継承者の正体
既に乱戦が繰り広げられている大広間に飛び込んだのは、白銀のドレスを纏い、銀色の仮面で顔を覆った銀髪の少女。そして、黒金のドレスを纏い、金色の仮面で顔を覆った金髪の少女。
「アンタ達ッ、助けに来たわよッ!」
「一旦、死にそうな子達には保護をかけて上げるわぁ」
勢い良く飛び出して来た二人に視線が集中する。その中で、銀子は思い切り腕を振りかぶり、金枝はその手から液体のように流動する黄金を溢れさせた。
「『銀の腕』」
勢いよく振りかぶられた腕に合わせて、空中から巨大な銀の腕が生まれ、周囲の敵を蹴散らすように振るわれる。
また、その間に金枝は黄金を地面に這わせて倒れている者達に向かわせ、その者達の身を黄金に変えて保護した。
「誰ぞ知らんが、死にたいようだな」
そして、そんな二人の前に現れたのは老人のように艶の無い白髪を生やした、宮廷道化師のような装いの若い男。その顔は仮面で隠れており、表情も伺えない。
「誰よッ、アンタ!」
「ふん。名乗りもせずに人の名を聞くとは……どれだけ野蛮な精神を持てば、そのような不作法が出来るのか。怒りよりも先に憐憫が湧いて来る程だ。余程、生まれにも育ちにも恵まれなかったに違いない」
「ハァ……? 何言ってるのか良く分からないけど、最後の言葉は聞き捨てなら無いわッ! 確かに生まれはクソッタレのクソだったけど、私には立派な育ての親が居るわッ!」
「それは結構。自分の愚鈍愚劣にも気付けぬとは、哀れ過ぎて言葉も出ない」
男の煽りに、仮面で覆い隠された銀子の額に青筋が浮かぶ。
「ぶっ潰してやるわッ!!」
「軽挙」
冷めた目で言った男に、銀の腕が振り抜かれる。しかし、男は転移によってその一撃を回避した。
「ッ、転移……?」
「見れば分かることを一々口に出して言う。正に愚者よ」
「うるさいわね……その口、さっさと塞いでやるわッ!」
「何故、私がされるが儘で居ると思ったのか。愚者というのは、いつの世も自分の都合の良いように物を考える」
振るわれた銀の腕を転移で避けた男は、自身の周囲に無数の魔法陣を展開した。
「二度と口を開けなくされるのは、貴様の方だ。愚かなる娘よ」
「ッ、誰が愚かよッ! アンタみたいに、人を傷付けて馬鹿にして、それで悦に浸る以外やることがない奴よりは何千倍もマシよッ!」
「黙れ、愚者めッ!」
魔法陣から放たれるのは無数の魔術。その中には呪いと呼ばれるものも含まれていたが、銀子には効果が無かった。残りの魔術も、全て巨大な銀の腕に庇われて消えた。
「ッ、術理も無くただ殴りつけるだけの力とは……私では、少し相性が悪いな」
「相性が何ッ!? まさか、不利だから逃げるなんて言わないでしょうねッ!」
「逃げる訳では無い。戦略的に一度俯瞰できる状態に戻り、また別の人材をここに適用するだけだ。ただ、私達の持つ戦略的有利を活かして適材適所に人材を割り当て直すというのみ」
「……それって、結局逃げるってことじゃないッ!!」
追いかけるように銀の腕を振るった銀子だったが、銀色の拳は転移によって空振りに終わった。
「待ちなさいッ、絶対に逃がさない――――ッ!」
再び銀の腕を振り抜こうとした銀子の腕を、突如現れた仮面の男が掴んでいた。さっきの男とは違い身長が高く、髪が黒い。
「継承者でありながら、敗走するとは……情けないぞ、モーモス」
身長の高く、仮面すらも長い髪で殆ど覆われた男は、銀子の腕を掴んだままモーモスと呼ばれた男の方を睨んだ。
「ッ、黙れ。物事には相性や優先度という物が存在する。そんなことも考えられずに私に食って掛かるとは、どこまで愚かな頭脳をしているのか。そもそも、味方でありながら態々罵倒の言葉を口にするとは士気の低下すら考えられぬ――――」
「分かったから、消えていろ」
「なッ!?」
男はモーモスの言葉を遮り、視線を銀子に戻した。
「それで、お前は何だ……? モーモスも肉弾戦には向かぬとは言え、そこらの相手に負けるようなことは無い筈だが」
「うるっさいわねッ、良いから手ぇ離しなさいよッ!」
銀の腕。掴まれていない方の腕を振るった銀子は、出現させた銀の腕で髪の長い男を殴りつけようとした。
「ッ、危ないな……成程、どちらの腕でも発動可能という訳か」
しかし、男は転移によって銀の腕を回避し、冷静に観察するような目で銀子を睨んだ。
「アンタ達、何なのよ……今までの怪人とは、ちょっと違う感じがするわ。というか、寧ろ……」
「私に似ている、か?」
言い当てられた銀子は息を呑み、足元から寒気が昇ってくるような気配を感じた。
「やはり、な。話には聞いたことがある。私達の前身とも言える、実験対象が居たと……そして、そいつらは逃げ出して姿を晦ませた、と」
「何が、言いたいのよ」
「俺達は、確かに同じ力の源泉を持つ存在だ。神の力を使う者同士、という訳だ」
銀子は僅かに動揺しながらも、納得していた。モーモスと戦っている時から、どこかそんな気がしていたからだ。
「しかし、決定的に違う点がある」
「……何よ」
間を置いて問い返した銀子に、男は冷たい視線を向けたまま続ける。
「俺達は、お前とは違う。不完全で人としての自我を持つお前とはな」
「……なに、アンタは人としての自我が無いって言う訳?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える。俺達は、継承者だ。紙片より、神を継承した者。別に、神が乗り移っている訳では無い。ただ、自我を持たない無垢なる器にその力を継承することで、より力と器の親和性を高めているという訳だ。その結果、人間としてある筈だった自我はその神の性質を色濃く受け継いだものとなる」
「……そんなこと、どうして神様が許してくれるのよ」
銀子が問い返すと、男はフッと笑った。
「言っただろう。俺達は継承者だ。力と性質だけを継承し、神との接続状態は切っている。お前のように、巫女に近い存在とは違う」
「ッ、何よそれ……」
「無垢なる器は、何色にも染まる。そこに神の紙片を宛がえば、神は完璧な器と勘違いし、喜んで力を降ろそうとする。そこで、力だけが注がれた後に紙片に術を流し込み、接続のみを切り放つ。そうして創られたのが、俺達だ」
男は長い髪を揺らし、その冷たい目で銀子を見た。
「継承者、恐怖のデイモス」
「……シルバーよ」
両者は拳を構え、向かい合う。
「何も知らずに死ぬのは怖いだろう。せめて、全てを知った上で死ぬと良い」
「私は、死なないわ」
拳が、振り抜かれた。




