第13話 闘士の首輪
ガオンの首輪が足元へ落ちた。
喉から鉄の重みが消える。
ガオンは大きく息を吸い、管理席のニンゲンへ目を向けた。
痛みは来なかった。
「ガオンを押さえろ!」
六人の兵士が槍を構えている。
そのうちの一人が、タダノへ穂先を向けた。
「そいつから離れろ!」
タダノはガオンの前へしゃがんだまま、動かなかった。
槍が突き出される。
ガオンの手が、その柄を横から掴んだ。
兵士の動きが止まる。
「何を――」
ガオンは槍を引いた。
兵士の身体が前へ崩れる。
その胸へ拳を入れる。
兵士は砂の上を転がり、動かなくなった。
観客席から歓声が上がった。
今までは、ガオンがニンゲンへ攻撃しようとすれば首輪が止めた。
だが、今はもうない。
「下がれ」
ガオンは犬族へ言った。
犬族は腹の傷を確かめながら、試合場の端へ移動する。
傷は塞がっている。
首輪も外れている。
それでも、三試合続けて戦わされた疲労は残っていた。
残る五人の兵士が一斉に踏み込んだ。
二人がガオン。
三人がタダノと犬族を狙う。
タダノは犬族の前へ立った。
一本目の槍が胸を貫く。
二本目が脇腹へ入る。
タダノは槍を抜こうとしなかった。
自分の身体へ刺さった二本を、両腕で抱え込む。
兵士が槍を引く。
抜けない。
「今だ!」
試合場の鉄門から、ルナが飛び出した。
その後ろに、二人の狼族が続く。
ルナはタダノに槍を刺している兵士へ向かった。
兵士が振り向く。
武器はタダノの身体に残ったままだ。
ルナの爪が、兵士の喉へ届く。
隣の兵士には、狼族が左右から飛びかかった。
一人が槍を押さえ、もう一人が足を払う。
兵士の身体が砂へ倒れた。
ガオンは二人の兵士を相手にしていた。
剣が肩を裂く。
構わず、剣を持つ兵士の腕を掴む。
その身体を持ち上げ、もう一人へ投げつけた。
二人が重なって倒れる。
ガオンは先に立ち上がろうとした兵士を踏みつけた。
鈍い音が響く。
兵士の動きが止まった。
残る二人は、管理席へ続く通路へ逃げ出した。
「追うな!」
ルナが狼族を止める。
観客や闘技場主を追うより、地下に残っている同胞が先だ。
タダノの胸と脇腹から槍が抜け落ちた。
傷はすぐに塞がっていく。
服には穴と血の跡が残った。
タダノは立ち上がり、犬族の様子を確認する。
「歩ける?」
「ああ」
犬族は答えた。
まだタダノを警戒している。
それでも、逃げようとはしなかった。
ルナがガオンを見る。
「お前がガオンだな」
「俺を知っているのか」
「商館の帳簿で、虎族がここへ売られたと知った。お前の名は、助け出した猪族から聞いた」
「猪族」
「生きている。首輪も外れた」
ガオンはルナを見た。
次に、タダノを見る。
「お前たちは何者だ」
「私は狼族のルナだ。首輪を外し、囚われている同胞を連れ出すために来た」
「地下には、まだ十人いる」
「チリが檻を開けている。だが、首輪を外せるのはタダノだけだ」
タダノが地下へ続く鉄門を見る。
次の瞬間には、誰の指示も待たずに走り出していた。
「俺も戻る」
ガオンがその後を追おうとした。
ルナは止めなかった。
ガオンはまだ、ルナたちを信用していない。
それでも、地下の仲間を見捨てることはない。
「歩けるなら来い」
ルナは犬族へ言った。
「無理なら、ここで待て」
犬族は両手を砂につき、ゆっくりと立ち上がった。
「歩ける」
足取りはまだ不安定だったが、ガオンたちの後を追った。
観客席では、まだ歓声が続いていた。
ガオンが兵士を倒すたび、立ち上がって喜ぶ者までいる。
試合場と観客席を隔てる壁の上から、もっと戦えと声を張り上げていた。
管理席から声が飛んだ。
「門を閉じろ! 闘士を地下へ封じ込めろ!」
ルナたちが通路へ入った直後、背後で鉄門が下り始めた。
重い門が石床へ落ちる。
試合場へ戻る道が閉ざされた。
◇
地下では、ボルグが四人の兵士を食い止めていた。
奪った槍で通路を塞ぎ、その後ろを狼族が守っている。
通路が狭いため、兵士たちは一度に二人しか前へ出られない。
「押せ!」
兵士が槍を突き出す。
ボルグが柄を払った。
もう一本の槍が、ボルグの脇を狙う。
隣にいた狼族が腕を掴み、壁へ引き寄せた。
兵士の肩が石壁へ当たる。
ボルグの槍が、その腹へ入った。
「まだ開かないのか!」
ボルグが後ろへ叫ぶ。
「最後の檻っス!」
チリは六つ目の錠前の前にいた。
針金を鍵穴へ入れ、内部の金具を探っている。
五つの檻はすでに開いていた。
だが、中にいる者たちは外へ出られない。
全員、隷属の首輪をつけている。
逃げようとすれば、首輪が喉を締める。
「もう少しっス」
チリの指が震える。
兵士の足音。
武器がぶつかる音。
檻の中から向けられる視線。
それでも、針金を動かす手は止めなかった。
錠前の中から、小さな手応えが返る。
チリが手首をひねる。
かちり。
「開いたっス!」
最後の檻の扉が開いた。
そこへ、タダノが走ってきた。
「ガチケモ!」
十人のガチケモを見て、すぐに一番近くの檻へ入る。
横になっていた鹿族の前へしゃがんだ。
試合場でガオンと戦った者だ。
肩と脚から、まだ血を流している。
「治すね」
鹿族がタダノを見た。
「ニンゲン……?」
「タダノだよ」
タダノの手が肩の傷へ触れる。
流れていた血が止まった。
裂けていた傷が塞がっていく。
次に、脚へ手を当てる。
鹿族の荒かった息が、少しずつ落ち着いた。
「立てそう?」
「分からない」
「無理しなくていいよ」
タダノは鹿族の首輪に触れた。
かちり。
鉄の輪が開く。
鹿族は、自分の喉へ手を当てた。
「外れた……」
タダノはもう隣の者の前へ移っている。
「次、外すね」
首輪が落ちる。
もう一つ。
さらに一つ。
タダノは手を止めない。
深い傷を見つければ、先に血を止める。
それから首輪を外し、次の者の前へ移る。
ガオンは檻の前に立っていた。
タダノの動きを見ている。
ニンゲンの形をしている。
だが、その視線は、囚われているガチケモたちに向けられたままだ。
兵士の声が近づいた。
「増援だ!」
ボルグが叫ぶ。
通路の向こうから、新しい足音が聞こえる。
ガオンが振り返った。
「ここは俺が止める」
「一人で止める気か」
ルナが尋ねる。
「首輪を外している間、あいつは戦えない」
ガオンはタダノを示した。
「なら、俺が前に立つ」
ルナはガオンを見た。
力だけで突っ込もうとしているのではない。
後ろに守る者がいるから、前へ出ようとしている。
「ボルグと並べ。通路から出るな」
「命令するな」
「なら、好きに守れ。ただし、深追いはするな」
ガオンは返事をしなかった。
それでも、ボルグの隣へ立った。
四人の兵士のうち、すでに二人が倒れている。
残る二人の後ろから、さらに六人が近づいていた。
ガオンが通路の中央へ出る。
兵士たちの足が止まった。
「ガオンだ」
「首輪がないぞ」
「近づけるな!」
槍が一斉に向けられる。
ガオンは最初の一本を腕で払った。
柄を掴み、兵士ごと前へ引く。
崩れた兵士をボルグが槍で倒す。
別の兵士がガオンの脇へ穂先を入れる。
血が流れた。
ガオンは下がらない。
槍を持つ腕を掴み、石壁へ叩きつける。
ルナは後方から全体を見ていた。
「ボルグ、右を押さえろ!」
ボルグが右側の兵士へ槍を向ける。
「左は私が行く!」
ルナが壁際を走る。
ガオンへ気を取られていた兵士の横へ入り、鎧の隙間へ爪を入れた。
狼族も続く。
狭い通路では、兵士の数が多くても一度に攻撃できない。
一人ずつ引き込み、倒していく。
やがて、残った二人の兵士が通路の奥へ逃げ出した。
ルナは追わせなかった。
今は、同胞の首輪を外す方が先だった。
その後ろで、首輪の落ちる音が続いた。
かちり。
かちり。
最後の一つが石床へ落ちる。
「全部、外れたよ」
タダノが言った。
十人の首から、隷属の首輪が消えていた。
立てる者は立ち上がる。
動けない者は、隣の者へ支えられている。
ルナは兵士たちが下がった隙に、全員を見回した。
「戦えない者は裏門から出す。動ける者は、その者たちを守れ」
「試合場へ戻る門は閉じられたっス」
チリが言った。
「あの門は試合場側から固定されてるっス。ここからじゃ開けられないっスよ」
「裏門は使えるか」
「今なら使えるっス」
ガオンが通路の先を見た。
「兵士は俺たちを追ってくる」
「裏門で迎え撃つ」
「弱った者を後ろに置いたままか」
ガオンは閉ざされた鉄門を見る。
「あの門を開けて試合場へ出れば、兵士と観客の目は俺たちへ向く。その間に、戦えない者を逃がせる」
ルナはすぐには答えなかった。
ガオンは闘技場の中を知っている。
何度も試合場へ出され、兵士がどう動くかを見てきた。
「門を開けられるのか」
「鍵はいらない」
ガオンが鉄門の前へ歩く。
ルナは役割を決めた。
自力で戦うことが難しい者は、犬族と鹿族を含めて五人いた。
「チリ。動けない者を裏門へ連れていけ。狼族を二人つける」
「分かったっス」
「残る者は試合場へ出る。追っ手を引きつける」
チリが、立てない鹿族へ肩を貸した。
二人の狼族が、弱った者たちを支える。
犬族も裏門へ向かおうとする。
ガオンが呼び止めた。
「お前も行け」
「俺は戦える」
「立っているだけで精一杯だろう」
犬族は反論しなかった。
鹿族の反対側へ回り、その身体を支える。
ガオンは鉄門を掴んだ。
太い鉄の棒を組み合わせた、闘士用の門。
外側から横木で固定されている。
ガオンが両腕へ力を込める。
金属が軋んだ。
石壁へ埋め込まれた金具が揺れる。
観客席から、混乱した声が聞こえていた。
ガオンは足を踏み込み、もう一度門を押す。
鉄の棒が曲がった。
壁の一部が崩れる。
固定していた金具が、石ごと外れた。
重い門が試合場側へ倒れる。
砂の上へ、鉄の音が響いた。
その向こうには、逃げ惑う観客と、武器を構える兵士たちがいる。
ガオンが倒れた門を踏み越えた。
ルナ。
ボルグ。
タダノ。
狼族たち。
そして、首輪を外された闘士たちが続く。
これまで一人ずつ戦わされていた者たちが、今度は首輪なしで試合場へ踏み出した。




