第12話 3メートル後ろのドラマー
「なんで1人で、大コウモリのボスに行った」
放課後、スマートフォンを見ながら校門を出たところで、頭の上から声が降ってきた。
見上げると、中学のころからあたしと海歌と3人で組んでいた貝殻ラジオの、ドラムだった鳴瀬大鼓が立っていた。
大鼓がバンドを抜けてからは、廊下ですれ違っても、ほとんど話していない。
手のスマートフォンには、ミナモの新曲に使われた録音を探して、ゆうべ明け方まで並べた海歌の昔の動画が出たままだった。ハコブネのライブと、バンドのSNSに上げた練習の動画。
そんな日に、よりによって昔のバンド仲間が来た。
1学年上の大鼓は、あたしより頭ひとつ以上高い。制服に重ねた深緑のパーカーが、肩のところで窮屈そうに張っている。短い黒髪の下の顔は昔と同じで、ほとんど動かない。
後ろのポケットから、ドラムのスティックが2本のぞいていた。指にはテーピング。
部室のドラムは、大鼓がバンドを抜けた去年の春からカバーをかぶったままなのに。
「……何の話?」
「海歌に、心音の配信を全部見せられた」
あたしがダンジョンで撮っている配信の録画を、全部。海歌が、いつの間に。
「1回目は腕をかまれて、群れに囲まれて、逃げ帰った」
大鼓は時間割でも読み上げるみたいに、平らな声で並べた。
「俺は、見せられるまで知らなかった。なんで頼らなかった」
「いや、あれは、ほら。あのボス倒すのが、冒険者のランクを上げる条件だったし、1人で倒せば経験値まるごと入るし」
「経験値のために、腕をかまれたのか」
返す言葉がなかった。
坂の上の風が、あたしと大鼓の間を抜けていく。大鼓は声を少しも大きくしないで、年上の顔のまま、まっすぐあたしを見下ろしている。
説教だ。しかも、正しいほうの。
そこで、さっきの「全部」が頭に戻ってきた。
全部ってことは、ボスを倒した日の配信も見ている。海歌のまねをやめて、自分の声で歌ったところも。その前に何十回も歌った、まねの歌も。
あたしはカーディガンの袖を口元に当てた。
穴があったら、第8層まで掘って入りたい。
「次からは、俺が前に立つ」
「待って。大鼓、冒険者なの?」
「去年の5月から潜ってる」
初耳だった。
組んだら、大鼓は毎回すぐそばで、あたしが海歌のまねで歌うのを聞くことになる。
大鼓は、あたしが中学で笑われるより前の声を知っている。練習でふざけて叫んだ声も、ハモりでずれて裏返った声も覚えているはずだ。
それだけは、無理だ。
「いやいや、いいって。大鼓が前にいたら、でかすぎて配信のドローンにあたし映んないし。大鼓の背中の配信になるじゃん」
袖の中で、笑ってみせた。
大鼓が黙る。右手の指が太ももを叩いて、4つ数えた。とん、とん、とん、とん。
考えるときの、昔からの癖だ。来る。年上の説教の、2回戦が。
「分かった」
それだけ言って、大鼓は坂を下りていった。
「……いや、粘んないんかい」
◇
夕方、第6層。
白い洞窟の天井で、石の先がぼんやり光っている。撮影用のドローンはあたしの斜め上に浮かび、同時接続数は40前後。
ここまでのゴブリンは、いつもどおり倒してきた。寝不足でも、手はちゃんと動く。
ギターで鳴らした魔石を声で割って1匹倒すたびに、腕のスマートフォンの動画の一覧へ目が行く。あの新曲の声を作れそうな録音は、まだ1本に絞れていない。
片耳のイヤホンに、海歌の読み上げが届いた。今日は部室を別のバンドが使う日で、海歌は自分の部屋で配信を見ている。
[本日の声は、渋いおじいちゃんでお送りしております]
昨日、部室で調べなくていいと止めた手のひらなんて、なかったみたいなボケだった。
いつもどおりなのが、今日は少しだけ胸に刺さる。
まっすぐな通路の先、曲がり角の向こうから、音がした。
ドン。カッ。ドン、ドン、カッ。
低い音と乾いた音が、きっちり同じ間隔で繰り返している。水の滴る音でも、ゴブリンの足音でもない。
『なんの音?』
『新しいモンスター?』
『逃げたほうがよくね』
知らないモンスターだ。たぶん、何か硬いもので殴ってくるやつ。
あたしはギターを構え、壁に背中をつけて、角の先をのぞいた。
大鼓が、ゴブリン3匹に囲まれたまま、自分の太ももとゴブリンの頭を叩き分けて戦っている。
真顔のまま、左手のスティックで自分の太ももを叩く。とん、とん、とん、とん。
4つ数えた1つ目で、正面のゴブリンを蹴る。ドン。
その合間に、右手のスティックで左のゴブリンの頭を叩く。カッ。
叩かれたゴブリンは、どれも大鼓のほうを向く。モンスターは、自分を叩いた相手を追うからだ。
3匹目が、角から顔を出したあたしのほうへ向きかけた。その頭にも、スティックが落ちる。カッ。
3匹とも、大鼓しか見ていない。
ドン、カッ、ドン、ドン、カッ。
白い壁に、8ビートが跳ね返ってくる。
ギターを抱えたまま、あたしは口を開けて固まっていた。
「……いや、どんな戦い?」
『ドラムの人いて草』
『演奏なのか戦闘なのか』
『ゴブリンの頭が太鼓がわり』
『真顔なのがいちばん怖い』
最後のゴブリンの頭に、スティックが落ちた。カッ。3匹が光の粒になって消えていく。
大鼓はスティックを下ろして、そこで初めてこっちを見た。
「心音か」
あれだけ叩いておいて、顔はやっぱり少しも動いていない。
「大鼓、なに今の」
「職業が遊び人だ。冒険者の職業で、いちばん外れだ」
遊び人。戦いの最中に遊んでしまう、と言われている職業だ。
『遊び人w』
『真顔の遊び人、キャラ作りだろ』
『去年の口調変わる人系のキャラ?』
『遊び人でソロは逆にすごい』
『顔は全然遊んでない』
コメントは好き勝手に流れていく。大鼓はドローンのほうを見もしない。
「組んでも、すぐ追い出される。だから1人で、スティックと体で戦ってる」
あたしが冒険者になる、ずっと前から。
「……なんで、そこまでして潜ってんの」
「稼ぐためだ」
大鼓はそれだけ言って、床に残った魔石を拾った。何のために稼ぐのかは、待っても出てこない。
昔から、こういうときの大鼓がいちばん分からなかった。
あたしは袖を口元に当て直した。
「先に言っとくけど。組まないからね」
「分かってる」
大鼓は拾った魔石をポケットに入れた。
「校門で、心音は断った。だから組まない」
……ん?
校門で「分かった」とだけ言って坂を下りていったのは、あきらめたんじゃなくて、組まないのを分かったってこと?
「そのかわり、前には立たない。心音の配信の邪魔にならないように、俺の用事として同じ層を歩く。心音の3メートル後ろだ」
真顔だった。
「いや、それ付いてくるって言うんだよ」
[じゃあわたしは、部屋から画面ごしに付いてくね]




