第6話 ひとりで行く、と窓越しに言った
持ち歌の「泡にならない」を海歌の歌い方で歌って、ハコブネの最前列の人に『似てるけど違う』と書かれてから6日、持ち歌は一度も歌っていない。
潜り始めて2週間で80匹ほど倒してLv7になり、スキルptを5払って《共鳴》を Lv2 に上げた。
上がったのは、ギターの音が届く距離と、魔石が鳴って止まっている時間。
Lvとは関係なく、先週の土曜から、短い一言なら自分の声で小さい魔石を割れるようになった。
でも、自分の声で歌うのは、まだ一度もない。
そして今日は、金曜の放課後に第5層へ下りた。
白い石灰岩の洞窟の分かれ道で、あたしはギターを抱えて立つ。腰には小型のアンプ、斜め上にはドローン。見ている人は23人。
ゴブリンは物音に寄ってくる。角から1匹だけ出てきたところを倒すつもりで、ギターのボディを指の節で2回叩いた。
白い壁が、その音を通路の奥まで響かせる。
1匹だけ呼ぶつもりが、まとめて呼んでしまった。
角から出てきたのは6匹だった。
さびた短い刃物が、天井の石の明かりを順に跳ね返す。
『はい囲まれる』
『吟遊詩人ここで終了』
『6匹は無理、にげて』
『吟遊詩人なら歌えば?』
いちばん速いのはいつも茶化してくる人の書き込みだった。
後ろの通路は狭くて長い。背中を見せたら、6本の刃物に追いつかれて終わりだ。
眠りの歌なら、6匹まとめて眠らせられる。そのかわり、歌うのをやめたら全員起きる。
肩を上げずに、お腹とわき腹で吸う。
眠りの歌を、通路いっぱいに響かせた。
海歌の歌い方の、ゆっくりした歌だ。白い壁が声を跳ね返して、通路の奥まで同じ歌で埋まる。
先頭のゴブリンの手から、刃物が落ちた。
からん、と石が鳴る。
膝が折れた。
2匹目がその上に崩れる。
3匹目、4匹目。刃物の落ちる音が、歌の下で続けて鳴った。
6匹が通路に重なって眠っている。
どれも刃物を落としたまま、口を半開きにして寝息を立てていた。
コメント欄は、最後の『吟遊詩人なら歌えば?』のまま止まっていた。
歌ったまま、かかとから一歩ずつ下がる。
ギターを抱えたまま、口だけは歌い続ける。
息が切れない。
先週なら、この辺りで声が細くなって、部室の海歌が打つ[息]の指示が、読み上げの声でイヤホンに何度も届いていた。
今日は、別の一言が届く。
[いい。息、続いてる]
それだけで、下がる足が軽くなった。
角を2つ曲がってから、歌を止めた。通路の奥で6匹が起きて、ばらばらに散っていく足音がする。
頭の奥が重い。MPが減ったときの、いつものだるさだ。
角の陰で、ボディを1回だけ叩く。
顔を出した1匹に、ギターの1音を当てる。ゴブリンが止まって、胸の奥の魔石が光って鳴った。
鳴った高さに合わせて、あたしの低い声で「はい、そこ」と短く伸ばす。
魔石が震えて、ぱきんと割れた。ゴブリンは崩れて光の粒になり、ひびの入った魔石が残る。
前は、この一言をコメントに聞かれるのが嫌で、口の中でつぶやいていた。今日は、そこまで気にならない。
残りの5匹も、同じ手で1匹ずつ。時間はかかったけど、囲まれるよりずっとましだ。
止まっていたコメントがやっと動いた。
『まあゴブリンだし』
茶化してくる人だった。
「いや、さっきまで終了とか書いてたじゃん」
返事はなかった。今日はそれで勝ちにしておく。
◇
協会の買い取り窓口で、ゴブリンの魔石をトレーに出して、冒険者証を添える。
「あの、Eランクに上がる昇格で、倒す相手って何ですか」
職員さんは端末の画面を見てから、顔を上げた。
「三浦さん、Lv7ですね。下北沢だと、第8層の奥にいる大コウモリの群れのボスです。十匹前後の群れを率いる、いちばん大きいコウモリですね」
群れごと相手にするらしい。
「あたし、ギターの音で魔石を揺らせるスキルがあって。ボスの魔石、割れますか」
「ボスは体が大きいぶん、魔石も大きいです。音で割るなら、大きい魔石は、同じ高さを長く当て続けないと割れないと思いますよ。歌声でグラスを割る話みたいに」
長く。あたしの息で、どこまで続くだろう。
海歌に借りたドローンの電池は、2時間ぶん。第8層の奥までは、行きだけで1時間半使う。
着いたら30分で、群れとボス。
「ボス行くの?」
後ろから、明るい声がした。振り向くと、休憩所の自動販売機の前で、盾を背負った大学生くらいの男の人が手を挙げていた。後ろに仲間が2人いる。
「あそこ、ボスが鳴くと、寝てても群れが全部起きるんだよ。だから4人で抑える。挑む人数の目安がFランクの4人で、Lvの目安が8から10」
盾の人は後ろの2人を親指で指した。
「うち3人ともLv8でさ、あと1人いれば行けるんだ。ギターの子、どう?」
組めば、届く。
「あ、はい。三浦です。吟遊詩人で」
あたしが言った途端、盾の人の眉が上がった。
「え、きみの声ひっく。見た目とぜんぜん違うじゃん」
悪気のない笑い方だった。隣の2人も、つられて笑う。
その笑い声に重なって、中学で言われた「男子みたい」が、耳の奥で一度だけ鳴った。
気づいたら、首のピックを指でつまんでいた。
「よく言われます。声だけ、中身おじさんなんで」
3人がもう一度笑った。今度のはあたしが笑わせた笑いだ。
「で、パーティなんですけど。すみません、やっぱりひとりで行きます」
「え、なんで? ひとりだと、ボスが鳴いたら終わりだよ」
「あたし、歌うとうるさいんで」
袖で口元を隠して笑うと、盾の人は「そっか」とあっさりうなずいた。
◇
夜、自分の部屋の窓を開けると、路地の向こうで海歌の窓に明かりがついていた。
ギターケースはまだ背負ったままだった。
「海歌」
小さく呼ぶと、カーテンが開いた。毛先の水色の長い髪が、窓枠からこぼれる。
海歌がスマートフォンを打つと、読み上げの声が路地を渡ってきた。
[部室で見てたよぉ。ゴブリン6匹、ドミノ倒しみたいに寝てた]
「ドミノじゃないし。寝かせたの」
それから、ケースの肩ひもを握った。
「昇格で倒す相手、聞いてきた。ひとりで行く」
海歌の指が止まった。
[パーティは?]
「断った。4人で倒したら、入る経験値も4分の1じゃん。もったいないし」
[だいちゃんには、頼んだ?]
大鼓。1つ上の幼なじみで、前はあたしたちの後ろでドラムを叩いていた。今はもう部室に来ない。
あたしの声を、海歌の次に長く聞いてきた人だ。
「あ、ドローン充電しなきゃ」
海歌が窓枠をつかんだ。口が何か言う形に開く。
声は出ない。出ないまま、口が閉じた。
海歌は困ったときのいつもの顔で、にへっと笑った。
[じゃあ、パーティの3人のかわりに、わたしが3人分応援する。うちわ3本で]
「いや、アイドルのライブじゃないから」
[ペンライトもつける]
「増やさないで」
海歌は笑ったまま、さっきより長く打った。
[配信、切らないでね。部室の画面のいちばん前で見てるから]
画面の真ん前に椅子を引き寄せて座る海歌が浮かぶ。ステージから、ハコブネの最前列の人に歌っていたはずの海歌が。
そんなの、切れるわけない。
「明日、行く」
言い切ってから、自分の低い声が路地に響いたのに気づいた。
向かいの窓で、海歌がハイタッチの形に手のひらを上げる。
あたしも上げた。
路地1本ぶん、届かない。
本日(10/18 (日)) 10話まで一時間ごとに投稿予定です。
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