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ギターしか弾けない女子高生、【吟遊詩人】なのでダンジョンで歌うしかない〜戦闘配信のはずが、ライブ会場になっていく〜  作者: 月見まっちゃ
第3章 ギターボーカル、キーを決める

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第34話 ボーカルのとこは

 ロビーで待っていた海歌は、あたしのかすれた声を聞くなり、水のペットボトルを差し出してきた。

 協会の建物の1階、地下から上がってくる階段を出た所だ。第11層でジェネラルの魔石を割って、大鼓と2人で転移陣から戻ってきたところだった。

 配信を切る前に、海歌からは、協会で待っている、とだけ届いていた。


「ありがと。もう来てたんだ」


 お礼の声まで、紙やすりでこすったみたいにがさがさだ。

 海歌がスマートフォンを打つ。今日の読み上げは、遊園地の迷子のお知らせみたいな、やけに明るいお姉さんの声だった。


[水。しゃべらない]

[なお、本日の三浦さんの声は、売り切れとなりました]


「いや、勝手に売り切れにしないで」


 言ったそばから喉がざらついて、あたしはおとなしくペットボトルのふたを開けた。

 カーディガンのポケットの中で、広場で外したままの首のピックが指に当たった。


「海歌。待たせた」


[ぜんぜん待ってないよぉ。体感で3時間くらいしか]


「それ、けっこう待ってるから」

「先に売ってくる」


 大鼓はそれだけ言って、ロビーの向かいの買い取り窓口へ歩いていった。

 窓口の台で袋の口を開けて、魔石を1つずつ並べていく。うずらの卵ほどの魔石が11個と、握った拳ほどもあるジェネラルの魔石が1つ。どれにも、あたしの声で割ったひびが1本ずつ入っている。

 ジェネラルの魔石を置いたときだけ、台がごとりと重い音を立てた。

 12個も並ぶと、窓口の台が狭く見える。

 職員が数えて、画面に打ちこむ。


「お待たせしました。魔石の買い取り、3万2,400円になります」


 頭の中で、別の額が勝手に横に並んだ。

 3週間前の夕方、同じ窓口で、三角巾の大鼓が受け取った2,130円だ。

 桁からして違う。

 あの日、大鼓は片手で千円札2枚をつまんでいた。今日は治った両手でトレーを受け取って、載った札を真顔で見下ろしている。


「俺が1人で回った日の、15日分だ」

「15日分って、細かくない?」

「正しくは、15日と少しだ」

「そこ直すんだ」

「全部、心音の声で割った」


 照れも何もない、いつもの報告の声だった。

 顔が熱くなる。喉のせいにしておく。

 隣で、海歌の親指が動いた。2,130円の日は、画面の上で止まったまま何も打たなかった親指だ。今日は止まらない。


[ごちそうさまです、心音さま]


「いや、おごるって言ってないし」


 また喉がひっかかって、海歌に水を指さされた。


 ロビーの長椅子に、3人で並んで座った。真ん中があたしで、右に大鼓、左に海歌がいる。

 大鼓は受け取った札と小銭を、膝の上で分け始めた。

 1万円札、5千円札、千円札、100円玉と、同じものを1つずつ、2つの山に配っていく。こういう所だけ、やたらと手際がいい。

 配り終えると、大鼓は片方の山を、あたしの膝の上へ押してよこした。


「稼ぎの半分だ。心音の分」


 膝に載った札の山を、あたしは両手で包むように持つ。そうしていないと、長椅子から滑り落ちそうだ。

 大鼓は残った山を数え直さなかった。パーカーの内ポケットから折り目のついた茶封筒を出して、札も小銭もそのまま全部入れる。

 財布のほうには、100円玉1枚も残らない。


「ちょっと。少しは自分に使いなよ。スティック、ひび入ってんじゃん」

「まだ叩ける」

「じゃあせめて、帰りにジュース1本とか」

「半分ずつと、腕を治した日に決めた。俺の半分は、家に入れる」


 あたしはジュースの話を引っこめた。


 大鼓が封筒をパーカーにしまう。

 その右手が腰の高さまで上がりかけた。何もない宙の、ダンジョンの中ならスネアが浮いている辺りだ。

 協会の1階に、宙のドラムは出ない。

 右手は何も叩かずに下りた。太ももも叩かない。考えるときにいつも4つ数える指も、膝の上で動かなかった。

 あの手は、ダンジョンを出るたびにこうやって下りるのかもしれない。

 あたしはそれを見ていたけど、誰も何も言わない。


 やっぱり、空気を変えたのは海歌だった。

 海歌がスマートフォンの画面を、あたしと大鼓のほうへ向ける。さっきの配信の録画だ。

 広場の真ん中で、画面の中のあたしが、かすれた声で「ギターボーカル」と言う。コメント欄が、ギターボーカルさん、で埋まっていく。

 録画で見るあたしは、膝をついたまま、思っていたより小さかった。

 海歌は家で、あたしがこの名前を言うのを聞いていたんだ。


『戦い方おかしい2人が、なんで勝てるの』

『去年の新宿の、人形1体ででかいオーク3体倒した配信以来の謎勝ち』

『ドラムの人、勝っても真顔なの草』


「てか、本人の前で録画流すのやめて」


 海歌の親指が画面の端で動いた。


[ギターボーカルさん、ファンです。サインください]


「いや、隣の家に住んでるファンって何」


[ファン歴は、幼稚園からです]


「古参すぎるでしょ」


 突っ込むたびに喉がざらつくのに、笑ってしまう。


 大鼓があたしの肩ごしに画面をのぞきこんだ。

 画面に映った自分の背中を、しばらく見てから口を開く。


「ギターボーカルは、ギターを弾きながら歌う人のことだろう。ボーカルなら、文化祭は心音が歌うのか」


 喉に残っていた水の味が、急にしなくなる。

 大鼓の顔は、窓口で額を見たときと同じ真顔だった。

 海歌の顔は笑ったままで、親指だけが画面の上で止まった。

 膝に置いていた海歌の空いたほうの手のひらが、少しだけ浮く。窓越しの練習で、歌い出しの高さを教えるときの形だ。

 振替休日の朝の窓を思い出した。ガラスに押し当てられた申し込み用紙と、[ボーカル、心音が歌って]。あたしは、5月16日の締め切りまでに答えると言った。

 あの朝の窓のことを、大鼓は知らない。

 画面の中では、録画のあたしがまだ広場に立っていて、コメントがギターボーカルさんと呼び続けている。

 ポケットの中で、首のピックの角が指に食いこむ。

 番号札の呼び出しの音が、ロビーに1つ鳴った。

 大鼓は、あたしの答えを待って黙っている。海歌は画面から目を上げない。


 用紙のボーカルの欄に書いてあるのは、海歌の名前だ。

 あたしはいつもの冗談を選んだ。

 カーディガンの袖を口元まで持っていく。


「ないない。ギターボーカルの、ボーカルのとこは飾りだから。メインはギター」


 がさがさの声のおかげで、いつもより軽く言えた。

 大鼓は一度うなずいた。


「分かった。ギターが主か。心音らしい」


 大鼓が言うと、本当にそういうことに決まってしまう気がする。

 海歌のほうからは、すぐには何も届かなかった。

 海歌は少し遅れて、声の出ないいつもの笑い方で肩を揺らした。止まっていた親指が動く。

 その遅れた分だけ、あたしは息を止めていた。


[じゃあ、サインも飾りでいいです]

[なんちゃって]


 海歌の手のひらが、膝の上に下りた。

 海歌の画面では、録画のコメントがまだ流れている。


『ギターボーカルさん、次も頼む』

『ギターボーカルさんの声よかった』


 ボーカルの席は海歌のまま守れたと、あたしは思った。


 あたしはポケットから首のピックを出して、紐に通し直した。

 大鼓は封筒の入ったパーカーの胸を、上から一度押さえる。

 海歌は録画を流したまま、画面を見ていた。


 海歌の手のひらは膝に置かれたまま、もう上がらなかった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。続きが気になったら、ブックマークしてもらえると更新の通知が届きます。

並行して『弱虫ダンジョン配信者の僕、宿った本物の殺人ピエロに体を貸したら『演技うますぎ』とバズった』も連載しています。同じ作者名のページから読めます。

次回から「声の散る草原」が始まります。

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