第28話 黒い軍船
大砲の弾を受けた追撃船から、砕けた木片が降ってきた。
船首に大きな穴が開いている。
甲板で火が上がり、畳んでいた帆へ燃え移った。
追撃船にガチケモは残していない。
それでも、二本の綱でつながれた船は、奴隷船の後ろで大きく傾いた。
「綱が引かれる!」
レグルが叫ぶ。
「このままでは、こっちまで向きを変えられる!」
最初の一発で、右側の綱が切れていた。
残る一本が張りつめ、奴隷船の船尾を軋ませる。
「切れ!」
ルナが命じた。
ガオンが斧を手に、綱へ向かう。
張りつめた綱へ、ためらいなく刃を振り下ろした。
太い綱が断ち切られ、海面へ落ちる。
追撃船が奴隷船から離れていく。
その直後、二度目の砲声が響いた。
黒い弾が燃える追撃船へ落ちる。
船腹が内側から弾けた。
海水が流れ込み、奪ったばかりの船が沈み始める。
甲板にいた者たちは、声もなく見ていた。
次に救う同胞を乗せるはずだった船。
自分たちの勝利で手に入れたものが、大砲二発で失われた。
「前を見ろ!」
レグルが怒鳴った。
「次は俺たちが狙われる!」
黒い軍船が近づいていた。
奴隷船より大きい。
三本の帆柱に黒い帆を張り、波を割って進んでくる。
船腹には、四つの砲門が開いていた。
その一つから白い煙が流れている。
「撃ち返せないのか」
ガオンが尋ねる。
「この船に大砲はない」
レグルが答えた。
「近づけても、兵士の数が違う。あれには百人近く乗っている」
「なら、近づかれる前に禁足海域へ行く」
ルナが言った。
「間に合うか」
「牽引をやめた分、船は軽くなった。風もこちらに向いている。だが――」
レグルが空を見る。
「大砲の方が先に届く」
船底から、三人の子供が出てこようとしていた。
犬族の女が身体で止めている。
「何があったの」
「下にいろ!」
ルナが叫ぶ。
「甲板には上がるな!」
三度目の砲声が鳴った。
「右から来ます!」
帆柱の上にいるシノが叫ぶ。
大砲が光ってから、弾が届くまでにわずかな時間がある。
「左へ切れ!」
レグルが舵を動かす。
奴隷船が左へ傾いた。
黒い弾が右舷のすぐ脇へ落ちる。
柱のような水しぶきが上がった。
海水が船縁を越え、甲板を叩く。
「見えるのか!」
ルナがシノへ尋ねる。
「煙と、砲門の動きが見えます! 次も知らせます!」
「そのまま見張れ! レグルはシノの声に合わせろ!」
「分かった!」
軍船の砲門が再び動く。
シノが方向を伝え、レグルが船を振る。
船員たちが帆を張り替える。
「次が来るまで、同じくらいの間があるっス!」
チリは、最初の砲声から次の砲声までを数えていた。
「弾を入れて、火薬を詰め直す時間がいるっス。撃った直後なら、しばらく真っすぐ進めるっスよ!」
「レグル、聞こえたか!」
「聞こえた! 砲声の直後に帆を張る!」
避け続けるだけでは追いつかれる。
ルナはチリが測った時間を使い、進む時と船を振る時を分けた。
何度も進路を変えれば、禁足海域へ着くのが遅くなる。
それでも、船腹か帆柱へ直撃を受ければ終わる。
四発目は船尾へ命中した。
轟音とともに船縁が砕け、木片が甲板へ散る。
船体が激しく揺れ、船員たちが縄へしがみついた。
船底までは抜かれていない。
「止まるな! このまま進む!」
レグルの声に、船員たちは散った木片を踏み越えて縄を引き続けた。
◇
太陽が傾くにつれて、海の色が変わった。
青かった水面に、黒い筋が混じり始める。
風は一定の方向から吹かず、帆を左右から叩いた。
レグルが翼をわずかに広げ、乱れる風を確かめる。
「近い」
レグルが言った。
「禁足海域の外縁だ」
前方に、白い波の壁があった。
空に雲はない。
それなのに、船より高い波が何本も立ち上がっている。
波の手前では、海面に巨大な渦が開いていた。
一つではない。
渦が生まれ、消え、別の場所に現れる。
「あそこへ入るのか」
ガオンが波を見る。
「普通なら、船が持たない」
レグルの声は硬い。
「島があるとしても、道が見えない」
後ろで、五度目の砲声が鳴った。
弾は奴隷船の帆柱のすぐ横を抜け、前方の渦へ落ちた。
黒い軍船は、もう逃げ道を塞ぐほど近い。
岸へ戻る道もない。
ここで止まれば、大砲に壊される。
ルナは、波の壁を見た。
神の話だけで決めたのではない。
海図の印。
船員たちの証言。
首輪がタダノへ反応しなかった事実。
そして、背後から迫る黒い軍船。
「入れ」
ルナは命じた。
「禁足海域を越える」
レグルが舵を握り直す。
「全員、船へつかまれ! 帆を半分まで下ろせ!」
奴隷船の船首が、渦と高波へ向いた。
黒い海が、百五人を乗せた船を待っていた。




