吐くような思いで剣を押し込もうとした。しかし、空間そのものが固着しているかのように、剣は微動だにしなかった。
「素晴らしい剣筋だ、レオンハルト団長。だが、俺の『安全保障』は、神の雷すら防ぐ設計になっているんだ。剣一本で突破できるほど甘くはないよ」
トウヤは静かに右手の人差し指を立て、レオンハルトの剣の腹に軽く触れた。
「『概念切断』」
パキンッ……!!
王国最高の職人が鍛え上げた秘銀の長剣が、まるで氷細工のように儚く砕け散り、粉々になって地面へと落ちた。
さらに、トウヤが指を鳴らした瞬間――。
ドォォォォォォンッ!!
「ぐあぁぁぁっ!?」
レオンハルトの体全体に、通常の数十倍の重力が押し寄せた。彼は膝を折り、地面に力なく手をついた。重圧によって甲冑がきしみ、指一本動かすことすら叶わない。
後ろで控えていた四千の近衛騎士たちも、自分たちの団長が一瞬で、しかも指一本で叩き伏せられた光景を目撃し、完璧な絶望に包み込まれた。
「これが、俺の『安全第一商会』の力だ」
トウヤは重力に押し潰されているレオンハルト見下ろし、穏やかな、しかし絶対的な威厳に満ちた声で語りかけた。
「俺は世界を征服したいわけじゃない。自分の身の回りと、仲間たちの生活を守るために、完璧なインフラを造りたいだけなんだ。レオンハルト団長……君のその強靭な武力と誇りを、不毛な貴族の争いではなく、民の安全と物流を守る『警備部門』のために使ってみないか?」
トウヤは重力魔法を解除し、倒れ込むレオンハルトへ向けて手を差し伸べた。
「俺たちの商会と『安全保障協定』を結ぼう。王都の騎士団が俺たちの街道と拠点の警備を担当する代わりに、商会は騎士団へ最高級のミスリル装備と、年間を通して無尽蔵の兵糧を供給する。……王国の民を守るという君たちの本来の目的、ここで果たしてみないか?」
呆然と自分の砕けた剣の破片を見つめていたレオンハルトは、やがて力なく笑い、トウヤの手を取って立ち上がった。
「……負けた。手も足も出んとは、まさにこのことか。武力でも、そして何より……民を思う器の大きさでも、私は貴殿に遠く及ばない」
レオンハルトはトウヤの前に膝をつき、砕けた剣の柄を掲げて頭を下げた。
「ルミナス王国近衛騎士団長レオンハルト……トウヤ会長の提案を受け入れましょう。我ら近衛騎士団五千、これより『安全第一商会』の王都警備部門として、貴殿の事業と民の安全を守る盾となることを誓います!」
「「「おおおぉぉぉぉぉっ!!!」」」
四千の騎士たちから、地鳴りのような歓声が上がった。彼らもまた、目の前の規格外の青年がもたらす圧倒的な「安全」と「未来」に心服したのだ。
こうして、王都から派遣された近衛騎士団五千との衝突は、一人の犠牲者も出すことなく、完璧な「協定締結」という形で幕を閉じた。
それから数日後。
トウヤたちが手掛けたスーパーハイウェイは、ついに王都ルミナリスの巨大な正門へと到達した。
白く輝く美しい石畳の道が、遠く辺境のアステリア、テラス鉱山街、交易都市セルリア、防衛都市アイギス、そして中継都市ロックフォールを完全に結びつけた瞬間であった。
王都の城門前には、近衛騎士団を味方に引き入れたトウヤたちの「凱旋」を一目見ようと、数十万人もの王都の住民たちが押し寄せていた。
先頭を進むのは、漆黒の魔導輸送車・一番機。その後ろには、近衛騎士団長レオンハルトと、アイギス守備隊長エララが馬を並べて行進し、さらにその後ろには三万の元帝国兵による堂々とした建設部隊が続いていた。
「すごい……! 本当にセルリアからの巨大なハイウェイが一日で繋がったぞ!」
「あのアステリアの新鮮な魚や、テラスの高品質な鉱石が、破格の値段で王都に届くようになったらしい!」
「ヴォランド侯爵の不当な関税も撤廃されたんだろ!? 安全第一商会万歳だ!」
民衆の歓声を浴びながら、トウヤは魔導輸送車から降り立ち、王都の一等地に位置する広大な敷地(アルベルトの手配によって合法的に買収されたヴォランド侯爵の元・別邸)へと足を踏み入れた。
「よし。ここを『安全第一商会・王都中央本部』兼『超大型フラッグシップストア』としてリノベーションしよう」
トウヤは腕を振り上げた。
「『拠点再構築』、発動!」
ズゴゴゴゴゴゴォォォォォォォッ!!!
王都の住民たちが息を呑む中、敷地内に残されていた古びた屋敷が一瞬にして崩壊し、代わって白亜の大理石とミスリル合金で造られた、高さ百メートルを超える前代未聞の超高層本部ビルが姿を現した。
ビル内には、王都中の商品を上回る最高級品が並ぶ巨大スーパーマーケット、テラスの源泉から直接湯を引き入れた超巨大公衆浴場、そして全土と瞬時に連絡が取れる魔導通信センターが完備されていた。
さらに、トウヤの『魔導監視網』の映像が王都中に投影され、そこには監査局によって逮捕され、連行されていくヴォランド侯爵の惨めな姿が映し出された。悪徳貴族の没落と、新たな経済の覇者の誕生を、王都の民は盛大な拍手と歓声で祝福した。
「トウヤ様……本当に、王都まで完璧なインフラを繋ぎ切ってしまいましたね」
狐人族の天才建築家フェルスが、感慨深そうに超高層ビルを見上げる。
「ああ。これでアステリアから王都までの完璧な『絶対安全圏』が完成した。レオンさん、アルベルトさん、今後の王都本部の運営は二人に任せるよ」
「任せておけ、トウヤ。我が商会の利益は、もはや一国の国家予算を軽々と超える領域に入ったぞ」
レオンがニヤリと笑う。
トウヤは超高層ビルの最上階にあるバルコニーに立ち、王都の夜景と、そこから遥か彼方へと真っ直ぐ伸びる白く輝くハイウェイを見下ろした。
過酷な労働環境で倒れ、ゲームのようなステータスが存在する異世界へ商人として転移してから、彼が目指してきた「安全第一のスローライフ」。
死んでもやり直せる『リトライ』の力を使う機会すらなく、自身の万能魔法と、固い絆で結ばれた仲間たちの力によって、彼はこの異世界の物流、経済、そして安全保障の仕組みそのものを根本から塗り替えてしまった。
「……さて、王都までの大動脈は完成した。だが、まだ西の海沿いにある港湾都市や、南の樹海に眠るエルフの自治領へのインフラ整備が残っているな」
トウヤは淹れたてのコーヒーを一口啜り、夜風に髪を揺らせながら穏やかに微笑んだ。
「焦る必要はないさ。仲間たちと一緒に、ゆっくりと安全な世界を広げていこう。俺たちのスローライフは、まだまだ始まったばかりなんだから」
万能の商人と、彼を支える最高の仲間たちが織りなすインフラ開拓の物語は、更なる広大な世界へと、絶対の安全と信頼を伴って広がっていくのであった。
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【現在のステータス状況】
名前:トウヤ
年齢:18
職業:商人 / 冒険者(ランクS)
レベル:35 (近衛騎士団の降伏・王都インフラ完成により大幅上昇)
体力:200/200
魔力:91,000/100,000 (王都超高層本部建設・概念切断等により消費・自動回復中)
固有スキル:『リトライ(発動可能)』
魔法適性:全属性(火・水・風・土・光・闇・時空・無)
取得スキル:鑑定、算術、交渉術、全魔法創造、全武具習熟、気配遮断、錬金、空間把握
【仲間・後援者の状況】
・ミア(獣人の少女):王都本部の案内・接客部門の総責任者として大活躍中。
・レオン(人間の商人):安全第一商会副代表。王都本部の全体経営と全土の流通網を統括。
・ゴラン(ドワーフの技師):王都本部の地下に建設した超巨大工房にて、次世代の魔導列車の開発に着手。
・アルベルト(人間の文官):ルミナス王国最高財務総監に就任。商会の活動を全面的に法的保護・推進する最強の後援者となる。
・シルフィ(エルフの護衛):王都本部の上空防衛隊長。エルフ領とのインフラ接続の橋渡しを準備中。
・ユリウス(人間の元帝国将校):三万のインフラ開拓部隊の総司令官。王都〜他国間の街道工事の指揮を執る。
・フェルス(狐人族の建築家):商会最高建築士。全土を網羅する次世代都市計画の設計図を作成中。
・エララ(人間の騎士):防衛部門(アイギス国境守備隊)隊長。近衛騎士団との合同演習を指揮。
・バーツ(人間の補給官):全支部の資材・兵站の管理を統括。
・レオンハルト(人間の騎士):【新規加入(後援者・武力要員)】ルミナス王国近衛騎士団長。トウヤの器と力に心服し、近衛騎士団五千を率いて商会の『王都警備部門』として協定を締結。
・インフラ状況:アステリア〜テラス〜セルリア〜アイギス〜ロックフォール〜王都ルミナリス間「絶対安全街道」完全開通。王都超高層本部ビル完成。全土魔導通信網・監視網稼働。
・資金:金貨5000枚(王都本部のオープンと全土の物流独占により莫大な利益が流入中)
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