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ギターしか弾けない女子高生、【吟遊詩人】なのでダンジョンで歌うしかない〜戦闘配信のはずが、ライブ会場になっていく〜  作者: 月見まっちゃ
第2章 3メートル後ろのドラマー

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16/30

第16話 ハコブネの階段を降りて

「次、そこ」

 あたしの低い声と、大鼓のスティックがゴブリンの頭を叩く音が、同じビートで重なった。

 ギターで鳴らしておいた胸の魔石が、同じ高さの声でぱきんと割れる。ゴブリンは光の粒になって消えた。

 灯子さんがハコブネに出る金曜の放課後。大鼓にビートを頼んだ日から、毎日2人で潜っている。


 残りは4匹。大鼓は真顔で太ももを叩き、蹴りで低い音を足して、ビートを刻み続けている。叩く音がさっきより硬い。

 1人のときは声を伸ばさないと割れなかった相手が、ビートに乗れば短い声1つで割れる。何回やっても、ちょっとずるいと思う。


 イヤホンに、部室の海歌から歌い方の指示が届いた。


[もっと下]


 今日の読み上げは、駅のアナウンスみたいにきちんとした声だ。中身はいつもどおり短い。

 声を低く落とすと、最後の1匹の魔石が割れた。


『ドラムの人、今日も真顔』

『一声で魔石割れるの変すぎ』

『吟遊詩人なのに今日も歌わない』

『もう2人で1セットでしょ』


 配信を見ている人は60人前後。1人で潜っていたころの倍だ。

 横穴で水を飲んでいると、見覚えのあるアイコンが流れてきた。壁がチラシだらけの、地下へ降りる階段の写真。海歌のライブの古いファン、ハコブネの最前列の人だ。


『ミナモの動画、投稿日をぜんぶ並べてみた』

『再生数が急に増えたのは、海歌ちゃんがライブを休みはじめた次の日から』


 海歌がライブを休みはじめたのは、声が出なくなってすぐだ。バンドのSNSにのどのことを書いたのは、その1週間ほどあと。それまでは誰も知らなかったはずだ。


 偶然にしては、日が合いすぎる。ミナモに海歌の声を使わせた誰かは、海歌がライブを休みはじめた次の日には、もう知っていた。海歌の身近な誰かだ。


『え、こわ』

『おーい、固まってる』


 答えなかった。海歌が部室でこの配信を見ている。

 知っている顔を指で数えかけて、やめた。

 気づくと大鼓がスティックを止めて、こっちを見ていた。何も聞かない。太ももを指で4つ叩いて、また前を向いた。


 ◇


 配信を切って地上に戻り、大鼓と別れて、坂の上の部室へ上がった。

 坂を上がる間、何を言うかは決めていなかった。

 マイクスタンドから離れた窓ぎわに、海歌が立っている。首に、真珠のチョーカーの白い粒が見えた。


 海歌がスマートフォンに文字を打つ。


[まもなく、部室、部室です。お出口は右側です]


 さっきの駅のアナウンスの声のまま、ボケてきた。

 いつもなら、ここでツッコむ。返しの一言が喉の手前で止まった。

「さっきの書きこみ、見た? ミナモの」

 海歌はうなずいて、すぐに笑った。

 あたしの目は、海歌の首の白い粒から離れない。

「ねえ。海歌の声がミナモから聞こえるの、チョーカーの呪いのせい?」


 海歌の手が真珠の上で止まった。

 口元は笑ったまま、目だけが怖がっている。

 次の瞬間にはもう指が動いていた。


[ないない。真珠に、そんな機能ないって。充電するとこもないし]


 速い。いつものボケより、ずっと速い。

 海歌は手のひらを胸の前に上げて、そこで止めた。


 怖がらせた。あたしが。


「……だよね。ごめん、今のなし」

 あたしは自分から録音の話に戻した。

「やっぱ録音だよ。ハコブネのライブとか、ネットの動画から作ったやつ。灯子さんも、AIで作ったんだろうって言ってたし」

 海歌の手のひらが下りた。声のない笑い方で、肩を揺らす。

 ほっとした顔だった。

 何も分かってないのに、よく言うよ、あたし。

 今夜ハコブネへ行くことは、言わなかった。


 ◇


 夜。ハコブネは、協会の建物の真向かいにある。協会の地下にはダンジョンのゲートがあって、ハコブネの入口も、地下へ降りる狭い階段だ。

 海歌に黙って来たせいで、1段ごとに足が重い。

 ギターケースを背負ったまま降りていくと、床の下から、こもった低音が足の裏に上がってきた。

 壁は、チラシとステッカーで隙間なく埋まっている。


 ハコブネの最前列の人がアイコンにしている写真は、この階段だ。あの人は何度この階段を降りて、海歌を聞きに来たんだろう。


 降りきった扉の横に、店の注意書きが貼ってあった。

 上から『階段に座りこまないでください』『ご近所の迷惑になりますので、階段ではお静かに』。

 その下に、同じ字で『当店はダンジョンの入口ではありません』。

 いや、間違えないでしょ。


 受付でドリンク代を払うついでに、スタッフの人に聞いた。

「あの、貝殻ラジオの昔のライブって、録音残ってたりしますか」

「ああ、貝殻ラジオのギターの子」

 スタッフは、あたしの背中のギターケースを見て思い出した顔をした。

「録音は、出る人に頼まれたときだけ有料で録るの。貝殻ラジオは頼んでないよ。ネットにあるのは、お客さんのスマホの動画だけじゃない?」

 あの歓声まじりの動画で、ミナモの新曲が作れるんだろうか。


 それでも帰らなかったのは、灯子さんに誘われた金曜の夜だからだ。

 客席は100人入れば満員の、天井の低い部屋だ。今夜は半分も埋まっていない。


 灯子さんの番が来た。

 黒のハイネックに、低い位置で1つに結んだ長い黒髪。ステッカーだらけのケースからアコースティックギターを出すと、マイクスタンドの前には立たずに、横の椅子に座った。

「この店に出るようになって、もう何年もたちます」

 いつものやわらかい口調じゃない。最後まで言い切る、まっすぐな声だ。


 灯子さんは足元のケースを指さした。


「このケースのステッカーは、出たライブの数です。1枚ずつ、貼ってきました。今日も、自分で作った曲を弾きます」

 前にここで聞いたときの灯子さんは、自分の曲を自分の声で歌っていた。海歌の出番を待つ間に、客席の後ろで聞いていたから覚えている。


 今夜の灯子さんは歌わずに、ギターだけで弾き始めた。


 最初の4小節で、背中がまっすぐになった。

 低い弦で歩くようにビートを刻みながら、高い弦で、歌の代わりのメロディを鳴らしている。


「……ギターが、歌ってる」


 気づくと声に出していた。肩紐をつかんだ左手で、あたしは灯子さんと同じコードを押さえている。

 灯子さんは目を閉じていた。近すぎる照明が、弦の上を動く指を照らしている。

 あたしはギターを背負ったまま、客席のいちばん後ろで動けなかった。


 最後の音が、低い天井に吸われて消えていく。

 拍手は、まばらだった。

 隣の客が、グラスを持ったまま小さく言う。

「灯子さん、最近歌わないよね」

 連れの人は「ね」とうなずいただけで、話はそれで終わった。

 灯子さんは椅子から立って、客席へ小さく頭を下げた。顔を上げたときには、もう笑っている。


 歌わないで、ギターだけ。中学で声を笑われてから、あたしがずっとそうしてきたのと同じだ。

 そうやって弾いた曲が、「ね」とうなずかれただけで終わったら、あたしはたぶん、もう弾けない。


 灯子さんが自分で作ったこの曲は、ここにいない大勢に届いてほしい。歌わずにギターだけ弾いてきた、あたしの分まで。


 手のひらが痛くなるまで、拍手した。

 終演後、カウンターの奥で、灯子さんがさっきのスタッフと何か話している。スタッフが話しながら、あたしのほうを見た。

 ギターケースを肩に掛けて、灯子さんがこっちへ来る。

「心音ちゃん、来てくれたんだ。ありがとう」

 もう、いつものやわらかい声に戻っていた。

 灯子さんは、相手の声に耳を傾けるときの癖で、少し首をかしげた。

「海歌ちゃんの録音、探してるんだって?」


 口を開けた。

 何も、出てこなかった。

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