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異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。  作者: 暁月ライト


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撤退指示

 屋敷の中を冷気が駆け抜ける。収束した冷気は怪物達を襲い、氷漬けに変えていく。


「ッ、テメェは……!」


 冷気を浴びながらも凍ることは無いフォボスが、吹き付ける風に逆らいながらも雪也を睨む。


「アンタらの言う、()()()です。望み通りにしてあげますよ」


 雪也がフォボスに向けて指先を向けると、鋭く尖った氷柱が三つ発生し、フォボスに向けて放たれた。当然避けようとするフォボスだが、寸前で足が黄金の波に捕まえられて動けないことに気付く。


「ま――――ッ!」


 転移する間もなく、三つの氷柱が着弾する。一つは頭、一つは胸、一つは腹に。それぞれ貫いた氷柱は、そこからフォボスの体を凍て付かせ、一瞬にして氷像に変えた。


「さて、後は……」


 次の獲物を探す雪也の背後から巨大な魔法陣が発生し、巨大な火球が放たれる。しかし、雪也は振り返ることも無く冷気を溢れさせ、その火球をあっという間に消し去った。


「アンタですね」


「ッ、異能者め……悍ましい存在だ。術理も無く、考えもせず力を振るうのみ。悍ましい、愚かしい……」


 その魔術を放った仮面の男……モーモスはぐちぐちと罵詈雑言を口にした後、雪也に指先を向けられるとその場から消えた。



「――――おい、お前達」



 凍て付く大広間の中、男の声が響く。その声の主は、継承者の一人……恐怖のデイモスだ。


「俺に直接、撤退命令が下された。筆頭からの命だ。退くぞ」


「ハァ? ふざけんじゃないわよォ! 今、私がコイツのことを甚振ってんのが見えなぐぎゃッ!?」


 安治を追い詰めていた仮面の女、欺瞞のアパテ―がデイモスに食って掛かると、巨大な氷塊が頭から落ち、アパテ―は氷塊に潰されて無様に倒れた。


「ッ、何なのよもう……!」


 しかし、いつの間にかその氷塊の上に立っていたアパテ―は苛立ったようにそう呟いた。


「良いから、退くぞ。全員だ。アイテールの奴も退かせるぞ」


「ふん。下らん。私達がこんな有象無象の無知蒙昧共に負けるとでも思われているのか? 不快だ。不愉快でならない。今からでも直談判して――――」


「どっちに意思を統一しても構いませんけど、少なくとも僕は逃がす気はありませんよ」


 凍て付く風が吹き付ける。モーモスは自身の体が凍てつく寸前で転移によりその場から逃れた。


「転移能力は面倒ですね……しかも、全員標準装備だってんだから、始末に負えない」


 冷たく大広間を見回す雪也は、どうすれば誰も逃がさずに殺すことが出来るのかを考えていた。




 ♢




 意味も無く文月を痛めつけていたアイテールは、デイモスからの連絡を受けて溜息を吐いていた。


「はぁ……何でこうも僕の兄弟達って弱いのかなぁ。やっぱり、生まれが違うからかな? 有性生殖の方が優れてるってことだ」


 アイテールは地面に倒れ伏している文月に向けて、冷めた瞳と指先を向けた。


「じゃ、お疲れ」


 アイテールの周囲に無数に浮かぶ煌めく粒子が、その輝きを増し、魔力の高まりを示すと、冷酷にも文月に向けて放たれた。


『目標ノ生存ヲ確認。防衛ニ成功』


「……へぇ、あの扉を一瞬でも開けたんだ」


 秘密通路の奥までもつれ込んだ戦いの終止符。それを防いだのは、犀川の作り出した魔導機械……エンシェントだ。


『警戒度最大。全機能ヲ使用シマス』


 胸に青色のコアがはめ込まれた人型の鋼鉄。エンシェントの両腕が刃に代わり、そこに魔力が流れ込む。


「『魔導ブレード・起動』」


 魔導の刃がアイテールに向けられると、アイテールは溜息を吐いて手を振った。


「止めにしておくよ。撤退指示が下りてる以上、僕が逆らう訳にもいかないし……君と戦うと、長くなりそうだからさ」


 アイテールはそう言うと、外していたフードを被り直してその場から消え去った。

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