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ギターしか弾けない女子高生、【吟遊詩人】なのでダンジョンで歌うしかない〜戦闘配信のはずが、ライブ会場になっていく〜  作者: 月見まっちゃ
第3章 ギターボーカル、キーを決める

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第33話 ギターボーカル

 ジェネラルがほえた。大剣を提げたまま、足を止めずにこっちへ歩いてくる。

 第11層の広場で、あたしと大鼓はホブゴブリンに囲まれた真ん中に背中合わせで立っている。大鼓の腰のまわりには、さっき初めて鳴った宙のドラムが浮いたままだ。

 あたしがギターを向けた先で、ジェネラルはホブゴブリンを肩で押しのけ、囲みの内側へ入ってきた。大剣の先が白い石の床をこすって、硬い音を立てている。

 2度もギターを向けて歌いかけたあたしを、ジェネラルはちゃんと覚えていたらしい。


「大鼓。ジェネラル、こっちに来る」


『ジェネラル歩いてきた』

『将が自分で来るのかよ』

『吟遊詩人ちゃん狙われてる』

『後ろでほえてるだけじゃないの?』


 背中に当たっていた大鼓の背中が離れた。

 大鼓はあたしの横をすり抜けて、ジェネラルとの間に入ろうとする。スティックを上げた左の手首に、下級ポーションで治った赤い線が1本見えた。

 また、その腕で前に立つつもりだ。

 今度は、あたしがそうさせない。


「群れ、お願い。ジェネラルはあたしがやる」


 大鼓の足が止まった。


 上げたスティックが、宙で止まったまま動かない。大鼓は一度だけあたしを見た。何か言いかけた口が真顔のまま閉じる。

 スティックを握る指のテーピングに、しわが寄るほど力が入っていた。


「分かった」


 大鼓はあたしに背を向けて、群れのほうへ歩いていく。宙のドラムはその歩幅のまま付いていった。

 これで、ジェネラルの前に残るのはあたし1人だ。

 自分で言い出したくせに、ネックを握る手のひらに汗がにじんだ。


『ドラムの人そっち行くの?』

『二手に分かれた』


 大鼓がスネアを叩いた。

 乾いた音が高い天井まで跳ね上がり、ホブゴブリンが一斉に音のほうへ顔を向ける。物音に寄ってくる相手には、これ以上ない呼び鈴だ。

 大鼓は左手でスネアを刻みながら、右のスティックで近い1体の肩を叩いた。叩かれたホブゴブリンが大鼓へ向き直る。

 次の1体、その次の1体と、大鼓は順に叩いて自分へ向けていった。

 真顔のまま1体ずつ律儀に肩を叩いて回るので、順番に挨拶でもしているみたいだ。

 振り下ろされた棍棒は、スティックで受けて叩き返す。膝で鳴らすバスドラムの低い音が、大鼓の足もとで途切れずに続いている。

 大鼓は一歩も下がらない。下がれば、叩いたホブゴブリンの目がすぐ近くの相手へ移るからだ。

 2体が同時に棍棒を振り上げた。大鼓は片方の棍棒をスティックで受け止め、もう片方は半歩ずれてかわし、かわした勢いのまま肩を叩く。シンバルがその一打に合わせて明るく鳴った。

 殴り合いの最中でも、叩く順番がいちいちドラムのフレーズになっている。


『ドラムの人なにもん』

『ライブ見てる気分になってきた』


 いける、と思えたのは少しの間だけだった。

 ジェネラルが歩きながら、またほえた。

 大鼓へ向いていたホブゴブリンのうち数体が、号令のほうへ向き直って列をそろえる。大鼓はその1体ずつをもう一度叩いて、また自分へ向けた。

 ほえるたびに、同じことが繰り返される。大鼓を囲む輪は、そのたびに少しずつ詰まっていく。

 今はまだ、もう一度叩くのが間に合っている。

 間に合わなくなったら、大鼓は囲まれて終わりだ。


『ドラムの人の後ろにも回りこまれてる』

『ジェネラルそっち着くぞ』

『早くしないと』


 ジェネラルがあたしの前で足を止めた。


 見上げる高さに、重い鎧の胸がある。近くで見ると、提げた大剣の刃だけであたしの背丈ほどもあった。

 その大剣がゆっくり持ち上がっていく。

 あたしは下がろうとして、後ろへ足を出した。

 輪の中でずっと踏ん張っていた足は、思ったより重かった。下ろしたかかとが、大剣の先に削られた石のかけらを踏んで滑る。

 足がもつれて、あたしは背中から床に倒れた。防刃ベストの背中が石に当たって、息が一度詰まる。倒れながら、ギターだけは床から浮かせて胸に抱えていた。

 弦を押さえる手は、こんなときでも自分より先にギターを守るらしい。


『倒れた』

『起きて起きて』


 仰向けのあたしの上に、鎧の大きな影がかぶさった。

 ほえても魔石を鳴らしに来るあたしを、ジェネラルは自分の手で片づける気だ。

 大剣が真上から落ちてきた。

 あたしはギターを抱えたまま、床を横へ転がった。刃がすぐ横の床の石を打って、白いかけらが顔のそばまで散る。

 あと半歩遅かったら、割れていたのは床じゃなくてあたしの頭だった。


『剣の跡やばい』

『逃げろって』

『ドラムの人、こっち来れない』


 ジェネラルが、床に食いこんだ大剣を引き上げにかかる。

 もう一度転がっても、あの大剣はまた追ってくる。次は転がった先で追いつかれるだけだ。


 さっきほえられたときも、腰のアンプから鳴るギターの音だけは聞こえていた。

 吟遊詩人だったあたしは、そのギターの一音に合わせて歌っても、ほえる声で高さが揺れた。

 あれから変わったのは、職業の名前にギターが入ったことだけだ。

 あたしは片膝を立てて、握っていた首のピックでいちばん低い弦を弾いた。ジェネラルの魔石と同じ高さの一音だ。

 鎧の奥で魔石が光って鳴り、引き上げる途中の大剣が一瞬止まる。

 一瞬しか止まらないのは、朝から何度も見てきた。

 広場の真ん中で、片膝をついたあたしの前に、大剣を上げていくジェネラルがいる。大鼓のドラムは、背中の側で群れに囲まれたまま鳴っている。

 鳴り止まないように、同じ弦を細かく弾き続けた。和音にはしない。1つの音だけを、ずっと鳴らしておく。

 その音に、あたしは声を重ねた。

 さっき、ほえられて揺れたときと同じ歌い方だ。

 高さは、自分の声で出せるいちばん下のすぐ上だ。海歌の手がお腹に当たっていた感触を思い出して、そこで息を支える。

 いつもなら人に聞かせたくない低い声を、配信の前でいちばん大きく出す。

 中学の音楽の時間に、男子みたいと笑われた声だ。配信の向こうで、また誰かが笑うかもしれない。


『え、歌うの』

『剣上がってるって』


 体は、もう一度床を転がろうとしていた。

 あたしは片膝のまま、そこから動かなかった。逃げ回っているうちに、大鼓のほうが先にもたなくなる。


 ジェネラルは大剣を振り上げ直したところで、まずほえた。

 2度、それであたしの声を消したやり方だ。ほえる声が体の芯まで響いて、床に着いた膝まで震わせる。


 今度は消えなかった。


 ほえる声の真ん中で、ギターの一音と、それに重ねたあたしの声がはっきり聞こえる。

 ギターボーカルで増えた1個は、これだった。ギターで鳴らした高さと同じ高さで歌うと、その声が太く強くなって、ほえる声の中でも揺れない。


 鎧の奥の魔石が、今まで見たことのない強さで光って鳴った。


『なんで声通るの』

『ほえ声の上で歌ってる』

『魔石の光やばい』

『さっきと全然違う』

『ジェネラルのほうが押されてない?』


 ほえても、魔石は鳴り止まない。

 ジェネラルはほえながら、魔石を鳴らしているあたしへ大剣を振り下ろした。

 あたしはピックを止めずに、片膝のまま体を横へ投げる。

 刃が真横の床を打って、割れた石が頬のそばまで跳ねた。

 石の割れる重い音が耳の奥まで響いても、声は揺れなかった。


『斬ってきた!』

『歌いながらよけた』

『声ぜんぜん途切れてない』

『剣の音の中で歌ってる』


 ジェネラルが床から大剣を引き抜いて、もう一度振りかぶった。

 息が細くなってきた。あたしは鼻から息を吸い足して、同じ高さのまま声を伸ばす。上がりかけた肩は、海歌が両手で上から押さえてくれたときと同じように、自分で下ろした。

 ここでやめたら、初めからやり直しだ。そのころには、大鼓がもたない。

 鎧の継ぎ目から、魔石の白い光がこぼれ始めた。


『鎧から光漏れてる』

『ドラムの人も後ろで耐えてる』

『いけ』


 ギターの一音は、まだ鳴っている。

 ジェネラルがほえながら、振りかぶった大剣をあたしの頭の上へ振り下ろす。


 その途中で、ジェネラルの魔石が割れた。


『割れた!』

『うおおおお』

『声で勝った』

『うそだろ』

『鳥肌立った』

『吟遊詩人ちゃん、今の何』


 ほえる声がぷつりと途切れた。

 大剣がジェネラルの手から抜けて、あたしの横の床に重い音で落ちた。ジェネラルは膝をつき、前のめりに崩れて光の粒になっていく。重い鎧も大剣も、粒になってほどけた。

 広場に残ったのは、あたしの声と、大鼓のドラムの音だけだった。

 あたしはピックを持つ手を止める。ギターの音が消えると、声も一緒に止まった。


 号令をなくした群れが崩れた。

 ホブゴブリンは棍棒を下げて、奥の2本の通路と来た通路へばらばらに散っていく。追ってくる足音は、どこからもしない。

 天井の下に、水の滴る音が戻ってくる。

 勝った、と思うより先に、立てていた膝から力が抜けた。


【レベルアップ。Lv20からLv21になりました】


 大鼓が叩くのをやめて、宙のドラムを連れたままこっちへ歩いてきた。あれだけ群れに囲まれていたせいで、大鼓は肩で息をしている。それでも、スティックを持つ手は下がっていない。

「報告する。俺も21だ」

「いや、先にけがのほうを報告して」

「ない。棍棒は全部スティックで受けた」

 本当にないらしい。深緑のパーカーは、どこも裂けていなかった。


 あたしは膝をついたまま、ギターを抱え直した。

「ギターで同じ音を鳴らしながら歌ったら、ほえられても負けなかった」

 出た声は、自分でも驚くくらいかすれていた。


『負けなかったどころじゃない』

『完全に勝ってた』

『ほえ声に勝つ吟遊詩人』

『声ガラガラじゃん』

『喉ちゃんと休めて』


「心音」

 大鼓が真顔のまま、あたしを見下ろした。

「何になった」


「……ギターボーカル」


 自分の声で言ってみると、思っていたよりずっと重い名前だった。

 大鼓は「そうか」とだけ言って、一度うなずいた。


『ギターボーカル!?』

『職業名そのまんまじゃん』

『ギターボーカルさんだ』

『ギターボーカルさんおつかれ』

『ギターボーカルさん、喉お大事に』


 あたしは返事をしなかった。

 このまま流しておいたら、明日にはこれがあたしの呼び名になっている。


「上に戻ろ」

 言いながら立ち上がった。首のピックは、まだ手の中に握ったままだ。

 大鼓は宙のドラムを消して、床に残った魔石を拾い始めた。ホブゴブリンの魔石が3つと、ジェネラルの大きな魔石が1つ。どれにも、あたしの声が入れたひびが通っている。


 片耳のイヤホンは、しばらく何も読み上げなかった。


 いつもなら真っ先に、海歌のボケと「なんちゃって」が届く。


[協会で待ってる]


 「なんちゃって」は付いていなかった。

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