第17話 曲がり坂の待ち伏せ
ルナが待ち伏せ場所に選んだのは、岩壁沿いの古い運搬路だった。
道は山の斜面を上りながら、大きく三度折れている。
内側には切り立った岩壁。
外側には木の生えた急斜面。
一つ目の曲がり角から三つ目まで、真っすぐ見通すことはできない。
大勢で進めば、隊列は曲がり角ごとに分断される。
「下の道から来る」
先に到着していたラウガが言った。
「ニンゲンは鉱山へ入った。一度止まったが、こちらの跡を見つけて動き始めている」
「どれくらいで着く」
「もう遠くない」
ルナは三つ目の曲がり角から、下の道を見た。
木々の隙間に、まだ討伐隊の姿はない。
それでも、馬の鳴き声がかすかに聞こえた。
「戦えない十二人は、荷馬車と荷車を連れて坂の先へ行け」
ルナは集まった者たちへ命じる。
「六人を護衛につける。戦いが終わるまで戻るな。ニンゲンが抜けてきた時は、荷物を捨てて逃げろ」
水の樽を積んだ荷車の横で、牛族の闘士が顔を上げた。
「俺も残れる」
「まだ長く戦える身体ではない」
「荷車は引けた」
「だから、向こうでも引いてくれ。怪我人を運ぶ者が必要だ」
牛族は不満そうに息を吐いた。
それでも、荷車の棒を握り直す。
「分かった。全員、連れていく」
「頼む」
荷馬車と二台の荷車が、坂の先へ進んでいく。
弱っている者を乗せた荷馬車。
その左右を守る六人。
木々に隠れた先には、岩に囲まれた窪地がある。
街道からは見えず、馬車も置ける広さがあった。
残ったのは、ルナを含む三十人とタダノだ。
相手は五十人近いニンゲン。
さらに、首輪をつけられた同胞が十二人いる。
数だけを比べれば、こちらが少ない。
だが、曲がり坂へ入れば、敵の長い隊列は分かれる。
「討伐隊を、全員この坂へ入れる」
ルナは三つの曲がり角を見渡した。
「ガオン、ボルグ」
二人が前へ出る。
「闘士たちを連れて、一番上の曲がり角を塞げ。敵を止めろ。ただし、坂の外へ追い返すな」
ガオンがルナを見る。
「通すのか」
「後ろの隊列まで坂へ入れる」
「狭い場所なら、俺も動きにくい」
「お前は動かなくていい。そこに立っていろ」
ガオンが牙を見せた。
「それなら簡単だ」
ガオンとボルグがうなずいた。
「ラウガ。狼族を連れて、私と斜面へ上がれ」
「合図は」
「私が石を落とす。荷車のそばにいる同胞へは当てるな。兵士だけを狙え」
「分かった」
ラウガたちが斜面を上る。
あらかじめ集めておいた石と、短く切った二本の丸太が木々の間に隠してあった。
丸太は兵士へ落とすためではない。
道に転がし、退路を塞ぐためのものだ。
「チリ」
「こっちっス」
チリは中央の曲がり角の内側にある、岩の割れ目を指した。
人一人が横向きで通れるほどの隙間が、上の斜面へ続いている。
昔、道の崩れを調べるために使われていた細道らしい。
「上から中央の曲がり角へ下りられるっス。途中は狭いっスけど、崩れてはいないっスよ」
「敵も使えるか」
「場所を知ってれば使えるっス」
追跡役の狐族なら、見つけるかもしれない。
「狼族を連れて、タダノと細道で待て。敵が入ってきたら止めろ。来なければ、戦いが始まってから荷車へ下りろ」
「分かったっス」
チリと数人の狼族が、岩の割れ目へ入っていく。
タダノも、その後へ続いた。
「タダノ」
ルナが呼び止める。
「首輪を外すことだけを考えろ。ニンゲンを倒そうとするな」
「うん。そっちは、みんなに任せる」
タダノの姿が岩陰へ消える。
配置は終わった。
あとは、敵が来るまで動けない。
ルナはラウガとともに斜面へ上がった。
濡れた土へ身体を伏せ、木々の間から道を見下ろす。
ガオンとボルグも、三つ目の曲がり角の先へ隠れている。
声は聞こえない。
葉が揺れる音だけが続く。
やがて、馬の蹄が土を踏む音が近づいてきた。
◇
シノには、隠れている者たちの臭いが分かった。
狼族。
虎族。
熊族。
それに、ニンゲンのような臭いが一つ。
坂の上から流れてくる。
狼族や虎族に混じっている。
シノには、その臭いの主が何者なのか分からなかった。
シノは前を歩きながら、目だけを上の斜面へ向けた。
枝の折れ方。
踏まれた苔。
土からわずかに覗く、灰色の毛。
待ち伏せる者たちは、すでに配置についている。
「止まってください」
シノが言った。
すぐ後ろを歩く兵士が、槍の柄を背中へ当てる。
「何だ」
「上にいます。狼族が複数。道の先にも、大柄な者が二人隠れています」
ベルガンが馬を進めてきた。
「数は」
「正確には分かりません」
「またそれか」
「臭いが上下から重なっています。この先は道が曲がっているため、奥までは見えません」
「待ち伏せ程度で、私の兵が止まると思うのか」
ベルガンは、坂の上を見た。
そこから見えるのは、折れ曲がった道と岩壁だけだ。
「先頭を進め」
ベルガンが命じる。
「盾を前へ。弓兵は後ろだ。獣どもが姿を見せたら射ろ」
八人の兵士がシノを追い越した。
盾と槍を構え、一つ目の曲がり角へ入っていく。
何も起こらない。
二つ目の曲がり角にも、誰の姿もなかった。
兵士たちが進む。
ベルガンも馬を進めた。
「全員、続け」
槍兵。
剣を持った兵士。
弓兵。
ニンゲンたちが、次々に坂へ入る。
シノも歩かされた。
後ろからは、牛族が引く二台の荷車が来る。
首輪をつけられた熊族、犬族、鹿族も、その周囲にいた。
シノは上の斜面を見る。
まだ動かない。
こちらを罠へ入れようとしている。
兵士を狙うだけなら、荷車が坂へ入るまで待つ必要はない。
荷車の周囲にいる十一人。
待ち伏せる者たちは、シノたちも坂へ入るのを待っていた。
理由は、まだ分からない。
三つ目の曲がり角から、盾がぶつかる音が響いた。
続いて、虎族の咆哮が坂を揺らす。
「敵だ!」
前方の兵士が叫んだ。
隊列が止まる。
後ろから来た兵士が、前の者へぶつかった。
ベルガンの馬が嘶き、前脚を上げる。
その瞬間、上の斜面から一つの石が落ちた。
道の中央へ当たり、乾いた音を立てる。
合図だった。
木々の間から、狼族たちが一斉に立ち上がった。
石が降る。
槍を構えようとした兵士の肩へ当たる。
弓兵の手から弓が落ちる。
二本の丸太が斜面を滑り、荷車の後ろにある道へ転がり込んだ。
兵士たちの退路が塞がれる。
「同胞を狙うな!」
上からルナの声が飛ぶ。
「ニンゲンだけを倒せ!」
その声を聞き、シノは息を止めた。
鉱山には、本当に首輪のない同胞がいる。
逃げ帰った兵士の話は、本当だった。
狼族が斜面を駆け下りる。
前では、ガオンとボルグが盾の列を押し返していた。
後ろでは、丸太を越えようとする兵士へ狼族が襲いかかる。
討伐隊は、三つの曲がり角の間に閉じ込められた。
「隊列を戻せ!」
ベルガンが叫ぶ。
「弓兵は上を射ろ! 槍兵は前を押し潰せ!」
だが、前へも後ろへも動けない。
兵士たちは、味方の盾と背中に阻まれて武器を振るう場所さえ失っている。
シノは荷車の横へ身を寄せた。
牛族たちも、棒を握ったまま身体を低くしている。
命令なしに荷車を離れれば、首輪が締まる。
首輪のない同胞は、すぐ近くまで来ている。
それでも、シノたちは動けない。
ベルガンが周囲を見回した。
上から下りてくる狼族。
三つ目の曲がり角を塞ぐ虎族と熊族。
荷車の後ろへ迫る別の狼族。
そして、岩壁にある細い割れ目。
「狐!」
ベルガンがシノを呼ぶ。
「上へ回る道を探せ。六人連れていけ」
シノは岩の割れ目を見た。
すでに、誰かが通った臭いが残っている。
鼠族。
数人の狼族。
そして、先ほどと同じニンゲンのような臭い。
「早くしろ!」
首輪が締まり始める。
シノは岩の割れ目を指した。
「こちらです」
六人の兵士が、シノを先頭にして細道へ入る。
斜面の上から見ていたルナは、それを止めなかった。
その道の先で待っている者を、知っていたからだ。




