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ギターしか弾けない女子高生、【吟遊詩人】なのでダンジョンで歌うしかない〜戦闘配信のはずが、ライブ会場になっていく〜  作者: 月見まっちゃ
第1章 吟遊詩人、シモキタに潜る

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第2話 まねなら歌える

 膝の上まで、冷たい重さが這い上がってきた。

 白い洞窟の行き止まりで、あたしの両脚にスライムが1匹まとわりついている。通路のほうにはもう2匹。半透明の体をのろのろ揺らして、帰り道をふさいでいる。

 挟まれた。最悪だ。

 斜め上では、海歌に借りた撮影用のドローンが、この情けない姿を律儀に撮っている。

 腕に巻いたスマートフォンの画面に出ている配信の題は、〔下北沢ダンジョン〕初配信。同時接続数は1。

 同時接続数の横で、ドローンの電池の残りが4割を切っていた。予備の電池はない。


 思いきり蹴った。

 足首までずぶりと沈んで、靴ごと持っていかれそうになる。

 いや、なんで蹴ると吸いつくの。

 両手で引きはがそうとしたら、指まで沈んだ。手首まで冷たい。慌てて抜くと、スライムは何事もなかったみたいに、また少し上へずれてくる。


 土曜の朝から、歌わずに済む道を探して第1層をうろうろした結果がこれだ。スライムのいない方へ曲がって曲がって、奥へ奥へ進んだら、行き止まりだった。

 自業自得って、たぶんこういうときに使う。

 武器もヘルメットもない。制服とカーディガンの下は、今朝、売店で買ったいちばん安い防刃ベストだけ。ゆうべゲートを通ったときにもらった《歌魔法》の、眠りの歌と、声をぶつける拡声のほかに、使える手は1つもない。

 どこかで水の落ちる音が、洞窟じゅうに響く。静かすぎて、自分の息までうるさい。


 冷たさが腰まで来た。

 重い。脚が前に出ない。踏んばろうとした膝がかくんと折れる。

 尻もちをついた。

 ぬれた石の冷たさが、スカート越しにしみてくる。通路の2匹が、ぬるりとこっちへ寄ってきた。

 このままだと、全部に乗られる。

 歌うしかない。分かってる。


 口を開けて、閉じた。

 もう一度開けて、喉のところで声が止まる。

 あたしの声は人に聞かせる声じゃない。だから人前では一度も歌ってこなかった。画面の向こうには海歌しかいないのに、喉が勝手に閉まる。

 スライムがおなかの上まで乗ってきた。あたしは海歌の持ち歌を歌い出した。

 ただし、海歌のまねで。

 喉の上のほうから、細く高く出す。歌い出しの前に小さく息を吸う、海歌の癖までまねた。あたしの低くかすれた声は、奥に押しこんでおく。

 まねなら、歌っているのはあたしじゃない。だから歌える。ずるいのは知ってる。

 天井の低い洞窟は声をよく響かせた。

 海歌が付けたこのチャンネルの名前は、「シモキタ地下ライブ」だ。ライブじゃないって言ったのに、結局歌っている。


 空気が波打った。

 洞窟の空気が水面みたいに揺れて、スライムの体にも同じ波が広がる。おなかの上の1匹が、ずるりと脚のほうへずり落ちた。通路の2匹も、少し先で丸くなる。

 眠った。

 光りもしないし、音も立たない。魔法のくせに地味すぎる。

 でも、効いた。


 腕の画面で、電池の残りが3割に減る。

 部室の海歌が打った文が、読み上げの声になって、数秒遅れで片耳のイヤホンに届いた。


[電池、ない。急いで]


 電池が切れたら配信も切れて、海歌はあたしが無事かどうかも分からなくなる。


 息継ぎで、歌が一瞬途切れた。

 脚の上のスライムがぴくりと震えて、また這い上がりかける。

 慌てて次の節に入ると、丸くなった。

 やめたら、起きる。


 頭の奥がじわじわ重くなってきた。歌っている間ずっと、何かを少しずつ持っていかれている感じがする。たぶん、これが MP の減るだるさだ。

 長くは歌っていられない。倒すなら、今しかない。

 倒れたまま、ぶかぶかの袖で床を押して上半身を起こし、脚の上の1匹に顔を寄せた。半透明の体の真ん中に、小さな魔石が透けて見える。

 小さく静かに繰り返していた眠らせる節を、ここでやめる。やめれば、通路の2匹も目を覚ます。分かってて、やめる。

 息を深く吸いこんだ。

 次はサビの、いちばん高い一節。それを目の前の1匹にだけ向けて、海歌のまねの声のまま張り上げる。


 声をぶつける拡声の歌を、ありったけの大声で。


 空気が、眠らせたときと同じように波打った。でも今度の波は太くて、目の前の1匹にだけまっすぐぶつかる。

 ゼリーの体が内側から大きくうねった。

 うねりが真ん中まで届いて、透けて見える魔石がぶるぶる揺れる。

 ぷるぷるの体が、もう形を保てない。


 スライムが、弾けた。


「当たった!」


 光の粒が白い天井へ散っていく。

 四方の壁から、今の声が返ってきた。細くて、高くて、海歌によく似た声。

 あたしの声じゃない。


 その返ってくる声の向こうで、通路の2匹がぶるりと震える。

 やっぱり起きた。2匹が、ぬるぬると伸びて寄ってくる。

 歌い直そうとして、喉がつかえた。さっきの大声で、喉の奥がひりつく。出たのは、かすれた息だけ。

 冷たい体が、靴の先に触れた。もう一度、吸う。今度は細く高く、海歌のまねで。

 靴の先で、2匹がまた丸くなった。


 歌ったまま、脚の上に残った小指の先ほどの魔石を拾って立ち上がる。2匹の横を、踏まないようにそろそろとすり抜けた。

 頭はどんどん重くなる。行き止まりが見えなくなるまで、一節も止めずに歌い続けた。

 広い通路まで戻って、やっと歌をやめる。口を閉じたとたん、膝ががくがくし始めた。

「……倒した。あたし、倒したじゃん」

 手の中の魔石を握ったまま、スマートフォンを見る。数字は、いつのまにか3になっていた。


『え、倒した』

『吟遊詩人が歌で倒してて草』

『最後ちょっと危なかったな』

『歌って殴るの斬新すぎる』


 ダンジョンの名前で検索して来たらしい、知らない人たちのコメントだ。

 スライム1匹。冒険者証を取った人なら、たいてい最初の日に倒している相手だ。


『初討伐おめ』


[すごい]


 数秒遅れて届いた海歌の読み上げの[すごい]が、どのコメントより大きく聞こえた。


『吟遊詩人ソロとか普通やらんでしょ』

『で、なんで配信してんの』


 さっき「草」って書いた人だ。

「心配性の友達に頼まれたんで。生きてるとこ見せろって」

 ドローンに向かって、ピースしておいた。


『雑で草』


 雑な理由でいい。知らない人に、海歌のチョーカーのことまで話す気はない。


 配信を切ると、水の滴る音だけが残る。

 配信を切ってから思い出したのは、今朝のことだ。海歌はついて行くと打ってきた。叫べないし助けも呼べないじゃん、とあたしが止めると、海歌はあっさり笑ってドローンを差し出し、安全か見せて、と打った。


 ◇


 午後、海歌の部屋。窓の外には、路地を挟んで、あたしの部屋の窓が見える。

 海歌はベッドに腰かけて、首の真珠のチョーカーを指でいじっている。あたしは窓ぎわの床に座り、その向かいで正座しているのは、灯子(とうこ)さんだ。

 ライブハウスの楽屋で、海歌にこのチョーカーをくれた年上のミュージシャン。海歌から知らせを受けて、昼すぎに飛んできてくれたらしい。

 灯子さんは、首まで隠れる黒のハイネックを着ている。暖房の効いた部屋の中でも、首元はきっちり隠れたままだ。


「ごめんね、海歌ちゃん。本当に、ごめん」


 灯子さんは床に両手をついて、額が床につきそうなくらい頭を下げた。


「このチョーカー、古道具の市で見つけたの。真珠がきれいで、海歌ちゃんに似合うと思って。まさか、そんな物だなんて」


 言い訳より先に謝って、顔を上げたら、ちゃんと海歌の目を見ている。大人がまともに謝るところを、久しぶりに見た気がする。

 海歌がスマートフォンを打つ。読み上げの声が、部屋に響いた。


[灯子さんは悪くないです。知らなかったんだし]

[それに、この声もけっこう未来っぽくて気に入ってます]


 いや、気に入るな。

 灯子さんがまた謝りかけると、海歌は両手をぶんぶん振って止めた。ベッドの上で、ほら元気、というふうに力こぶまで作ってみせる。

 今朝、ドローンを差し出したときと同じ顔で、海歌は笑っている。


[あとね、心音がきのう冒険者になったんです。きょう初配信もしたんですよぉ]


 海歌はなぜか、自分のことみたいに胸を張った。


「心音ちゃんが? すごいね。心音ちゃんのギター、ダンジョンで鳴らしたら、モンスターも聞きほれちゃうかもね」


 いや、ギターは部屋に置いてきたし。ダンジョンで鳴ったのは、海歌のまねをしたあたしの歌だけだし。


「ねえ、海歌ちゃん。鑑定でさ、ほかに何か出なかった?」


 灯子さんの指が、ハイネックの上から自分の首元に触れた。喉の、少し下のあたりだ。

 海歌がまた打って、画面を灯子さんに向ける。


[出たのは、名前と、どういう物かだけです。壊す条件は、読めないって]


 灯子さんは、差し出された画面の文字を見なかった。目を伏せて、読み上げの声が鳴るスマートフォンのほうへ、耳を寄せるみたいに首をかしげている。

 首元に当てた指が、ほんの一瞬ゆるんだ。息をついたみたいに見えた。


「そっか。とにかく今は無理しないで、ゆっくり休んでね。のどにいいお茶、今度持ってくるから」


 やわらかい声のまま、話はもう、海歌の体のことへ移っている。

 あれ、と思った。

 海歌を見る。灯子さんの横顔を見上げて、海歌はうれしそうに笑っていた。

 灯子さんの指は、まだ首元に触れたままだ。


 海歌の体より先に、なんで鑑定に何が出たかを聞くんですか。その一言を、あたしは海歌の笑顔の前で飲みこんだ。

本日(10/18 (日)) 10話まで一時間ごとに投稿予定です。

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