↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギターしか弾けない女子高生、【吟遊詩人】なのでダンジョンで歌うしかない〜戦闘配信のはずが、ライブ会場になっていく〜  作者: 月見まっちゃ
第3章 ギターボーカル、キーを決める

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/48

第42話 消せる字で書いた

 ペンを筆箱に戻して、シャーペンに持ち替えた。

 月曜の夜、自分の部屋の机で、文化祭のステージ出演の申し込み用紙に向かっている。

 ボーカルの欄には、心音が書いてと言って海歌が自分で消した「有村海歌」の跡が、まだ薄く残っていた。


 消えかけた字の上に、同じ4文字を重ねて書いた。

 放課後の部室ではペン先が紙に届かなかったのに、上からなぞるだけなら5秒もかからない。楽な答えを選ぶときだけ、あたしの手はやけに速い。


 書いた字を眺めているうちに、前に協会の職員さんに聞いた話を思い出した。海歌の声を奪ったチョーカーを壊せる物は、深い層で出ることが多いらしい。

 スマートフォンで、協会のサイトにある層の案内を開いた。第13層に、第14層へ下りる近道が載っている。

 近道には、強いモンスターがいるという印が付いていた。ほかの道は遠回りで、何時間もかかるとある。

 第13層には、まだ下りたこともない。明日の朝に海歌へ言うつもりの約束が、言う前から少し頼りなくなった。


 ◇


 次の朝、玄関を出ると、ちょうど向かいの家から海歌が出てきたところだった。

 2人の家に挟まれた路地は、自転車1台がやっと通れる幅しかない。海歌は水色のカーディガンの袖から指先を出して、スマートフォンを打った。

 声の出ない海歌は、打った文をアプリに読み上げさせて話す。今朝選んだのは、駅のアナウンスみたいな、やけに丁寧な女の人の声だ。


[おはようございます。本日も、ご乗車ありがとうございます]


「いや、電車に乗ってないし」


 あたしがツッコむと、海歌はいつもの顔で笑った。昨日、廊下の窓ぎわで肩を震わせていた顔は、どこにも残っていない。

 うまいなと思って、うまいのがちょっと嫌だった。


「海歌、ちょっと待って」


 鞄のファイルから申し込み用紙を抜いて、ボーカルの欄が海歌に見えるように向けた。


「書いといた」


[なにを]


「っていうか、戻しといた」


 海歌がまばたきをする。あたしは用紙を両手で持ち直して、頭を下げながら差し出した。


「声は戻るって。海歌の声は、あたしが取り戻すし」

「だからこの欄は海歌のです。謹んでお返しします」

「あ、返品は受け付けてないんで」


 いつもの調子で言えた。

 海歌が笑って用紙を受け取り、自分の鞄にしまってから、2人で並んで坂を上がる。そこまでの朝が、もう頭に浮かんでいた。

 海歌は用紙をのぞきこんだ。ボーカルの欄のところで、目が一度だけ止まる。

 海歌は画面の上で少し親指を迷わせてから、両手でいつもより速く打った。


[お気持ちはうれしいのですが]

[ラブレターは、受け取れません]

[なんちゃって]


 海歌は画面をこっちに向けたまま、ぺこりと頭を下げてみせた。駅員さんがお客さんに謝るときの角度だ。

 昨日は付かなかった「なんちゃって」が、今朝はちゃんと付いた。付いたのに、少しも笑えない。


「いや、なんでラブレ」


 いつもなら「ちゃんと読め」くらいは返すのに、その先が喉の奥に引っこんで出てこなかった。

 海歌はスマートフォンをカーディガンのポケットにしまった。空いた手も、そのまま両方ともポケットに入る。

 くるっと背中を向けて、海歌は学校へ続く坂を先に上がっていった。


 差し出した用紙は受け取られずに、あたしの手に残った。

 朝の風に端の揺れる用紙を鞄のファイルに挟んで、あたしは少し遅れて坂を上がった。


 ◇


 その夜、ベッドに座って、アンプにつないでいないギターでバンドの持ち歌の「泡にならない」の前奏を弾いた。

 海歌の声に合わせて、あたしが作った曲だ。作ったくせに、自分の声で歌ったことは一度もない。

 前奏の終わりの、歌が入る所で左手が止まった。

 歌い出しの最初の1音を、指がどうしても押さえにいかない。


 弦を押さえ直して、曲の高さを決めるキーを1つ下げた。押さえる指を、どれもフレット1つ分ずつ下へずらすだけだ。

 前奏を頭から弾き、歌が入る所からは、歌のメロディを弦で1音ずつなぞっていく。

 声は出さない。出したらどうなるかは、頭の中で当ててみるだけにする。


 元のキーだと、サビの終わりに伸ばす音は、あたしの声では裏声に逃げるしかない高さになる。第12層の草原で魔物の群れに張り上げたとき、裏返ってコメント欄に笑われた声より、まだ上だ。

 1つ下げても2つ下げても、その音はまだ喉の上のほうで引っかかる。頭の中で当てるだけなのに、首の筋までつられて固くなる。

 3つ目で少し楽になり、4つ目で引っかかりがほとんど消えた。

 もう1つ下げて弾いたとき、サビの終わりの音が、あたしの低い声がいちばん楽に出る所にすとんと収まった。肩から力が抜けて、弦を押さえる指まで軽くなる。

 キーを5つ下げた高さだ。思っていたより、ずっと低い。

 作った本人が、自分の曲のキーを今ごろ探している。作曲者としてどうなんだ、それは。


 その音を弦の上で伸ばしたまま、息だけを吸ってみる。海歌に教わったとおり、お腹がふくらむのが分かる。

 声にはしないで、吸った息をそのまま静かに吐いた。

 左手の指が押さえる場所に迷わなくなるまで、同じ高さで前奏からサビの終わりまでを弾き直す。

 この高さなら、あたしの声でも最後まで出る気がする。気がするだけで、まだ試してはいないけど。

 ノートの端を破って、その高さで押さえる指の形を書きつけた。


 スマートフォンを取って、海歌に打つ。

 朝はごめん、と打ちかけて、消した。謝ったら、また冗談で返される気がする。


 明日の放課後は部室に早めに来て。


 送ったのは、それだけだ。ほかに何か書こうとしたのに、1文字も足せなかった。

 少しして、海歌から、読み上げの声を録った短い音声が届いた。


[了解]


 ボケも「なんちゃって」も付いていない。昨日までの海歌なら、ここで何か1つはふざけていた。

 録られた声をもう一度だけ再生して、窓の外を見た。路地の向かいの2階は明かりがついているのに、窓越しの練習で毎晩歌う高さを教えてくれた海歌の手のひらは、今夜も上がらない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。