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ギターしか弾けない女子高生、【吟遊詩人】なのでダンジョンで歌うしかない〜戦闘配信のはずが、ライブ会場になっていく〜  作者: 月見まっちゃ
第2章 3メートル後ろのドラマー

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第26話 売れた記録

 海歌の首の真珠は、海歌の手に渡る1か月あまり前に、もう闇サイトで売れていた。


 知ったのは祝日の昼、冒険者協会の建物の2階の、面談の小部屋でだった。

 長机1つと椅子4つで満員になる狭さだ。窓を背にルーペさんが座り、向かいにあたしと海歌が並ぶ。空いた4つ目の椅子には、誰も座らない。

 一緒に潜っている大鼓には、今日のことを頼んでいなかった。なのに朝、大鼓からメッセージが1通届いた。


 家の用事。今日は行けない。


 誘ってもいないのに、断りだけは律儀だ。

 昨日の部室で、海歌は、調査員の人に話していい、わたしも行く、と打った。打ったとおり、今日は海歌が隣の椅子にいる。

 海歌がスマートフォンを打った。


[はじめまして、有村海歌です。今日は、よろしくお願いします]


 今日の読み上げは、きちんとした大人の女性の声だった。

 ルーペさんがすっと立ち上がる。海歌が手に持ったスマートフォンに向かって、深々と頭を下げた。

「ご丁寧に、ありがとうございます。協会の調査員の、ルーペと申します」


 ルーペさん、挨拶したのは海歌で、それはスマホです。


「順番にまいります」

 座り直したルーペさんは、古い手帳を長机に置いた。

「メッセージでお伝えしたとおり、協会は、呪いの品を取り上げません。外れない品をつけた方は、被害にあった方として扱います。お話を伺うのも記録を残すのも、ご本人と保護者の方が同意されたときだけで……」

 メッセージなら2行だった話が、例外の例外までついて10分になった。

 海歌はうなずいて、画面を打った。


[記録、残してください。親には今朝電話で話して、いいって言われてます]


 続けて親の連絡先を打ち、画面をルーペさんに向ける。ルーペさんが手帳に番号を写す。

 声が出なくなった日のことは、あたしが話した。チョーカーをつけた次の日、部室で海歌の声が出なかったこと。

 海歌はところどころで短く足した。


[顔を出さないミナモって歌い手が、わたしの声で歌ってます]


 ルーペさんは一度も口をはさまず、手帳にペンを走らせていた。説明はあんなに長いのに、聞くときはひと言もしゃべらない人だ。

 ミナモが歌う間だけ真珠が温かくなることは、話さなかった。


 ルーペさんが、首から下げたルーペを持ち上げた。

 腕をいっぱいに伸ばしてレンズを離し、その奥から海歌のチョーカーを見る。真珠がレンズの中で大きく、白く光った。

「記録のために、1枚だけよろしいですか」

 海歌がうなずくと、ルーペさんはスマートフォンで真珠を1枚だけ撮った。シャッターの音が、狭い部屋にやけに大きく響く。

 この真珠は、ライブハウスのハコブネで海歌によくしてくれる年上のミュージシャン、灯子さんが、楽屋で海歌にくれた物だ。


 それからルーペさんは手帳を開き、こっちへ向けた。

「闇サイトで見つけた出品を、私が手で写したページです」

 自分の字なのに、ルーペさんはまたレンズを腕いっぱいに離して、上から順に指でたどっていく。


 ページのいちばん上に、題が書き写してあった。『ヴィンテージ真珠 希少 美品 即購入OK』。

 フリマアプリで、誰かのいらなくなったアクセサリーに付いていそうな題だ。

 題の下には鉛筆の絵がある。真珠の表面を大きく写した写真を、鉛筆で描き写したものだ。細い線で、表面の小さなくぼみまで描きこんである。

 海歌の首の真珠にも、同じくぼみがある気がした。


「この絵の元の写真のくぼみと、このレンズで拝見した有村さんの真珠のくぼみは、同じ形でした。同じ品です」

 説明の文の欄には、ルーペさんの字で『売り手が消去』とだけあった。題とは別にある品の名前の欄も、同じだった。

 ルーペさんの指が、ページの下のほうへ下りる。

「残っているのは、売れた記録です。この品は、去年の12月の初めに、お1人の買い手へ売れております」

「買った人は、誰なんですか」

「分かっておりません」


 頭の中で日付を並べてみる。真珠が売れたのが12月の初めで、海歌がチョーカーをもらったのは1月9日の夜だ。

 そのあいだに、年末とお正月がまるごと挟まっている。

 12月の初めなら、あたしたちは期末テストの話をしていた。海歌はハコブネで、いつもどおりに歌っていた頃だ。


 つまり誰かが、海歌に贈る日より前にこの真珠を選んで買っていたことになる。


 隣で、海歌の指が首の真珠を押さえていた。もう片方の手の親指は、画面の上で止まっている。

 いつもならここで何か打つのに、読み上げは鳴らないままだ。


 ルーペさんが手帳の上で指を組んだ。

「ここからは少し、私の推理を……」

 声がそこだけ弾んで、ルーペさんは自分から口を閉じた。

「いえ。今は、事実だけにします」

 絶対に言いたかったやつだ、今の推理。


「有村さん。このチョーカーは、どのように手に入れられましたか」

 海歌の親指がやっと動いた。


[信頼してる人が、古道具の市で見つけて、くれました]


 ルーペさんは、売れた記録の行に指を置いたまま答えた。


「闇サイトで売れた品が、表の古道具の市に出ることは、まずありません」


 責める声ではなかった。売れた日を言ったときと同じ平らな声だった。

「今は、決めつけません。ですが、その方に、お話を伺えませんか」


 誰かが売り直した真珠が市に出たのかもしれない、とあたしは思っていた。その見込みは、今の一言で外れた。

 だったら、ルーペさんの話と合わないのは、灯子さんの「市で見つけた」という話のほうだ。

 あたしは膝の上で指を1本折って、合わない所を数えた。


 灯子さんの話が合わないのは、これが初めてじゃない。

 1週間前にあたしの部屋へ来た灯子さんは、協会は外れない品をつけた人ごと何回も呼んで調べる、と言った。知り合いの勘違いだと片づけていたその話は、同意したときだけ、というルーペさんの返事と反対だ。

 あたしは膝の上で、もう1本指を折った。


 だとしたら、気になるのは真珠を贈った人のほうだ。

 ハコブネの楽屋で、灯子さんが海歌に真珠を渡す。見てもいない場面なのに、その手つきまで浮かんだ。


 気づいたら、口が勝手に開いていた。


「と」


 声は1音だけで止まった。

 海歌が振り向く。

 ルーペさんの目も一瞬だけあたしに来た。


「……なんでもないです」


 口から出かけたのは、灯子さんの名前だった。ふだんなら冗談でごまかせるのに、今は「なんでもないです」しか出てこなかった。

 海歌はあたしから目を戻すと、手のひらを胸の前に立てた。ルーペさんに向けて、首を横に振る。


[それは、できないです]


 あたしの部屋で、灯子さんは「くれた人も、呼ばれちゃうね」と小さく笑った。その人をかばう顔を、今の海歌はしている。

 ルーペさんは、あたしには何も聞かなかった。

「分かりました。決めるのは、有村さんです」

 手帳に、1行が書き足される。逆さまに読めた行は、『古道具の市で贈られた』で終わっていた。


 ルーペさんは手帳を閉じかけて、そこで手を止めた。

 一瞬だけ海歌を見る。誰かが壊れていくのを、もう見たくない人みたいな目だった。

 次に顔を上げたときには、元の真面目な顔に戻っていた。

「何かあれば、どんな小さなことでも、お知らせください」


 閉じかけた手帳を、ルーペさんがもう一度開いた。

「闇サイトの売り手は1人ではありません。ダンジョンを神様のように拝む団体の者たちらしいのです」

「……拝む?」

「ダンジョンが人を変えると信じて、あの奥をありがたがる人たちです」

 ルーペさんは、売れた記録の行を指でたたいた。

「品を売ったあとも、買った方の様子を、ずっと見ているようです」


 あたしは潜るたびに、この建物の地下のゲートを通る。その奥をありがたがる人たちがいるなんて、考えたこともなかった。

 海歌の指が首の真珠に触れて、そのまま離れなかった。


 隣の海歌は唇を結んだままだ。

 灯子さんは知り合いの勘違いを伝えただけで、市で見つけたのも本当なのかもしれない。

 海歌が信じている人を、あたしが疑ってどうする。

 あたしは灯子さんを疑うのをやめたふりをした。


 ふりをしただけで、疑いは消えていない。

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