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第24話 翼を取り戻す

 港の警鐘が鳴った時、レグルは甲板にいた。


 船員たちが一斉に港町を見る。


 奴隷倉庫の灯りが消えている。


 代わりに、船着き場の篝火が次々に灯された。


「武器を持て!」


 船長が叫ぶ。


「獣どもは帆柱の前へ並べ! 船へ上がる者を止めろ!」


 隷属の首輪が反応した。


 レグルたちの身体が、命令に従って動き始める。


 武器を持たされている者は少ない。


 帆を動かす棒。


 縄を切るための短い刃物。


 荷物を固定する木槌。


 それらを手に、十八人の仲間が甲板へ並ばされる。


 レグルも、右手に木槌を握った。


 左の翼は身体へ縛られたままだ。


 船着き場を、大柄な虎族が走ってくる。


 その後ろには、狼族たちが続いていた。


 全員、首輪をつけていない。


「船へ入れ!」


 虎族が跳んだ。


 船着き場と甲板の間を越え、手すりへ両足で着地する。


 船が大きく揺れた。


「帆柱は壊すな!」


 後ろから来た老いた狼族が叫ぶ。


「分かっている!」


 虎族は手すりを掴み、甲板へ下りた。


 兵士が槍を向ける。


 虎族は槍を避けず、柄を掴んだ。


 兵士ごと持ち上げ、甲板へ投げる。


「獣どもを前へ出せ!」


 船長が怒鳴った。


「侵入者を海へ落とせ!」


 レグルの首輪が締まる。


 身体が虎族へ向かって進む。


 ほかの仲間も同じだった。


 虎族が拳を上げる。


 だが、レグルたちの首輪に気づき、腕を止めた。


「邪魔をするな!」


 船員が横から剣を振るう。


 虎族の背へ刃が入った。


 血が飛ぶ。


 それでも、虎族は首輪をつけられた者へ拳を向けなかった。


「押さえるだけだ!」


 老いた狼族が、あとから乗り込んだ者たちへ命じる。


「同胞を傷つけるな! ニンゲンだけを倒せ!」


 狼族たちが甲板へ広がる。


 兵士とニンゲンの船員を狙う。


 だが、首輪をつけられた者が間へ入るため、思うように動けない。


 レグルの身体も、木槌を振り上げた。


 虎族の頭へ下ろす。


 虎族は片手で木槌を受け止めた。


「お前がやりたいわけではないんだな」


 レグルは答えられない。


 命令へ逆らおうとするだけで、息が止まりそうになる。


「なら、そいつが来るまで待て」


「誰を……」


 船着き場から、別の声がした。


「ガオン!」


 血に濡れた服のニンゲンが、船へ向かって走ってくる。


 白い狼族と大柄な熊族が、その左右を守っていた。


「タダノ、遅い!」


「倉庫に二十七人いたから!」


 タダノが甲板へ渡された板を駆け上がる。


 弓を持った船員が狙う。


 ルナが横から飛びつき、弓を持つ腕へ爪を入れた。


「タダノを船員まで通せ!」


 ボルグが盾を持った兵士へぶつかる。


 甲板の中央に道が開いた。


 タダノが最も近くにいたレグルへ来る。


「首輪、外していい?」


 レグルは木槌を握ったまま動けない。


 船長の命令が、身体を虎族へ向けようとしている。


「外せ」


 短く答える。


 タダノが首輪を掴んだ。


 留め具が壊れ、鉄の輪が甲板へ落ちる。


 レグルの身体から、命令の力が消えた。


 握っていた木槌を床へ落とす。


「翼も怪我してる」


 タダノが革紐で縛られた左の翼を見る。


「傷は新しい?」


「三日前だ」


「治せると思う。先に――」


「ほかの仲間だ」


 レグルは甲板に並ぶ仲間を示した。


「飛ぶのは、全員が自由になったあとでいい」


 タダノがうなずく。


「分かった」


 次の者へ走る。


 レグルは自由になった両腕で、隣にいた犬族を押さえた。


「少し待て。あのニンゲンが外す」


 首輪に命じられて暴れていた身体が止まる。


 タダノが首輪を外す。


 自由になった者が、また次の者を押さえる。


 一人ずつ、タダノまでつなぐ。


 首輪が落ちるたび、ニンゲンの船員へ向かう仲間が増えた。


 帆を扱っていた犬族が、縄を掴んで船員の足を払う。


 レグルが翼で兵士の視界を塞ぎ、腕で剣を奪う。


 舵を取らされていた熊族が、船長を守る二人へ体当たりした。


 最後の首輪が外れる。


 十八人全員が、自分の意思で甲板に立った。


「船を守れ!」


 レグルが声を上げる。


「帆と舵へニンゲンを近づけるな!」


 海で働かされてきた者たちが、一斉に動いた。


 船員から武器を奪う。


 船底へ逃げようとする兵士を追う。


 自分たちを道具として使ってきたニンゲンを、船から追い詰めていく。


 船長が後ろへ下がった。


「私の船だぞ!」


「違う」


 レグルは船長を見る。


「この船を動かしてきたのは、俺たちだ」


 船長が短剣を抜いた。


 レグルは右の翼だけを広げ、風を受ける。


 身体を横へ滑らせ、短剣を避けた。


 両腕で船長の胸を掴む。


 甲板の端まで押し、そのまま手すりの外へ投げた。


 船長の身体が海へ落ちる。


 助けようとする者はいなかった。


 甲板に残っていたニンゲンも、ガオンたちと解放された船員に倒されていた。


 船を奪う戦いは終わった。


「翼を見せて」


 タダノがレグルへ戻ってくる。


 レグルは右手で革紐を外した。


 左の翼を少し開く。


 腕とは別に背中から伸びた翼が、甲板の半分近くまで広がった。


 付け根の羽毛は血で固まり、傷が開いている。


「触っていい?」


「治せるなら頼む」


 タダノが翼の付け根へ手を当てた。


 熱が広がる。


 裂けていた肉が塞がり、痛んでいた骨が元の位置へ戻っていく。


 レグルは左の翼をゆっくり伸ばした。


 痛みはない。


 羽ばたく。


 強い風が甲板を走った。


 二度目の羽ばたきで、身体が宙へ浮く。


 帆柱の高さまで上がり、船の上を一周する。


 三日前に落とされた空へ、自分の意思で戻っている。


 甲板から、解放された船員たちの声が上がった。


 レグルは翼を傾け、船へ下りる。


「飛べる」


「よかった」


 タダノが笑った。


「俺はレグルだ」


「僕はタダノ」


「覚えた。お前には借りができた」


「返さなくていいよ」


「それを決めるのは俺だ」


 レグルは船尾へ向かった。


「出港の準備をする! 動ける者は持ち場へ!」


     ◇


 奴隷倉庫の裏門が開けられ、街の外で待っていた二十四人も港へ入った。


 倉庫から解放された二十七人が、順番に船へ乗る。


 三人の子供は、犬族の女と一緒だった。


 ルナたち六十人。


 倉庫の二十七人。


 船で解放した十八人。


 船に乗る者は百五人になった。


 チリとシノも役所から戻ってくる。


「海図は取ったっス!」


 チリが革袋を持ち上げた。


「鎖の塔を開ける鍵もあるっスよ!」


 シノは後ろを振り返る。


 港の兵士たちが、奴隷倉庫と船着き場へ集まり始めていた。


「軍船にも灯りがつきました」


 黒い船の甲板で、ニンゲンたちが動いている。


 だが、畳んだ帆を広げ、火薬と食料を積み、港を出るには時間がかかる。


「今なら先に出られる!」


 レグルが叫ぶ。


「綱を放せ! 帆を上げろ!」


 解放された船員たちが動く。


 船着き場と船をつないでいた綱が外される。


 帆が夜風を受ける。


 奴隷船が、ゆっくりと岸から離れた。


 その時、港の入口から重い金属音が響いた。


 二つの塔の間で、海面が白く泡立つ。


 海中に沈んでいた太い鎖が、巻き上げられていた。


 港を出る道が、閉じ始めている。


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