第6話 紀州の神隠しと、話が早すぎる母(再来)
「……悠真、頼む。お前しかいないんだ。助けてくれ」
放課後の教室。
いつもはうるさいくらい明るい親友の松岡 健斗が、目の下に酷いクマを作り、震える手で悠真の袖を掴んでいた。
「……健斗、顔色悪いぞ。また夜更かししてゲームか?」
「違うんだ……。先週の連休、和歌山の親戚の家に遊びに行っただろ? そこで地元の従兄弟たちと、ちょっとした度胸試しのつもりで『不帰のトンネル』って廃道に行ったんだよ」
健斗が声を潜めて語るその内容は、異様なものだった。
トンネルの奥、全く無音のはずの場所で、突如として『ゴーン……』という、巨大な鐘を打つような低い音が響いたという。
音が響くたびに、隣を歩いていた従兄弟の体が、まるで紙細工のように「折り畳まれて」闇の中に消えていった。
警察も動いているが見つからず、健斗自身も長野に戻ってから異変に襲われていた。
毎晩、寝室の四隅から『シャリ……シャリ……』という、何かが這うような音が聞こえ、朝起きると自分の腕や足の皮膚が、硬い「蛇の鱗」のように変色し始めているという。
「ほら、見てくれよこれ……」
健斗が震えながら腕をまくると、そこには不気味な光沢を放つ、人間のものではない黒い鱗がびっしりと生え始めていた。
「……あー。これは、ただの心霊スポットじゃないな。かなり質の悪い『呪い』だ」
悠真が顔を顰めた、
その時。彼のスマホが激しくバイブレーションした。
画面には『母(美弥子)』の文字。
『悠真、話は聞いてるわ。健斗くんのお母さんから泣きつかれたわよ。今度の土日、和歌山に行ってきなさい』
「……は? いや、俺、今週末は新作の『おやき』を買いに行く予定が――」
『健斗くんの従兄弟の子、まだ中学生なんですって。人命がかかってるのよ。特急と新幹線のチケットはもう手配したわ。沙羅ちゃんも社会見学として連れて行きなさい。……断ったら、一ヶ月間、あんたの部屋のWi-Fiを切るからね』
「…………了解です(そっちの脅しの方がきつい)」
逃げ場はなかった。美弥子の「話の早さ」と「デジタル制裁」のコンボには、神代の力を宿す悠真といえど勝てない。
数日後。
悠真、沙羅、そして怯えきった健斗の三人は、和歌山県・紀伊半島の深い山奥へと足を踏み入れていた。
「悠真殿……この地、恐ろしいほどの神気と呪気が渦巻いています。高野や熊野の神々が鎮座する一方で、それに対抗するような巨大な『穴』が開いているようです」
辿り着いた『不帰のトンネル』は、入り口がドロリとした粘液のようなもので覆われ、周囲には死んだ蛇が何百匹も転がっているという、異様な光景だった。
「……健斗、下がってろ。……沙羅、今回のは『七〇点』じゃ済まないかもな。和歌山の神様、みんな気性が荒いからさ」
悠真の黒髪が、微かに白銀の輝きを帯び始める。
トンネルの奥から、再び『ゴォォォォン……』という、魂を揺さぶる鐘の音が響いてきた。




