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異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。  作者: 暁月ライト


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支配下にあるもの

 閉まった扉。その前で話しているのは、興梼研究所の所長と、黒い革の服の男だ。


「ふむ、ここまで辿り着けたのは良いですが……この部屋にはセキュリティがかかっていますね。許可の無い人間が入ろうとすれば、警報が鳴るようです」


「つまり、既に許可のある人間は入れるってことだな」


「丁度、無理やり中から人を引っ張り出して来れそうな実力の男が居るわね」


 所長を怪しみ、扉の前で話している男。明らかにガードマンの役割を担っているその男に、メイアは透明な状態のまま背後まで近付いた。


「おやすみなさい」


「ッ、な……」


 男の首筋にその爪が突き立てられると、男は力を失ったように地面に倒れた。メイアは傷付いた男の首筋に、指先から一滴の血を流し込んだ。


「ぅ、ォ」


「ふふ、お目覚めはいかが?」


 男は呻き声を上げると、蕩けたような目で立ち上がった。


「おいおい、護衛の癖に一滴で簡単に落ちたな」


「仕方ないですよ。真祖と始祖の間に生まれた吸血鬼の血で支配されない人間は、そもそも一握りのものです。それも、魔力や闘気で抵抗出来れば違うかも知れませんが……気絶した状態でしたからね」


 二人が話している間に、メイアは既に男に指示を出していた。黒い革の服を着た男は扉を開け、ゆっくりと部屋の奥の椅子に座る老年の男へと向かって行く。


「話は聞いたかね? 様子がおかしいようだったら……な、何をしているのかね?」


 黒い服の男は、椅子に座っていた老年の男の体を持ち上げた。


「いえ、問題ありません」


「何が問題無いのか全く分からないが!?」


 男はそそくさと老年の男を運び、部屋の外に投げ出した。


「ぐッ、突然何を……」


「何をされているか、貴方がそれを理解する必要はありません」


 そこで待っていたステラが、老年の男の体に触れてその権能を発動した。


「……ぁ」


 男の眼がぐらりと揺れる。その目が虚空を、見えないステラの方を捉えたと同時に、四方八方にその目線が散り始める。ぎょろぎょろと凄まじい速度で動く目に、不気味さを覚えると同時にステラは手刀で男を気絶させていた。


「迂闊でした。ここまでトントン拍子で進んでいたせいで、警戒を怠っていましたね」


 地面に倒れた男を見下ろしながら、悔し気にステラは呟いた。


「カァ、抵抗された……ってよりか、先客が居たって感じか?」


 カラスの目が黄金色に光り、倒れた男を睨んでいる。


「そうですね。恐らく、筆頭と呼ばれる存在によって仕掛けられた安全装置と言ったところでしょう」


「ふぅん? 確かに、簡単に洗脳されたり情報を抜かれたりしたら困るものね……それにしては、ここに来るまで簡単だったけれど」


「向こうに関しては、所詮は表向きの組織だからな。寧ろ妙な仕掛けをしてそれがバレるって方が嫌だったんじゃないのか?」


 話し込む二人と一匹。しかし、目の前の男の洗脳という手段には失敗してしまった。


「まぁ、良いです。この施設のトップを無力化出来ただけでも、価値はありますから」


「どうするの? この人は、どこかに隠しておくのかしら?」


「そうですね。とは言え、外に運ぶというのも簡単ではありませんが……」


「だったらオレが隠しとくぜ。影の中に突っ込んどきゃ、バレることはねぇよ」


「良いじゃない。念の為にちゃんと眠らせておいたら?」


「だな」


 病魔の風(ローガ・ワーユ)が吹き、地面に倒れていた男は更に深い眠りへと落ちた。


「さて、それではアレからやりましょうか」


「もう準備は出来てるの?」


「えぇ、既にアンテナとなる精霊は拡散できています。後は発動するだけです」


「なら、早い所やっちまおうぜ? バレる訳でも無いんだろ?」


 二人の言葉にステラは頷き、目を瞑って両手を合わせた。


「恐らくは、ですが」


 ステラの手の甲に刻まれた逆向きの五芒星が輝き、パイモンの権能が発動した。施設内に拡散された精霊たちを伝って、この施設内を権能が解析していく。


「…………分かりました」


「共有して良いかしら?」


 目を開いたステラに、メイアが手を伸ばす。ステラが調べたのは、この施設内に存在する洗脳や支配の影響下にある人間だ。


「えぇ、お願いします」


「オレにも頼むぞ」


 ステラがメイアの手を取ると、ステラの中の情報がメイアに共有され、更にメイアからカラスへと共有される。


「カァ、なるほどな。こいつらだけ避ければ良いって訳か」


「えぇ、彼らは無理やり従わされているか、洗脳されている状態の人達なので殺さないように気を付けて下さい」


「支配を上書き出来るか、解除できるならその場でしておいて良いのね?」


「はい。可能ならですが」


 ステラは、地面に倒れたままの老年の男を見下ろしていった。


「私なら、無理やり上書きすることも出来そうだけれど……あんまりやり過ぎると、影響が出過ぎてバレちゃうのよね」


 軽い支配を超え、完全な血の眷属と化してしまえば、その存在の変容は見破られる可能性も高くなるだろう。


「ま、あんまりちんたらしてても良くねぇだろ。こいつの支配に失敗した時点で、ワンチャン本部に情報が伝わっててもおかしくねぇんだ」


「そうね。それなら、各自で動きましょうか」


「はい。間違えて被害者を殺さないようにだけ、お願いします」


 カラスは地面に倒れた男を影の中に沈めると自身も影の中に消え、メイアは血の煙の中に消えた。残ったステラは、洗脳状態にある所長と黒い服の男に視線を向け、小さく息を吐いた。


『では、情報管理室まで案内して下さい。黒い服の貴方は、この部屋に人を通さないように』


「はい」


「了解しました」


 黒い服の男は扉を塞ぐように立ち、歩き出した所長の後ろをステラは付いて行った。

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