第3話 ギターを持ちこんだら、スライムがノった
初配信で1匹目を倒してから、スライムは30匹になった。
放課後と休みの日に潜っては、自分の声では歌えないから、海歌の歌い方をまねた歌で眠らせ、声をぶつける拡声で倒す。ずっとそれだけを繰り返してきた。
30匹目のスライムが、ぶつけた声にぱちんとはじけた直後だった。
【レベルアップ。Lv3からLv4になりました】
【取得可能なスキルに、ユニークスキル、《共鳴》が加わりました】
は?
ユニーク。あたしに?
火曜の夜、第1層の白い洞窟。天井から下がる石の先がぼうっと光る下で、あたしは光の粒が消えた辺りを見たまま固まった。頭の上では、海歌のドローンが小さくうなっている。
一覧にない、その人だけのスキル。冒険者証の講習のスクリーンで、一度だけ見た言葉だ。
効き目が小さいと世間で言われる吟遊詩人に、そんなものが来るとは思わなかった。
「ちょっと待って。今、頭の中でなんか鳴った」
『どした』
『レベルアップ?』
「それもだけど、それどころじゃないやつ」
声に出して「ステータス」と唱え、開いた画面の、取得可能なスキルの行を念じる。
取得可能なスキル:《共鳴》(要るスキルpt 5)
音で魔石を揺らし、声で割る
《共鳴》を取得:スキルpt 5(はい/いいえ)
説明、短っ。
揺らすのも割るのも分かる。どうやって、が1文字も書いてない。
スキルptは、レベルが上がるたびに貯まって6ある。足りてしまう。迷う理由を探すより先に、はい、と念じていた。
【《共鳴》を取得しました】
「えっと、ユニークスキル出ました。共鳴っていうやつ。説明は1行しかなかったです」
『ユニーク!?』
『吟遊詩人なのに?』
「吟遊詩人なのに、です。あたしがいちばんびっくりしてる」
数秒遅れて、自分の部屋で配信を見ている海歌から、読み上げの声が片耳のイヤホンに届いた。
[ギター、持ってって]
「は? なんでギター」
[魔石を揺らすなら、音。音なら、心音のギター]
雑な理屈だった。しかも、たぶん合っている。
「いや、無理。ここ湿気すごいし、岩だらけだし。ネックぶつけて折れたら、海歌、責任取れんの?」
軽く言ったけど、冗談のつもりはなかった。あのギターに傷が入るくらいなら、あたしが膝を擦りむくほうがずっといい。
[本気。明日、持ってって]
変な声なのに、冗談の続きが来ない。
歌のことになると、海歌はボケない。昔からそうだ。
「……分かったよ。明日ね。ちゃんと持ってくから」
[ギター、初ダンジョン。なんちゃって]
「なんちゃって、の使い方おかしいし」
◇
水曜の放課後、協会の建物にある有料のロッカーに、背より高いギターケースを入れた。扉を斜めにして、やっと閉まる。
ケースから出したギターを肩に掛け、腰のベルトには電池で鳴る小さなアンプを提げた。
ロビーのガラスに映ったのは、カーディガンの腰からアンプをぶら下げた女子高生だった。
路上ライブの場所を探して、迷子になった人にしか見えない。
第1層を早足で抜けて、第2層へ下りた。曲がり角のたびに、ネックを岩に当てないよう体ごと向きを変える。
ドローンを浮かせて配信を始めると、画面の隅の同時接続数が、見たことのない数字になっていた。
見ている人、10人。
「どうも、シモキタ地下ライブです。今日は第2層。あと、今日はギターがいます」
『ギター!』
『ライブじゃん』
『ギター弾けんの?』
「ライブじゃないし。弾けるよ、歌よりこっちが本業だし。今日のは仕事道具」
言いながら、少しだけ背筋が伸びた。
白い洞窟で、自分のギターを抱えている。こんな日が来るなんて、冒険者証を取った夜のあたしは思ってもいなかった。
通路の先、水たまりのそばにスライムが1匹いた。半透明の丸い体が、こっちへのろのろ寄ってくる。
「じゃ、試します。弦1本だけ」
ピックで弦を1本だけ鳴らした。アンプの音が白い壁に跳ね返って、何倍にも響く。
スライムがぴたりと止まった。
ゼリーの体の奥で、米粒くらいの魔石が光る。
ちいん、と高い音で鳴った。
『光った』
『きれい』
『なんか鳴った』
『で、それどうすんの』
鳴ってる。魔石がギターに返事をしてる。
「見えた? 今の、魔石が光ったの。音も鳴ってた」
30匹倒してきて、魔石が光るのは初めて見た。
鳴った高さは耳に残っていた。ずっとギターを弾いてきた耳には、それがどの高さかすぐ分かる。
「で、ここからたぶん、声」
あたしは、耳に残った高さに向けて歌い出した。海歌の曲を海歌の歌い方で、何度も部室の後ろで聴いてきたとおりに。
声の高さを魔石の音に合わせていくほど、光が強くなる。少しずれると、すっと弱まる。
ぎりぎりまで合わせた。光はまぶしいくらいに膨らみ、魔石がぷるぷる震えている。
光がいちばん強くなっても、割れない。
高さは合っているはずなのに。あと少し、のところで光が止まったまま、それ以上は強くならなかった。
『この曲フルで聴きたい』
初めて見る名前のアカウントだった。
うれしかった。でも、褒められたのは海歌の歌い方だ。そこだけ、素直に喜べなかった。
「……どうも。フルは、また今度で」
光がしぼんで、スライムがまた動き出した。ギターの音で止めていられる時間は、まだ短いらしい。
「じゃあ、いつもの拡声」
すぐそばまで寄って、拡声をぶつける。
ぼよん、とスライムの体が太鼓の皮みたいにへこんで、元の丸に戻った。
はじけない。
体の大きさはほかと同じなのに、ゼリーがやたらぶ厚かった。いちばん面倒なやつだ。
「もう一発、もう一発!」
ぼよん。ぼよん。
拡声を3回ぶつけて、3回とも、ぶ厚いゼリーに吸い込まれた。
『効いてなくて草』
『スライムに負けそう』
吟遊詩人を毎回笑う人のコメントだ。
「負けてないし。まだ決着ついてないだけだし」
言い返したけど、今日は向こうが正しい。
頭の奥が、じわっと重くなってきた。MPが減っていくのが、だるさで分かる。
あたしの声、ゼリーのおやつになってるだけじゃん。
だるさの感じだと、拡声はあと数回ぶんしか残っていない。ここで引き返すのは簡単だ。でも、ギターを持ってきた最初の日に、ゼリー1匹に追い返されて帰るのは嫌だった。
だったら、もう一度ギターだ。
弦をかき鳴らすと、スライムが一瞬止まって、米粒の魔石がまた光った。
光が消えないように、そのまま弾き続ける。歌に入るための息を吸った、そのときだった。
スライムが、動いた。
ギターに合わせて、ぼよん、ぼよん、と体を上下に揺らしている。
拍がぴったり合っていた。ライブハウスの最前列で、こういう揺れ方をする客を何度も見たことがある。
こいつ、ノってる。
「いや、ノるな!」
あたしのいつもの低い声を張り上げたツッコミと、魔石の鳴る音が、同じ高さでぴたりと重なって聞こえた。
ぶ厚いゼリーの奥で、光っていた魔石が、あたしの声に応えるみたいに激しく震え出す。
ぱきん。
魔石が、真ん中から割れた。
ぶ厚かったゼリーの体がくたりと崩れ、そのまま光の粒になってほどけていく。
水たまりのそばに、ひびの入った米粒の魔石がころんと転がった。
あたしは、ツッコミの口の形のまま固まっていた。
『は?』
『今割れた』
『ツッコミで倒した!?』
『吟遊詩人ってそんなことできんの』
『何が起きた』
コメント欄が、配信を始めてからいちばんの速さで流れていく。
「待って。あたしも分かんない。今、何した?」
『ツッコミ系吟遊詩人』
『こっちが聞きたい』
「勝手に変な肩書き付けないで」
言いながら、ちょっとだけ語呂がいいと思ってしまったのが悔しい。
足もとの魔石を拾う。歌でも、拡声でもない。ギターを弾きながら、スライムにツッコんだだけだ。
数秒遅れて、イヤホンが鳴った。
[いまの]
「……たまたまだって、海歌」
人に聞かせないようにしてきた自分の声が、ツッコミのどさくさに乗って、そのまま外に出た。
自分の声から逃げるのは、ギターより年季が入っている。
『もう1回』
『再現して』
「再現って言われても……。ボケてくれるスライム、そんなにいないでしょ」
言いながら、断る理由も見つからない。コメントにせかされて、通路の奥で次の1匹を探した。
ギターを鳴らし、魔石が光ったところで、狙って声を張る。さっきと同じように、お腹から張り上げたつもりだった。
「いや、なんでだよ」
平らな声だった。何にツッコんだのか、自分でも分からない。
魔石は光ったまま揺れるだけで、割れなかった。
スライムは、ぷるんと一度震えて、何事もなかったようにこっちへ寄ってくる。
『ただの大声で草』
『スライムも困ってる』
『さっきのは何だったんだ』
「何だったんだろうね。あたしも知りたい」
そう返しながら、袖の中で、こっそり息を吐く。
もう割れない。割れなくていい。
あの声で戦うことになったら、配信のたびに、知らない人に聞かせることになる。それよりは、ぼよんと吸われるほうがまだましだ。
次の1匹は、いつもどおり拡声で倒した。ふつうの厚さの体なら、ちゃんとはじける。
『じゃあ毎回ツッコめ』
『ボケるスライム探してこい』
「スライムにボケを期待する吟遊詩人、嫌すぎるでしょ。ネタ合わせから始めんの?」
◇
配信を切って協会の建物に戻り、ロッカーの前に立った。
ケースを出す前に、ポケットの魔石を手のひらに出す。米粒くらいの石に、真ん中から1本、ひびが走っている。
あれだけ拡声を吸い込んで、MPまで持っていったゼリーの中身が、これ?
3回ぶつけた声の分を返してほしい。
ひびの入った魔石は、買い取りの値段が下がる。それでも、買い取り窓口のほうへ一歩出しかけた足が、そこで止まった。
この米粒だけは、窓口のトレーに載せる気になれない。倒した30匹ちょっとの中で、初めて割れた1個だ。売っても、たぶん缶ジュース1本にもならないし。
スマートフォンが震えた。
海歌からだ。配信を切ったばかりなのに、早い。
届いたのは短い音声で、読み上げの声を録ったものだった。片耳のイヤホンで再生する。
[金曜、部室。練習]
それだけ。昨日みたいな「なんちゃって」もない。
金曜は、あたしたちのバンドが部室を使う日だ。
何の練習かは、言っていない。
海歌は部室で、さっきの配信を見ていたはずだ。
あのツッコミも。
割れた魔石を握ったまま、あたしは海歌の音声をもう一度だけ再生した。
本日(10/18 (日)) 10話まで一時間ごとに投稿予定です。
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