↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/30

第26話 追ってくる帆

 港の灯りが見えなくなっても、奴隷船は帆を緩めなかった。


 夜明け前の海は暗い。


 風を受けた帆と、船腹を叩く波だけが鳴っている。


 甲板では、解放された船員たちが休む間もなく動いていた。


 レグルは船尾で舵を握り、時折、背中の翼を広げて風を確かめる。


「右の帆を少し緩めろ。積み荷が多い。傾けすぎるな」


 十八人の船員が、レグルの声に応じて縄を引く。


 鞭も、首輪から流れ込む命令もない。


 自分たちの意思で船を動かしていた。


 ルナは船尾へ来た。


「追手は」


「まだ見えない。だが、港の軍船が出る準備をしていた。来ないとは思わない方がいい」


「この船で逃げきれるか」


「百五人を乗せている。水と食料も満載だ。軽い船に追われれば、いずれ追いつかれる」


 レグルは夜の海を見た。


「行き先を決めろ。沿岸を進むなら、別の港からも船を出される。外海へ向かうなら、今の風を使える」


「島の場所を知っているか」


 ルナが尋ねると、レグルの嘴が閉じた。


「楽園の島っス」


 海図を抱えたチリが、船尾へ上がってくる。


「タダノが、神様から聞いたっていう島っスよ」


「神の話は知らない」


 レグルは答えた。


「だが、船が近づけない島の話なら聞いたことがある」


 ルナとチリがレグルを見る。


「どこだ」


「海図を見せろ」


 チリが甲板へ六枚の海図を広げた。


 レグルは、そのうち最も外海まで描かれた一枚を選ぶ。


 航路を示す線のさらに先。


 何も描かれていない海の端に、黒い波の印がいくつも並んでいた。


「禁足海域と呼ばれている」


 レグルの爪が、黒い印をなぞる。


「潮の流れが決まっていない。晴れていても渦が生まれ、船より高い波が立つ。入った船は戻らない」


「島があるという証拠は」


「俺は見ていない」


 レグルは誤魔化さなかった。


「だが、禁足海域の近くまで行かされた海鳥族から聞いた。渦の向こうに緑の陸が見えたとな。近づこうとした船は波に押し戻された」


「それだけっスか」


「海岸で拾われた木の実もある。この大陸にはないものだった。ニンゲンの商人は、どこかに未発見の島があると考えていた」


 神の話だけではない。


 海を知る者の証言がある。


 ニンゲンが作った海図にも、近づけない海として印が残っている。


 それでも、百五人を乗せて入るには足りない情報だった。


「神様が言ってた島と、同じなのかも」


 後ろからタダノが言った。


 洗った服の代わりに、船で見つけた大きな上着を着ている。


 左右の袖は、三人の子供に掴まれていた。


 ルナはタダノへ顔を向けた。


「神は、お前に何と言った」


「ガチケモなら、島が受け入れてくれるって」


「なら、ニンゲンのお前はどうなる」


「僕も入れるって言われたよ。この世界のニンゲンじゃないし、神様が招いたからって」


「この世界の、とはどういう意味だ」


「僕は、この世界とは別の世界から来た人間なんだ」


 チリが海図から顔を上げる。


「初耳っス」


「それを、なぜ今まで言わなかった」


「隠してたわけじゃないよ。ルナは、僕が光の中から出てきたところを見てたから、分かってると思ってた」


「それで分かるわけないっス」


「ごめん」


 ルナは、タダノの姿を見る。


 耳も尾もない。


 外見だけなら、どのニンゲンとも変わらない。


 だが、ルナが初めてタダノの腕へ噛みついた時、隷属の首輪は反応しなかった。


 ニンゲンへの攻撃を止めるはずの首輪が、タダノだけをニンゲンとして扱わなかった。


「首輪も、お前をこの世界のニンゲンとは認めなかった」


「たぶん、同じ理由だと思う」


「たぶん、っスか」


「神様は、細かいことをあまり説明してくれなかったから」


 チリが深く息を吐いた。


 ルナは海図の黒い印を見る。


 神の言葉だけなら、信じなかった。


 だが、レグルの話と海図は重なる。


 港へ戻ることはできない。


 沿岸を進めば、別の港で待ち伏せされる。


「禁足海域まで、どれくらいかかる」


「この風が続けば、日が沈む頃には外縁へ着く」


「水と食料は足りるか」


「十日分以上ある。途中で風が止まっても問題ない」


「なら、そこへ向かう」


 ルナは決めた。


「島が見つからなければ、引き返せる場所で判断する。渦へ入るかは、海を見てからだ」


「それがいい」


 レグルがうなずく。


「進路を変える。南の帆を張れ!」


 船員たちが動き始めた。


 子供たちも、タダノの服から手を放し、邪魔にならない場所へ連れていかれる。


 太陽が海の端から上がった。


 暗かった水面が、赤く染まる。


 シノが帆柱の足場に上がっていた。


 海の臭いと風に慣れてはいない。


 それでも、遠くを見る目は誰よりも利く。


「船です!」


 シノの声が甲板へ落ちた。


「後ろから、一隻来ます!」


 全員が振り返る。


 朝日に照らされた海の上に、白い帆があった。


 黒い軍船ではない。


 一回り小さく、帆が多い。


 船首には、港の兵士が掲げていたものと同じ旗がある。


「沿岸を見張る追撃船だ」


 レグルが言った。


「速い。このままでは、昼までに追いつかれる」


「大砲は」


「あの大きさでは積んでいない。弓と、船へ乗り込む兵士だ」


 甲板にいた者たちの間へ、緊張が走る。


 昨夜、首輪を外されたばかりの者もいる。


 船の戦いを知らない者も多い。


 ルナは追撃船と、自分たちの船を見比べた。


 逃げ続ければ、相手の望む時に追いつかれる。


 背後を気にしたまま、禁足海域へ近づくことになる。


「逃げない」


 ルナは言った。


「ここで倒す」


 レグルが振り返る。


「船を壊さずに奪えるか」


「奪ってどうする」


「二隻あれば、次に同胞を助ける時に使える」


 まだ島へ着いてもいない。


 それでもレグルは、次に海を渡る時のことを考えていた。


 ルナはうなずく。


「奪えるなら奪う。だが、こちらの者を危険にさらしてまで残す必要はない」


 ガオンが甲板の中央へ出る。


「今度は、船を壊してもいいのか」


「沈めるな。帆柱も折るな」


「またか」


 不満そうに言いながらも、ガオンは追撃船を見た。


「なら、ニンゲンだけを倒す」


 白い帆は、もう大きく見えていた。


 追撃船の甲板で、弓を持ったニンゲンが並び始める。


 海の上での最初の戦いが迫っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。