明察
御日の懐から飛び出し、宙を舞うのは読めない文字が細かく書かれた小さく細長い紙。
それは、御日が老日から二級の祝いにと貰った紙だった。老日が言うにはそれはお守りで、肌身離さず持って置けという言葉を守り、御日は一日足りともそれを手放すことは無かった。
宙を舞う紙が、一瞬で焼け落ちるようにして消える。
光を纏う斬撃が、瞬く間に飛び回る。
「――――悪い。もう少し、条件を緩くしておくべきだった」
迫る紅蓮の触手は全て、一息の内に斬り落とされていた。
「刀の、人……?」
「あぁ、久し振りだな」
話している内にまた迫った触手を全て斬り落とした老日は、御日と同じくそこに居た七里を見た。
「老日!? お前、どうしてここに……いや、今は良い。取り敢えず、アイツをぶっ倒すのを手伝ってくれ」
「七里か。どういう状況かは、後で聞かせて貰う」
老日は真っ赤で巨大な人型の怪物……レッドマンを見上げた。
『テメェ、誰だよ……つーか、何者だ? 一級にも結社にもテメェみたいなのは居ねぇだろうが』
「そんなことはどうでも良いが、他の奴に触手を差し向けてる暇があるのか?」
老日が地を蹴り、レッドマンの眼前まで飛び上がった。そうして刃は振り下ろされ、一瞬にしてレッドマンの頭がかち割られる。
レッドマンは焦燥と共に、他のハンターを襲わせていた触手を慌てて老日の方に向かわせる。しかし、その触手達も簡単に全て斬り落とされてしまう。
「ッ、老日! そいつは幾ら斬っても再生するタイプだッ!」
「分かった」
叫んだ七里の声を聞き届けた老日は、何やら空中で一言二言の呪文を呟き、その剣に妖しき光を灯した。
『テメェ、何なん――――ッ!?』
頭から真っ二つに斬り裂かれるレッドマン。左右に分かれた体はくっつくことも無く、傷口が塞がることも無く、眼を見開いたままそれぞれ左右に倒れた。
『が、クソ……テメ、ぇ……!』
「あぁ、そういうタイプか……要するに憑依だな」
その一太刀でレッドマンの正体を見抜いた老日は、冷たい目で地面に倒れた巨人を見下ろした。その手に握られた剣が淡く透き通り、青い光を放つ。
『ッ、何だよそれは……ガァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!?』
「まだ死ぬなよ。ちょっと刺しただけだ」
レッドマンの体を突き刺した刃が、魂を引き上げる。その刃伝いに情報を探ろうとする老日だったが、その魂は爆発するように弾け飛び、消滅してしまった。
「……自爆装置付きだったか」
そこまでして情報を漏らすまいとする殊勝な人間には見えなかった。老日は、恐らくこの機能を取り付けた奴が居るのだろうと睨み、貴重な情報源が飛び散って消えたことに嘆息を漏らした。
「まぁ、仕方ないか。お前の話を聞かせてくれ」
術者の死によって崩壊していく肉の結界の下で、老日は七里に振り向いた。
「……やっぱり、おかしいぜ? お前」
あっさりと規格外の怪物を葬り去ってしまった老日に、七里は半分呆れたように溜息を吐いた。
「御日、思ったよりも傷が多いな。大丈夫か?」
「おい、自分から聞いといて俺は放置かよ」
老日は御日の下へと向かい、その体に触れた。
「うん、大丈夫。凄く、痛いけど」
レッドマンにより斬り裂かれ、白い炎で傷口を焼かれた御日は、そこかしこが火傷と裂傷を同時に負っている酷い状態になっていた。因みに、七里も闘気で無理やり回復していた分、それよりはマシだが酷い状態にはなっている。
「闘気が回復したら、多分治せるから」
「いや、俺が治せる。態々、長い時間苦しむ必要も無いだろう」
そう言うと、老日は詠唱無しで回復の魔術を使い、御日の体をたった一瞬で完全に再生させた。
「凄い……全然痛くないし、ふわふわしてる」
「あぁ、苦痛の軽減効果が付いてるからな。代わりに、戦闘中の使用には向かないが」
「それ、俺にも使ってくれたらすげぇ有り難いんだが?」
「分かってる。ただ、優先度があっただけだ」
若干引き攣った顔で言った七里に老日は手で触れ、御日のに使ったものと同じ魔術を使用し、七里の傷を完治させた。
「うお、すげぇ! 確かに、戦闘中だと集中が切れちまいそうな心地良さだな……助かったぜ」
「私も、ありがとう。刀の人」
「別に良い。因みに、他に怪我人は居そうか?」
老日は手を振ると、七里にそう尋ねた。
「あぁ、多分居る。さっきまでの肉の壁があった内側に、まだ数人生きてる奴が居る筈だ」
「分かった。取り敢えず、話はそれから聞かせて貰う」
老日は仮面を着け、周辺の生存者の気配を探るとその場から消え去った。
「……あー、取り敢えず、アレだ。お疲れ、嬢ちゃん」
「んーん。私より、あなたの方が大変だった筈。私のこと、庇ってくれてたから」
「いや、庇ってたのは事実だが、言うほど無理はしてなかったぜ?」
実際、七里は紅蓮結晶樹の大剣によって無限に襲い掛かる触手から生命力を吸い取り続けていた為、傷を負ってもその度に再生し、闘気覚醒も何とか維持出来ていた。
「つーか、噂には聞いてたが中々やべぇな嬢ちゃん。もうちっと頑張れば、直ぐに準一級になれるぜ」
「本当?」
「たりめぇだ。元準一級の俺が言うんだぜ? 間違いない。寧ろ、俺が推薦しても良いくらいだ」
豪快に笑って言う七里の目を、御日はジッと見た。
「……一級にも、なれる?」
「急に話が飛んだな!? まぁ、そりゃいつかは……死ぬ気で頑張りゃ、届くかもな」
遠くを見るようにして言った七里に、御日は刀を強く握り締めた。




