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次の日、私は退職届をもって社長室の前にやってきた。
コンコンと叩くと中から「どうぞ」という声が聞こえてきた。
入ると加賀屋さんが湊くんの肩に手を置いて耳元で何かを、話していた。
湊くんも笑顔で答えている。
私の姿を見て、さっきまで加賀屋さんに向けていた優しい目が鋭さをましていた。
「どうした?」
「社長…こちらをお願いします。」
決裁がいる書類の1番下に退職届と雇用契約書を忍ばせていた。
他の部署は退職する場合は部長が雇用契約書の退職の欄に署名してから人事課に回されるが、秘書課のみ社長が署名を行う。なので雇用契約書にサインが必要だった。
決裁書類を湊が見ていく。
美しく流れる字で次々サインをしていく。
ぼーと見ていると雇用契約書になった。その瞬間、扉が開き、小浦秘書長が入ってきた。
「社長、A国での契約に不備が生じました、相手側が至急A国に来て欲しいそうです。」
雇用契約書にサインされないまま私の手に渡された。
呆然としている私に向かって湊が言う。
「家に帰ってすぐに準備をしてすぐ空港に来てくれ」
「承知しました。」
社長室を出てすぐに家に帰った。
社長秘書は常に彼が行くところに行かなければならなかった。
準備をし空港へ行った。
湊の隣には加賀屋さんがいた。
「松井さんもきたから行きましょう。」
細い指を彼の腕に絡ませていた。私は無言で自分がとった航空券を持って搭乗口へ行った。
彼と加賀屋さんはファーストクラス、小浦秘書長はビジネスクラスの航空券だった。
私はエコノミークラスの航空券を持って搭乗した。
普段はビジネスクラスを取るがもう退職するつもりなのに取れなかった。
湊くんからLINEがきた。
【どこの席なんだ?】
【エコノミーに乗ってます】
【なぜだ?】
【突然だったのでビジネスに空きがありませんでした。】
最もらしい理由を並べた。
【席の番号を後で送れ】
写メで送った。離陸して飛行中、妊娠のせいか眠気に襲われた。
気がついて目を覚ますとブランケットがかけてあった。
隣の席の人が言った。「寒そうだからってCAがかけてくれてたよ!」
もこもこの私の好きなブランドのブランケットだった。暖かい。私が起きたのを確認したのかCAが近づいてきて言った。
「こちら高科社長よりお預かりしました。」
保温保冷されたお弁当とフルーツだった。蓋を開けると私の好きなおかずばっかりだった。もしかして…湊くん、私のために?
「高科社長は本当に婚約者を大事にされてますよね!」
そうだよね…私のためなわけないか…ばかね。乃杏…たまたま加賀屋さんと好きな物が被ってただけだったのに…
でも…わざわざエコノミーまで届けてくれたので味見する。おいしい…涙がこぼれてきた。
今はこの子の為にもしっかり食べれる時に食べとかないと。この子を守れるのは私だけなんだから。
空っぽになった容器の写メを湊くんに送った。
ついつい結婚してた時みたいに送っていた。
【湊くん。美味しかったよ。ありがとう】
送ってからしまったと思った。社長って送らないといけないのに…
【喜んでくれてよかったよ。】返事が来た。
画面に涙が落ちる。やっぱり…大好き。もっと一緒にいたかった。
残り10時間ほどあるから眠ることにした。
着陸のアナウンスがあった。着陸して荷物置き場へ向かった。小浦秘書長が待っていた。
「松井さんホテルへ行きましょう。」
「社長と加賀屋さんはもうタクシーでホテルに、向かってます」
小浦さんと一緒にタクシーに乗りホテルへ向かった。
小浦さんが先にチェックインした。急いで資料を仕上げないといけないとの事で鍵を持って部屋に上がっていった。私もチェックインしようと思ったがアクシデントがあった。間違って宿泊がキャンセルされてしまっていた。
他に空きがないか聞くが…埋まっていた。
急遽、同じ系列のホテルで近く空いてないか探してくれた。
ランクはだいぶ落ちるが1部屋空いているとの事でタクシーで向かった。30分位で着いた。
部屋に入ってバスタブにお湯をはった。このホテルでは1番よい部屋だったのかトイレと浴槽が別にだった。しかもお湯がちゃんと出てアメニティも揃っていた。
小浦さんに電話をした。
「もしもし」
小浦さんは急いでいたので少しイライラしていた。
「部屋がキャンセルになっていて空いてなかったので系列のホテルに急きょチェックインしました。明日直接行きますので場所を教えてください。」
「分かりました。後でLINEしますね。」
zoomで会議を行った。
お風呂に入り早めに寝ようと思ってベットに入ると扉がコンコンとなった。
恐る恐るスコープで確認した。
驚きで目が見開いた。部屋の前にいたのは……湊だった。驚いて声が裏返る。
「社長…」
「開けてくれ」
扉を開ける。どうして?湊くんが……彼は今頃、加賀屋さんと……
「どうしてこのホテルにいるんだ?」
「宿泊が手違いでキャンセルになってて」
「どうして…俺に言わなかった?」
「ぇ。」
ジリジリ距離が縮まる。胸がドキッとしてきた。
顔が近づいて来た。彼のシトラスの香りが鼻腔を充満する。
俯いていた目をあげて彼を見た。
鋭い目が私の胸を鷲掴みしてくる。
「帰るぞ」
「どこに……」
「ホテルにだ」
「でも…部屋が……」
「俺の部屋は2部屋あるから大丈夫だ。」
彼がキャリーバックを持って私の右手を掴んで歩いていく。
寝巻き姿だから恥ずかしかった。
他の人から見えないようにしているだけだが……傍からみたら抱きしめられてる様な格好になってしまった。
タクシーでホテルに着いた。
彼の泊まっているのはこのホテルで1番いいスイートだった。急遽来ることになったため相手の会社が準備した物だった。
確かに部屋は2つあった。
「乃杏、あの部屋に泊まりなさい」
目が泳ぐ。いきなりの事で思考が追いつかなかった。
「はい…」
部屋の中にはシャワー室もあった。
妊娠のせいで眠気が襲ってきた。ベットに横になっていた。寝ぼけて起きた時に湊がいたような気がした。
どうせ夢だし思わず抱きしめて言う。「湊くん……大好き。本当は離婚なんてしたくなかったの」
頭をなぜながら夢の中の湊が言う。
「じゃあなんで離婚しようって言ったんだ?」
目に涙がたまる。
「だって…加賀屋さんが帰ってきたから…あなたの邪魔したくなかったの」
ふっと笑う。頬を撫ぜながら言う。
「もし俺が乃杏のこと好きって言ったらどうする?」
意地悪な笑顔で言う。
「叶うなら…もう一度復縁したい。」
「わかった」
その後は本当に幸せな夢だった。
キスをしながら抱きしめてくれる。
お互い裸になっていた。彼の熱塊が入る瞬間いそいで言った。
「今、あなたとの子供妊娠してるの……私、産みたいか…」
「大丈夫だよ。優しくするから」
優しく出し入れしながら甘いキスをしてくれた。
今度は『のん』ではなく『乃杏』だった。
「乃杏。愛してる。俺だけのモノ、可愛い♡ずっと一緒だよ。」
私も答える。「嬉しい……ずっと一緒にいて……復縁して♡これからも一緒にいたい。」
ゆっくりとした情事の夢だった。夢なのに身も心も満たされていた。
大好き……今だけ…夢を見させて欲しい。
起きたらまたいつもの私に戻るから……身分不相応な夢は捨てて貴方からちゃんと離れるから……
朝、7時に目がさめた。部屋のシャワーを浴びる。鎖骨の所が赤くなっていた。どうやら虫に刺されたようだ。
扉がノックされる。
「朝食を食べに行こう」
「はい。分かりました。」
一つ下の階の個室レストランで食べた。
窓から見る景色が綺麗だった。
清々しい天気に心が洗われるようだった。




