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第19話 勝っても終わらない

 四人の牛族が、荷車を横へ押す。


 車輪が石を踏み、荷台が大きく傾いた。


 縄で固定されていた木箱が落ちる。


 蓋が割れ、中に詰められていた隷属の首輪が道へ散らばった。


 もう一台の荷車も、反対側へ倒される。


 荷台に積まれていた槍と剣が、土の上へ落ちた。


 二台の荷車が道を塞ぎ、討伐隊の前と後ろを分断する。


「武器を取れ!」


 ルナの声が、斜面の上から飛んだ。


「解放された同胞を守れ! ニンゲンを通すな!」


 熊族が荷物を投げ捨て、地面へ落ちた斧を拾う。


 犬族と鹿族も槍を取った。


 今まで運ばされていた武器を、自分の意思で握る。


 兵士が剣を向ける。


「武器を捨てろ! 地面へ伏せろ!」


 誰の首輪も反応しなかった。


 牛族が兵士の盾へ体当たりする。


 盾が腕から外れ、斜面へ落ちていく。


 その隙へ熊族の斧が入った。


 兵士が倒れる。


 首輪をつけていた時には、命令一つで止められた者たちだった。


 今は、ニンゲンの声を聞いても誰も止まらない。


「前を押せ!」


 ルナは三つ目の曲がり角を見る。


 ガオンとボルグが、兵士の盾を押さえている。


 その後ろから槍が突き出される。


 ガオンの肩へ穂先が入った。


 それでも、ガオンは下がらなかった。


 槍の柄を掴み、兵士ごと前へ引き寄せる。


 ボルグが盾の端へ肩を入れた。


 二人が同時に力を込める。


 盾の列が崩れた。


 待っていた闘士たちが、開いた場所へ飛び込む。


 闘技場では、ニンゲンを喜ばせるために戦わされていた者たちだ。


 今は、自分たちの仲間を守るために兵士へ爪を振るう。


 前方の兵士たちは、後ろへ下がろうとした。


 だが、道の中央では、解放された牛族と熊族が戦っている。


 逃げる場所はなかった。


「弓兵を止めろ!」


 ラウガが叫ぶ。


 下の曲がり角から、弓兵が矢を放った。


 矢が斜面を上り、狼族の脚へ刺さる。


 二本目は、武器を拾った鹿族へ向かっていた。


 タダノが間へ入る。


 矢は背中へ刺さった。


 続けて二本。


 タダノの身体が揺れる。


 それでも、鹿族の前から動かなかった。


「今のうちに行って!」


 鹿族はうなずき、岩陰へ移動する。


 タダノは自分の背中に手を伸ばした。


 だが、刺さった矢へ指が届かない。


 自由になった犬族が駆け寄った。


「痛むぞ」


「大丈夫。抜いて」


 矢が抜けるたび、傷が塞がっていく。


「本当に、ニンゲンなのか」


「うん。人間だよ」


「それより、弓を止めないと」


 タダノは、また矢の飛んでくる方へ立った。


 犬族も地面の盾を拾い、その横へ並ぶ。


     ◇


 シノは戦場全体を見ていた。


 三つ目の曲がり角では、虎族と熊族が前方の兵士を止めている。


 二つ目では、首輪を外された同胞が荷車を使って道を塞いだ。


 一つ目の曲がり角には、まだ弓兵と十人以上の兵士が残っている。


 下へ逃げる道は、丸太で狭くなっている。


 だが、完全には塞がれていない。


 数人ずつなら、木々の間を通って逃げられる。


 逃げた兵士が一人いたために、この討伐隊が来た。


 今度も逃がせば、次の討伐隊へこちらの人数と進む方向を伝えられる。


「指揮しているのは、あなたですか」


 シノは斜面の上にいる狼族へ声をかけた。


 白い狼族が、こちらを見る。


「そうだ」


「シノと申します。下の弓兵が、森から逃げようとしています」


「道が分かるのか」


「この坂まで追跡させられました。横へ抜ける獣道も確認しています」


「何人いる」


「六人です。弓を持った者が二人います」


「先回りできるか」


 シノは岩の割れ目を示す。


「あそこから行けます」


 白い狼族は、シノの足元に落ちた首輪を見た。


 それから、近くにいた鼠族へ目を向ける。


「チリ。三人連れて、シノと行け」


「任せるっス」


 チリがシノの隣へ来た。


「もう一度、案内を頼むっスよ」


「今度は、私が選んだ道です」


 シノは細道へ入った。


 チリと三人の狼族が続く。


 足跡と臭いを確かめながら、斜面を下る。


 兵士たちは、戦いの音に紛れて動いている。


 六人。


 弓を持った者が二人。


 残りは剣と槍を持っている。


 森へ入ったあと、別々に逃げるつもりらしい。


「この先で道が二つに分かれます」


 シノは声を落とした。


「右へ三人。左へ三人進むはずです」


「どうして分かるんスか」


「足音が分かれました」


 チリが耳を澄ませる。


「自分には、戦いの音しか聞こえないっス」


「慣れれば分かります」


「それは無理そうっスね」


「なら、私が聞きます」


 シノは右の道を指した。


「右へ行った者は、こちらです」


「こっちも二手に分かれるっス」


 チリが三人の狼族を見る。


「自分は二人と左へ行くっス。シノは一人と右を頼むっスよ」


 二手に分かれる。


 シノは兵士たちの前へ出なかった。


 臭いと足音を追い、横から近づく。


 先頭の兵士が分かれ道を曲がった時、その足へ飛びついた。


 兵士が地面へ倒れる。


 続く兵士が剣を抜く。


 シノと一緒に来た狼族が、その腕へ噛みついた。


 三人目が逃げようとする。


 シノは地面に落ちた槍を拾い、足元へ突き出した。


 兵士が躓く。


 狼族が追いついた。


 反対側からも、短い悲鳴が聞こえた。


 チリたちも兵士を止めたらしい。


「戻りましょう」


 シノは言った。


「まだ終わっていません」


     ◇


 討伐隊の前方は、すでに崩れていた。


 ガオンが最後の盾を弾き飛ばす。


 ボルグが兵士の胸へ拳を入れた。


 闘士と狼族が、残った兵士へ一斉に襲いかかる。


 ベルガンは戦場の中央にいた。


 周囲を守っていた兵士は、もう二人しか残っていない。


「下がれ!」


 ベルガンが馬の手綱を引く。


 馬は倒れた荷車を越えられない。


 ベルガンは馬を降り、岩壁の脇へ走った。


 シノが兵士を連れて入った細道がある。


 上へ抜ければ、包囲の外へ出られる。


 ベルガンは二人の兵士を連れ、岩の割れ目へ入った。


 だが、途中で足を止める。


 前にシノが立っていた。


 隣にはチリと三人の狼族がいる。


「シノ」


 ベルガンの声から、先ほどまでの余裕が消えていた。


「そいつらを殺せ。私を包囲の外まで案内しろ」


 シノは動かなかった。


「聞こえないのか。命令だ!」


 首は締まらない。


 身体も勝手には動かない。


「聞こえています」


 シノは答えた。


「ですが、従いません」


 ベルガンが腰の剣を抜く。


「私が、お前を買ったんだぞ」


「だから何です」


 シノは槍を構えた。


「私があなたのものだったことは、一度もありません」


 ベルガンが剣を振り上げる。


 シノは正面から受けなかった。


 狭い道で身体を沈め、ベルガンの横を抜ける。


 槍の柄で手首を打つ。


 剣が岩へ落ちた。


 ベルガンがシノの肩を掴もうとする。


 シノはその腕へ爪を立てた。


 身体を引き寄せ、喉へ噛みつく。


 ベルガンの身体が岩壁へぶつかった。


 力が抜け、その場へ崩れる。


 倒れたあとも、もう命令は聞こえなかった。


 二人の兵士が逃げようとした。


 狼族たちが前へ出る。


 チリはシノの隣に立ち、ベルガンの身体を見下ろした。


「自分で倒したっスね」


「はい」


 シノは口元についた血を腕で拭った。


 白い毛へ赤い跡が広がる。


 眉間に皺が寄った。


「水場はありますか」


 チリが目を瞬いた。


「今、気にするとこはそこなんスか」


「今すぐ洗いたいだけです」


 細道の外では、最後の兵士が倒されていた。


 槍の音も、剣の音も止まる。


 討伐隊から逃げた者はいない。


 曲がり坂に立っているのは、首輪のない仲間たちだった。


     ◇


 勝利を確かめても、ルナは休まなかった。


「動ける者は周囲を調べろ。負傷者はタダノのところへ運べ。死んだふりをしているニンゲンがいないかも確かめろ」


 命令を聞いた者たちが動く。


 タダノは、重傷を負った者から治療していた。


 ガオンの肩に残っていた槍傷も塞がっていく。


「もう動かしていいよ」


「なら、次だ」


 ガオンはすぐに立ち上がろうとする。


「少し休んで」


「傷は治ったんだろう」


「血は減ったままだから」


 ガオンは不満そうに座り直した。


 ボルグが、その横へ水の入った革袋を置く。


「飲め」


「命令するな」


「なら、好きにしろ」


 ガオンは革袋を取った。


 チリは、ベルガンが持っていた革鞄を調べている。


 中から数枚の書類と、小さな地図を取り出した。


「ルナ。これ、まずいっス」


「何が書いてある」


「ベルガンは、近くの駐屯地にも兵を頼んでたっス。鉱山を取り戻したあと、周辺の森を捜すつもりだったみたいっスよ」


「その兵は、まだ来ていないのか」


「二日後に鉱山で合流するって書いてあるっス。中止の知らせがなければ、そのまま出るっス」


 中止を命じるベルガンは死んだ。


 討伐隊が戻らなければ、駐屯地の兵士は異変にも気づく。


 今回より多くの兵が、鉱山と周辺の道を調べ始める。


 ルナは、曲がり坂にいる仲間たちを見た。


 首輪を外した十二人を加えれば、六十人になる。


 勝った。


 食料も武器も奪った。


 だが、戦うたびに守る者は増え、次に来る敵も大きくなる。


「鉱山には戻らない」


 ルナは言った。


「ここもすぐに離れる。道を探す」


「行く場所がある」


 声を上げたのは、荷車を引かされていた牛族だった。


「俺は、ベルガンに買われる前、港で荷を運ばされていた」


 ルナが牛族を見る。


「港には何がある」


「船だ」


 牛族は答えた。


「俺たちの仲間を運ぶ、大きな奴隷船が出入りしている」


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