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ギターしか弾けない女子高生、【吟遊詩人】なのでダンジョンで歌うしかない〜戦闘配信のはずが、ライブ会場になっていく〜  作者: 月見まっちゃ
第1章 吟遊詩人、シモキタに潜る

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9/30

第9話 首のピックを外す

 自分の声で、歌えるのか。

 ゲートから1時間半かけて第8層の奥の広間まで歩いてきたのに、答えはまだ出ていなかった。


 腕に巻いたスマートフォンの隅で、ドローンの電池が残り31分を指している。昨日コウモリにかまれた左の前腕には、白い包帯が巻いてある。

 昨夜、海歌が打った一言を、スマートフォンの読み上げの声が言った。


[それで歌って]


 だから今日は、持ち歌を、カラオケでキーを5つ下げたときの高さで歌う。


 広間は見上げても天井が見えないほど高い。天井から下がる白い石のつららが、先だけほのかに光っている。

 光の届かない上のほうに、十匹ほどの大コウモリと、翼を広げると人の背丈ほどある群れのボスがぶら下がっていた。

 あたしが立っているのは、広間に入ってすぐの所だ。背中には、来るときに頭がつかえそうだった天井の低い通路が続いている。ドローンはあたしの斜め上を飛んでいた。


『昨日の子だ』

『今日は逃げんなよ』

『腕、包帯じゃん』

『リベンジ回?』

『電池もつの?』


 2件目は、いつも戦いだけを見に来るダンジョン目当ての視聴者だ。

 うるさい。逃げる気なら、1時間半も歩いてこないってば。

 でも、見られているのが今日はやけに重かった。電池が切れるまでの30分で、この人たちの前で決めなきゃいけない。


 眠りの歌は使わないことにした。昨日は群れをせっかく眠らせたのに、ボスの一声で全部起こされたからだ。今日は最初から、ボスだけを狙う。


 いつものピックで、弦を1本だけ鳴らした。

 腰のアンプから出た音が天井へ上がっていき、ボスがぴたりと止まる。その胸の奥で魔石がぼうっと光り、お腹の底に響くような低さで鳴り始めた。

 海歌の歌い方で出せるいちばん下より、もっと下の音だ。


 持ち歌の「泡にならない」を、キーを5つ下げて弾き始める。

 あたしは自分の声を口の中に押し込めて、小さく歌った。画面の向こうの人たちに、あたしの声をそのまま聞かせずに済むように。


 小さな声でも、高さは合った。

 口の中で転がすだけの歌は、自分の耳にもほとんど聞こえない。なのに、天井で鳴っている低い音と、あたしの声がぴたりと重なったのは分かった。

 その瞬間、天井の暗がりで光がぐっと強くなる。


『光った』

『いけるか?』

『昨日より光ってる』


 なのに、押し込めた声では息が続かなかった。サビに入る前に胸がしぼんでしまい、光はすっと薄くなって消える。

 届きかけて、届かない。昨日から、その差が少しも縮まらない。


『惜しい』

『今の惜しすぎ』

『次は口開けて歌って』


 分かってるってば。分かってて、口を開けられないだけだ。


 ボスが甲高く鳴いた。

 天井の群れが一斉に降りてくる。けれど半分ほどはあたしに来ないで、背中の低い通路の入り口へ退いた。羽根をたたみ、通路をふさぐように張りついて、こっちを向いている。

 昨日の逃げ道がコウモリで埋まった。


 残りの群れはまっすぐあたしに向かってきた。

 包帯の腕でギターを胸に抱え、床にしゃがみ込む。1匹が包帯の上から爪を立てて、昨日の傷がずきんと痛んだ。それでもギターだけは絶対に落とさない。

 頭の上を羽音が何度も行き来して、黒い翼が右手をはたいていく。

 指から、いつものピックが飛んだ。白い床を一度跳ねて、広間の暗がりへ転がっていく。


 手に残ったピックは、首のピックだけになった。

 探す暇はない。


 群れの羽音が、今度はあたしの斜め上のドローンへ寄っていく。


「だめ、ドローンは。海歌が見てんの」


 腕の画面を指でなぞって、ドローンを天井の近くまで上へ避けさせる。高く上げれば、コウモリも追ってこないと思った。


 そこが群れの飛ぶ高さだと気づいたのは、ドローンを上げきってからだった。


 黒い翼がドローンにぶつかる。機体がぐらりと傾いた。

 腕の画面の映像が大きく揺れて、天井と床が入れ替わりかける。画面の端に、しゃがみ込んだあたしの頭のてっぺんが、斜めに小さく映っていた。

 天井の暗がりではドローンのまわりをコウモリが回り、床の近くでは残りの群れがあたしの頭の上を飛び交っている。


『画面揺れてる』

『ドローンやばい』

『落ちる落ちる』

『下ろして』

『いや下はコウモリだって』


「下ろせないってば。下、コウモリだらけだし」


 下ろしたら、今度はドローンもあたしも、まとめて群れの真ん中だ。

 自分で上げて、自分で追い込んだ。最悪すぎる。


 もう1匹が機体の横にぶつかって、映像がまた大きくかしぐ。プロペラの音が一瞬だけ途切れて、また戻った。

 画面の隅の電池は、いつの間にか残り18分まで減っていた。

 ドローンが落ちたら、配信が切れる。そうなったら海歌は、あたしが無事かどうかも分からなくなる。

 昨日、ゲートの外で水を差し出してきた海歌の手を思い出した。今日も地上のどこかで、この画面を見ているはずだ。

 次にぶつかられたら、たぶん落ちる。


 ここで決めるしかない。


 右手が首のピックをつまんだ。


『止まった』

『大丈夫?』

『どうした』

『ドローンにまたコウモリ』


 腕の画面の向こうで、何十人もが、あたしが次に何をするかを待っている。

 この中に、あたしの歌を「男子みたい」と笑った誰かがいるかもしれない。

 笑われた日に買った首のピックの角が、指の腹に食い込んだ。

 口の中に、また声を押し込めかけた。小さく歌えば、誰にも聞かれない。誰にも笑われずに済む。

 頭の上で、ドローンのプロペラの音がまた揺れた。


 やめる。

 ピックを、首の紐から外した。


 首のピックで、弦を鳴らす。

 アンプの音が広間に広がって、天井のボスがまた止まった。光った魔石が、さっきと同じ高さで鳴っている。


 肩は上げない。お腹とわき腹に、ゆっくり息を入れる。

 練習のたびに、海歌が両手で上から押さえてくれた肩だ。


 あたしは顔を上げて、口を開けた。


「きみの声で 海が鳴る」


 低くて、かすれた声が、広間いっぱいに響いた。

 白い石の壁に跳ね返って、あたしの声が何重にもなって返ってくる。

 天井の魔石が光る。今までのどの光よりも、白い。

 すぐそばを、コウモリの翼がかすめた。それでも歌は止めない。


 最後の音を、伸ばす。

 さっきは、ここで胸がしぼんだ。

 肩が上がりかけて、こらえる。海歌の両手の重さを思い出して、お腹の奥から細く長く息を出し続ける。

 声は揺れない。同じ高さのまま、まだ続いている。

 伸ばすほど、天井の光が強くなっていく。暗かった天井の岩が、端まで白く照らし出された。

 息が、最後の一筋になる。


 魔石が鳴った。


 ぱきん、と天井で澄んだ音がした。


 ボスの体がほどけて、光の粒になる。


【レベルアップ。Lv7からLv9になりました】


 かつん、と石の床に何かが落ちた。

 群れはばらばらに散っていく。通路をふさいでいたコウモリも、我先に暗がりへ逃げていった。


 広間が急に静かになった。

 聞こえるのは、水の滴る音と、傾いたまま飛んでいるドローンのプロペラの音だけだ。腕の画面だけが、見たことのない速さで流れていた。


『割れた』

『ボス消えたんだけど』

『声低っ』

『鳥肌立った』

『床になんか落ちた』


 床に落ちたのは、ボスの魔石だった。暗がりの中で、まだ少しだけ光っている。

 あたしは首のピックを握ったまま、さっきまでボスのいた天井の暗がりを見上げていた。喉の奥に、自分の声の震えがまだ残っている。

 同時接続数が跳ねるように増えていく。42、45、49。

 50を超えたところで、流れの中に1つだけ短い書き込みが混じった。


『今日の歌、まねじゃない』


 ハコブネの最前列の人だった。

 海歌のまねで歌ったあたしに、『似てるけど違う』と書いた人だ。

 あたしは、その1行から目を離せなかった。

 書き込みは、すぐに次のコメントの波に押し流されていく。


『低いのに通る声』

『もう1回聞きたい』

『無理って書いたの取り消す』

『Lv9になってる』

『これ昇格じゃん』


 あたしはその場に座り込んだ。

 何か言わなきゃ。配信なんだから。

 口を開けても、さっきの声は出てこない。いつもならすぐ出てくる冗談も、1つも浮かばないままだ。

 ギターを抱えて、コメントだけが流れていくのを眺める。


『おーい』

『放心してる』

『ドローン生きててよかった』

『電池そろそろやばくない?』


 しばらくして、床のボスの魔石を拾った。親指の先よりずっと大きくて、真ん中にひびが1本入っている。

 外した首のピックは紐に戻した。指はまだ少し震えている。

 いつものピックは、暗がりをいくら探しても見つからなかった。

 電池が切れる前に配信を切って、あたしは1時間半の帰り道を歩き出した。


 ◇


 地下のゲートを出て、1階の買い取り窓口へ上がったのは、夕方だった。

 カウンターに、ひびの入ったボスの魔石を置く。職員さんが、それとあたしの冒険者証を端末にかざして確かめた。


「大コウモリの群れのボスですね。おひとりで?」

「はい。ひとりです」

「ひとりで群れのボスは、珍しいですよ。昇格の条件は満たしています。新しい冒険者証をお作りしますね」


 少し待って、カウンターに新しい冒険者証が置かれた。Fの字がEに変わっている。

 見た目はただの軽いカードだった。2週間と少し、毎日のように潜って、ようやく1段。

 呪いのチョーカーを壊せる何かが何層にあるのかも、あたしはまだ知らない。


 振り向くと、窓口のすぐ後ろに海歌が立っていた。1階のロビーで、あたしが上がってくるのを待っていたらしい。

 毛先だけ水色の長い髪が、少し乱れている。肩から斜めに掛けたマイクの布の袋も、背中のほうへずれていた。

 あたしが新しい冒険者証を持ち上げて見せると、海歌はうなずいて、目の前でスマートフォンを両手で持ち、何か打ち始めた。

 なかなか打ち終わらない。


 長い。親指がずっと動いている。

 途中で止まって、また動いて、また止まる。あたしは声をかけられずに、その親指を見ていた。

 それから親指が、消すほうを押したまま動かなくなった。打った文が、何行ぶんも端から消えていく。

 何が書いてあったのか、あたしの所からは見えなかった。手の中の新しい冒険者証の角が、手のひらに当たって痛い。


 海歌が画面をこっちに向ける。

 海歌のスマートフォンの読み上げが、一言だけ言った。


[おめでとう]

本日(10/18 (日)) 10話まで一時間ごとに投稿予定です。

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