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第4話 林間学校の肝試しと、富士を焼く五〇点(?)の業火

山梨県、富士山北麓。


標高の高いこの地にあるキャンプ場『鳴鳴なきなきの森』は、昼間でも陽光を遮るほど木々が鬱蒼と生い茂っていた。




林間学校の目玉行事――夜の「肝試し」が、ついに幕を開ける。




「……だるい。マジで眠い。なんで山まで来て、暗い中を歩かなきゃいけないんだよ」




悠真は、配布された安っぽい懐中電灯を振り回しながら、特大のため息をついた。


ペアを組んでいるのは、当然のように沙羅だ。彼女はセーラー服の上からジャージを羽織り、顔を青ざめさせて周囲を警戒している。




「悠真殿、冗談を言っている場合ではありません。この森……ただの心霊スポットではありません。先ほどから、平安の呪霊と、この土地に根付く土着の悪霊が混ざり合い、異様な『呪域(領域)』を形成しています」




「そう? ちょっと霧が濃いかな、くらいだけど」




悠真がのんびりとカフェオレ(山梨限定版)を啜りながら歩いていると、不意に背後から音がした。




――カラ……コロ……。




コンクリートなどない土の道のはずなのに、乾いた下駄の音が響く。


二人が足を止めると、音も止まる。歩き出すと、また一歩遅れて音がついてくる。




「……振り返ってはいけません、悠真殿。あれは、この森の奥にある廃神社に祀られ……いえ、捨てられた女の怨念。振り返れば、最後です」




「へー。……でもさ、もう前にもいるよ?」




悠真が懐中電灯を向けると、そこには絶望的な光景が広がっていた。


立ち入り禁止のロープの先。古びた鳥居の影から、身長三メートルはあろうかという巨体が這い出してきたのだ。




平安時代の十二単をボロボロに纏い、腰まで届く髪は泥に塗れている。


何より異様なのはその顔だ。半分が焼け爛れ、剥き出しになった歯茎が「ヒ……ヒ……」と不気味な笑い声を漏らしている。




『……見ツケタ……若イ……生気……温カイ……。独リハ……寂シイ……焼ケテ……イタイ……ッ!!』




怨霊が咆哮した瞬間、周囲の木々が一斉に枯れ果て、黒い煤となって崩れ落ちた。


その背後からは、同じように焼け爛れた無数の『影』が、他の生徒たちがいるキャンプ場の方へ向かって這い出し始める。




「いけません! あれが里へ下りれば、クラスの皆が……! ですが、あの呪いの密度は私の手には余ります……っ!」




沙羅が震える手で護符を構える。


しかし、悠真はやっぱり面倒くさそうに、耳の後ろを掻きながら御朱印帳を取り出した。




「あー、もう。せっかくの林間学校で徹夜とか勘弁してほしいんだけど。……あ、そうだ。山梨なら、この人(神様)がいたな」




悠真がパラパラとページをめくり、富士山を象った鮮やかな朱色の印を指で叩く。




「サクヤさん。悪いけど、あのデカい虫、掃除して。あ、山火事になると学校に怒られるから、五〇点くらいの火力で適当にね」




その瞬間。


真夏の夜だというのに、周囲にハラハラと『桜の花びら』が舞い散った。


それも、ただの花びらではない。一切の穢れを焼き尽くす、紅蓮の炎で編まれた花弁だ。




『あらあら……。呼んでくれて嬉しいわ、可愛い悠真くん♡』




夜空に顕現したのは、絶世の美女。


富士の女神――木花咲耶姫コノハナサクヤヒメである。


彼女は慈愛に満ちた笑みを悠真に向けるが、その視線が怨霊に移った瞬間、温度が数千度跳ね上がった。




『でも……こんな汚らわしい虫が、私の悠真くんに触れようとしたの? ……万死に値するわね。灰一つ残さず、消し炭にしてあげるわ』




「ちょっ、サクヤさん!? 五〇点でいいってば! 森が燃えるから!」




『ふふっ、大丈夫よ。……私の“五〇点”は、これくらいだから!』




女神が優雅に袖を振る。


 刹那、森の奥から立ち昇ったのは、空を焦がさんばかりの真紅の爆炎だった。




――ドォォォォォォォォンッ!!




爆音と共に、巨大な怨霊も、這い寄る影たちも、呪いの霧さえも、一瞬にして光の中に飲み込まれた。


それは除霊というよりは、もはや戦術核の着弾に近い光景だった。




数秒後。


光が収まったあとに残っていたのは、怨霊がいた場所だけが綺麗に蒸発し、なぜか周囲の木々には一切燃え移っていない、神業的なピンポイント爆撃の跡だけだった。




「……ふぅ。サヨナラ、黒焦げの虫さん」




女神は満足げに微笑むと、悠真の頬にそっとキスをする仕草をして、桜の香りと共に消えていった。




「…………」




沙羅は、もはや言葉を失っていた。


平安の世を恐怖させた大怨霊が、文字通り『塵』にすら残らず消滅したのだ。それも、本人は「五〇点」と言い張りながら。




「よし、終わった。……さて、沙羅。あっちの自販機で冷たいもの買ってから戻ろうぜ。喉乾いたわ」




「ゆ、悠真殿……。あなたは、自分がどれほど恐ろしいことをしているか、本当に分かっておられるのですか……?」




「え? 掃除しただけだけど」




悠真は鼻歌まじりに歩き出し、沙羅はその背中を、畏怖と、そして少しの憧れを抱きながら追いかけるしかなかった。




なお、翌朝。


キャンプ場の一部が「謎の発光現象」と共に更地になっていたことは、林間学校最大のミステリーとして語り継がれることになるが――悠真はそれを「地元の気象現象じゃない?」と適当に誤魔化すのだった。

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