↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/30

第18話 首輪の内側

 岩の割れ目は、すぐに細くなった。


 シノは身体を横へ向け、濡れた岩へ肩を擦りながら進む。


 後ろから、六人の兵士が続いていた。


「本当に上へ出られるんだろうな」


「出られます」


「なら急げ」


 槍の先が背中へ押しつけられる。


 シノは足を速めた。


 細道には、新しい臭いが残っている。


 鼠族。


 狼族。


 そして、ニンゲンのような臭い。


 前にいる。


 シノの存在にも、兵士たちにも気づいているはずだ。


 それでも、襲ってくる気配はない。


 道がさらに狭くなり、兵士たちが一列になった。


 ここなら、一度に進めるのは一人だけだ。


 シノは足元の石を避けた。


 わざと踏み、音を立てて知らせることはできない。


 ベルガンから、上へ回る道を案内しろと命じられている。


 従わない意思を見せれば、首輪が締まる。


「止まれ」


 先頭の兵士が言った。


 岩の向こうに、ニンゲンのような姿をした者が立っている。


 武器は持っていない。


 逃げる様子もない。


 ただ、狭い道の中央に立っていた。


「どけ!」


 兵士が槍を突き出す。


 穂先が、その者の腹へ入った。


 シノの身体が強張る。


 その者は倒れなかった。


 腹から血を流しながら、両手で槍の柄を掴む。


「今だよ」


 岩の上から、小さな声がした。


 チリが石を蹴り落とす。


 石は二人目の兵士の足元へ当たった。


 兵士が体勢を崩す。


 その頭上から、狼族が飛び下りた。


 爪が兵士の肩へ入る。


 後ろの兵士が剣を抜こうとした。


 だが、狭い道では腕を横へ振れない。


 別の狼族が岩陰から腕を掴み、壁へ叩きつけた。


「後ろだ!」


 最後尾の兵士が振り返る。


 そこにも狼族がいた。


 退路は塞がれている。


 兵士たちは前後から挟まれた。


 槍を引こうとした兵士は、タダノに柄を掴まれたまま動けない。


「放せ!」


 兵士がタダノの胸へ短剣を突き立てる。


 一度。


 二度。


 それでも、タダノは槍を放さなかった。


 開いた場所から、チリが兵士の足へ飛びつく。


 膝が崩れたところへ、狼族が爪を入れた。


 兵士の身体が地面へ倒れる。


 タダノは腹から槍を抜いた。


 傷が塞がり始める。


 シノは、その光景から目を離せなかった。


 腹を刺されたはずなのに、立っている。


 ニンゲンのような姿をしながら、狼族たちと一緒に戦っている。


 六人の兵士が倒れると、狼族たちはすぐに坂の下を警戒した。


 タダノだけが、シノへ近づいてくる。


 シノは後ろへ下がった。


 ニンゲンが手を伸ばしている。


 身体が先に怯えた。


「首輪、外せるよ」


 タダノは、それ以上近づかなかった。


「触ってもいい?」


 シノはタダノを見る。


 服は血に濡れている。


 腹の傷は、もうほとんど残っていない。


 背後では、チリと狼族たちが待っていた。


 誰もシノを押さえようとはしない。


「本当に外せるのですか」


「うん」


 タダノは否定しなかった。


「お願いします」


 シノは顎を上げた。


「外してください」


 タダノが、もう一度だけ確認する。


「触るね」


「はい」


 両手が首輪へ触れた。


 強い力がかかる。


 鉄が軋み、留め具が外れた。


 首輪が地面へ落ちる。


 シノは喉へ手を当てた。


 ベルガンの命令は消えていない。


 上へ回り、首輪のない者たちの背後を襲わせる。


 そのための道を案内しろと言われた。


 だが、もう身体は勝手に動かない。


 命令へ従わなくても、首は締まらない。


 シノは足元の首輪を踏んだ。


「残りの十一人は、二つ目の曲がり角にいます」


 タダノへ顔を向ける。


「全員、外してください」


「そのつもりだよ」


「こちらです」


 今度は、誰にも命じられずに先頭へ立った。


 細道の途中に、崩れた石で隠れた分かれ道がある。


 上へ進めば、ルナたちの背後へ出る。


 下へ進めば、二つ目の曲がり角のすぐ近くへ下りられる。


 シノは迷わず下を選んだ。


 チリが、その後ろをついてくる。


「そんな道もあったんスか」


「先ほど見つけました。兵士には教えていません」


「首輪があるのに、隠せたんスね」


「上へ行く道を聞かれただけですから」


 シノは足を止めずに答えた。


「聞かれていないことまで、教える必要はありません」


 チリの耳が立った。


「気が合いそうっス」


 二つ目の曲がり角が見えてきた。


 戦いは続いている。


 道の上では、ルナと狼族たちが兵士を斜面へ追い詰めていた。


 三つ目の曲がり角では、ガオンとボルグが盾の列を止めている。


 タダノがいなくても、二人は道を通さない。


 その代わり、槍を腕や肩へ受けていた。


 荷車の周囲には、八人の兵士が残っている。


 四人は牛族の縄を握り、残りは剣と弓を構えていた。


「狐はどうした!」


 兵士の一人が、細道から下りてきたシノへ気づく。


「上へ回る道はありました」


 シノは答えた。


「狭くて、一度に一人しか通れません。ベルガン卿が、さらに兵を出すよう命じています」


「何人だ」


「四人です。急いでください」


 嘘を口にしても、首輪は締まらない。


 兵士たちは気づかない。


 四人が、シノの示した細道へ走った。


 そこで待っているのは、狼族たちだ。


 荷車に残った兵士は四人になった。


「今っス!」


 チリが叫ぶ。


 タダノが細道から飛び出した。


 弓兵が矢を放つ。


 矢はタダノの肩へ刺さった。


 二本目が胸へ入る。


 それでも、タダノは止まらない。


 牛族をつないでいる首輪へ手を伸ばす。


「首輪を外すよ!」


 最も近くにいた牛族が、大きくうなずいた。


 タダノの両手が首輪を掴む。


 留め具が外れた。


 自由になった牛族は、すぐに荷車の棒を放した。


 横から来た兵士の盾へ、両肩をぶつける。


 兵士が道の端まで押し戻された。


 その間に、タダノは二人目の首輪へ手をかける。


 剣を持った兵士が背中へ斬りつけた。


 タダノの身体が前へ傾く。


 最初に自由になった牛族が振り返り、兵士の腕を掴んだ。


「そいつに触るな!」


 兵士を持ち上げ、岩壁へ叩きつける。


 二つ目の首輪が外れた。


 二人の牛族が、残る兵士へ向かう。


 タダノは三人目へ進む。


 一人が自由になるたび、タダノを守る者が増えた。


 三人目。


 四人目。


 荷車を引かされていた牛族全員の首輪が落ちる。


 熊族たちも、背負わされていた荷物を地面へ下ろした。


 タダノが首輪へ触れる。


 一人。


 二人目。


 三人目。


 鉄の輪が、次々に土へ落ちていく。


「何をしている!」


 ベルガンの声が響いた。


 馬を降り、兵士を押しのけながら荷車へ向かってくる。


「獣どもを止めろ! 全員、地面へ伏せろ!」


 まだ首輪の残っている犬族と鹿族が、苦しそうに喉を押さえた。


 命令へ逆らおうとした首輪が締まっている。


「タダノ!」


 シノが叫ぶ。


「分かった!」


 自由になった熊族が、タダノの前へ立った。


 兵士の槍を身体で受け、柄を両手で掴む。


 別の熊族が、タダノを犬族のところまで押し出した。


 首輪が外れる。


 犬族が地面へ手をつき、息を吸った。


 隣の犬族。


 二人の鹿族。


 最後の首輪が外れた時、ベルガンの命令に苦しむ者はいなくなった。


 十二個の首輪が、岩壁沿いの坂道の土に落ちている。


 ベルガンが足を止めた。


 命令しても、誰も伏せていない。


 牛族が荷車の棒を握る。


 今度は、引くためではなかった。


「シノ」


 牛族が尋ねる。


「ニンゲンは、どこへ逃げる」


 シノは周囲の足跡と、道の形を確かめた。


「下へ抜ける道は、荷車の後ろです」


 牛族は荷車を見る。


 自分たちに運ばせた武器。


 自分たちを縛るための縄。


 新しい首輪を詰めた木箱。


 すべて、ニンゲンが持ち込んだものだ。


「なら、こいつで塞ぐ」


「お願いします」


 四人の牛族が、荷車を横へ押し始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。