第13話 ビートちょうだい
断ったはずの大鼓が、今日もあたしの後ろを真顔で歩いている。
断ったその日、第6層で会った大鼓は、こう言い切った。
「心音の配信の邪魔にならないように、俺の用事として同じ層を歩く」
振り返ると、大鼓の長身が曲がり角でぴたりと止まった。
『今日も3メートル』
『毎日測ってる人いて草』
『ドラムの人、律儀』
「いや、測んなくていいから」
寄ってきたゴブリンは、大鼓がスティックで叩いて倒し、残った魔石を自分のポケットにしまっている。大鼓の用事というのは、本当に稼ぎのことらしい。
眠りの歌は、聞こえた相手をみんな眠くする。味方も同じで、後ろの大鼓は毎回あくびをかみ殺している。
ゴブリンなら、歌を短く切って割っても、起きる前に片づく。
今日は第8層の広い通路をそれて、第9層へ下りる道を行く。まだ一度も下りたことのない層だ。
海歌の声を奪った真珠のチョーカーを壊せる物は、深い層で出ることが多い。協会の職員さんに聞けたのは、それだけだ。だったら、下りるしかない。
片耳のイヤホンに、部室で見ている海歌の読み上げが届いた。
[今日も見てるよぉ]
今日の声はやけに渋いおじいさんだ。休みの日の部室で1人、その声を選ばないでほしい。
同時接続数は50前後。後ろの長身を見に来ている人も、混じっている気がする。
後ろで、大鼓が歩きながら太ももを指で4つずつ叩いていた。
何を考えているのかは聞かない。聞いたら、組む話に戻りそうだから。
天井の低い道が、右へ曲がった先で細くなっていた。
その奥から、ゴブリンが来る。7、8匹の群れの中に、背丈は同じなのに錆びた剣と木の盾を持ったのが3匹、混じっていた。
ゴブリンソルジャー。ゴブリンの兵隊で、講習の資料ではEランクの相手だった。魔石がゴブリンより大きいぶん、割るには声を長く伸ばさないといけない。
あたしと同じランクが3匹。
後ろの曲がり角からも、ゴブリンが数匹来た。前に群れ、後ろに数匹、その間にあたしと大鼓。戻る道がふさがった。
大鼓が振り向いて、後ろから来た先頭の1匹を、スティックで叩く。乾いた音がして、数匹がまとめて大鼓のほうへ向きを変えた。
前は、あたし1人でやるしかない。
群れに向けて、眠りの歌を歌い出す。海歌の歌い方をまねた、高くて細い声だ。
ゴブリンがばたばたと膝をついた。手前の1匹に弦を鳴らし、光って鳴りだした胸の魔石へ、その音と同じ高さの声で短く一言。
「はい」
ぱきん、と割れた。ゴブリンは光の粒になって消え、床にひびの入った魔石が転がる。ここまでは、いつもどおりだ。
ソルジャーの魔石も、ギターの音で鳴らす。魔石は光って震えたが、返ってきたのはゴブリンの魔石より低い音だった。
一言では割れない。声を伸ばす。まだ割れない。
伸ばしているあいだ、眠りの歌は止まっている。
群れの頭が次々に上がった。
慌てて眠りの歌に戻る。戻した歌がさっきより速い。
自分でも分かるのに、止められない。
子守歌が急いでどうするんだ。
眠りは浅く、剣を持ったソルジャーが真っ先に起き上がった。盾を前に、こっちへ詰めてくる。
やれることが1つずつ減っていく。
後ろで、大鼓のスティックの音が規則正しく続いていた。あの音に合わせて歌えたら、歌はもう急がない。
頼めば、大鼓はすぐそばに来る。あたしが海歌のまねで歌うのを、毎回すぐそばで聞くことになる。
大鼓は、あたしの低い声を小さいころから知っている人だ。その人に、借りものの声を聞かせ続ける。
それくらいなら、1人で歌い続けたほうが、まだ。
錆びた剣がもう2歩先まで来ていた。
あたしが倒れたら、この群れは全部、後ろの大鼓の背中へ行く。
「大鼓、ビートちょうだい!」
自分でも驚くほど、大きな声が出た。バンドの練習で、ドラムのビートを頼むときの言い方だ。
大鼓は拾いかけていた魔石を床に置いたまま振り向いた。
「分かった」
叩いていた後ろの数匹に背中を見せて、まっすぐこっちへ走ってくる。数匹も、大鼓を追って走り出した。
あたしの肩から、力が抜けた。
大鼓はあたしの横を駆け抜けて、前の群れの真ん中に飛びこんだ。
スティックの1本でゴブリンの頭を叩き、もう1本で自分の太ももを叩いて、ビートをつなぐ。蹴りがバスドラムみたいな低い音を足す。
叩かれたゴブリンはみんな大鼓のほうを向いた。さっき叩かれた後ろの数匹も、あたしの横をすり抜けて大鼓を追っていく。
第6層で見たときは笑ったのに、今は笑えない。頼もしすぎて。
叩くたびに、音がだんだん硬く、大きくなっていく。ただのスティックの音じゃない。何なのかは、今は聞いている暇がない。
あたしはそのビートに合わせて、眠りの歌を歌った。
今度の歌は、ビートより先へ出ていかない。
群れがまたふらつき始める。大鼓のまぶたも半分落ちていた。
「歌で眠い。叩くのは問題ない」
問題しかない顔で、ビートだけは1つも落とさない。
ソルジャーに弦を鳴らし、魔石と同じ高さで声を伸ばす。
さっきの半分も伸ばさないうちに、魔石が割れた。
叩く音がまた硬くなり、割る声はそのぶん短くて済む。次のソルジャーは、大鼓が数える4つの1つ目に合わせた「次」の一言で割れた。
群れは誰も起きない。
大鼓を追ってきた数匹が、群れの真ん中に立つ大鼓の背中に追いついていた。
後ろの数匹を連れたまま大鼓を呼んだのは、あたしだ。
最後のソルジャーの剣が横から振られる。乾いた音がして、大鼓のスティックが1本、宙を飛んだ。
眠気の残る大鼓のビートがつまずいた。
木の盾に押されて大鼓がよろけ、追ってきた数匹が一斉に寄っていく。その中で、大鼓が言った。
「ビートが止まった。硬い音が消える」
残った1本で叩く音は、最初の軽い音に戻っていた。
最後のソルジャーへ弦を鳴らし、一言。光るだけで、割れない。
このままじゃ、大鼓が群れに埋まる。
あたしは、眠りの歌をやめた。
歌えば、大鼓がまた眠くなる。
弦を強く刻む。
大鼓がいつも太ももで数える4つを、今度はあたしが声で数える。
「ワン、ツー、スリー、フォー」
低い。かすれている。
大鼓の顔が、こっちを向いた。
「ワン、ツー、スリー、フォー」
あたしの次のワンに、蹴りが落ちた。
片手のスティックがゴブリンの頭で鳴る。
ビートが、戻った。
大鼓の背中は、群れの真ん中から一歩も下がらない。
その後ろで、あたしは弦を刻み、口を大きく開けて数える。
大鼓の音がまた硬くなっていく。
大鼓が数える4つの1つ目ごとに、弦を鳴らす。
「はい」
ゴブリンの魔石が割れる。
「次」
もう1つ。
「次」
大鼓とあたしのあいだで、光った魔石が次々に砕けていく。
「ラスト」
最後のソルジャーの魔石が、白く光って割れた。
光の粒が低い天井へ散っていった。
残ったのは、床の魔石と、肩で息をしているあたしたちだけだ。
『数えた瞬間に戻った』
『叩くたびに割れてく』
『カウントの声、低っ』
『毎日3メートル空いてたのに、今日0メートル』
『0メートルのコンビ、結成』
『ドラムの人、寝かけてた』
『寝ながら叩くの才能』
頭の内側で、あたしにだけ聞こえる声が鳴った。
【レベルアップ。Lv9からLv10になりました】
あたしは、1本だけのスティックを下ろした大鼓を見上げた。
「大鼓、今の何」
飛んでいったスティックを拾いながら、大鼓は答えた。
「グルーヴ。俺のユニークスキルだ。同じビートで叩き続けるほど、そのビートに合わせて動くやつが強くなる」
得意げな顔の1つもしない。
◇
第9層への道の手前に、休める横穴があった。
あたしは壁にもたれてギターを抱え、大鼓は向かいの石に腰を下ろしている。ドローンは2人の間に浮いていた。
大鼓は拾ってきたスティックを光にかざした。1本の真ん中に、縦にひびが入っている。
「まだ叩ける」
そういう問題じゃないと思う。
「心音」
大鼓がまっすぐこっちを見た。
「怖いと、心音の歌は走る。速くなる」
図星すぎて、何も言い返せない。
「ビートに乗れ。こうだ」
大鼓は太ももを指で4つ叩いた。とん、とん、とん、とん。同じ間で、何回でも続けられそうな音だった。
「さっき数えたときは、走ってなかった」
「……速くなってたのは、知ってたし」
認めたら、少しだけ楽になった。
イヤホンに、大鼓を昔からだいちゃんと呼ぶ海歌の読み上げが届く。
[だいちゃんの太もも、いい音]
大鼓は太ももを叩く指をぴたりと止めた。
大鼓はひびの入ったスティックを後ろのポケットに戻した。
「大コウモリのボスを倒した日の配信も、見た」
真顔のまま、続ける。
「なんで、まねで歌う」
あたしは答えずに、ギターを抱え直した。




