Ep.2 ⟬ スマホはもう使えないんだって ⟭
日常とは常識の上に佇んでいる。
——非常識が世界を侵食したら?
黄色いパーカーの少女・ミナセは急いでベランダの柱に巻いてあるロープを水面近くまで一気にぶら下げる。
「よいしょっと…」
ミナセは持ち物を念の為確認する。
・ロープ
・大きなリュックサック
・手袋
・長靴
・ククリナイフ
最低限の荷物が整っていることを確認した彼女は、今にも崩れ落ちそうなベランダの柵にその白い足をかける。
そしてロープを手で掴みながら壁を走るように下へと降りていく。
窓や欠けた壁のくぼみが足場となり、スムーズに移動することができるのだ。
「わっ」
途中、足をかけた窓のブロックが崩れ落ち、真っ青な水面にコンクリートの欠片が落下する。
「この間壊れちゃった階段みたい」
彼女が階段を使わない。使えない理由だ。
そして水面近くまで降りていくと、そこには大きく半壊した窓がある。彼女はそこに降り立ち周囲を確認する。
うっすらと今でも稼働し続けるネオンには『Floor 11』とかいてある。
「ちょっと前までは10階が水面だったんだけどな」
癖になった独り言が廃墟に虚しく響く。
ミナセは目的を思い出し、半壊した窓に近づく。手を下にかざせばもう水が届いてしまう。
そしてチラッと流れてくる"アレ"を発見する。
――溺死体。
彼女はその細い手を必死に伸ばし、死体を窓の方へ引き上げる。
腐敗臭と、少し海のようなツンとする匂い。
彼女は少しだけ頭を傾かせた後、死体のポケットを探り始めた。
そこから出てきたのはびしょびしょになった財布とスマホ1台のみ。
中身を確認すると4000円と小銭数枚。
身分証明書は2022年のものだ。
「数年もしないうちにこんなことになるなんて、想像もできなかったよね」
彼女は儚げに手を合わせたあと、財布とスマホをリュックサックに入れて、再びロープを握りしめ最上階へと向かう。
その途中、ふと手を止め都市を見下ろす。
夕焼けに染まったオレンジ色の水面。
商人たちはボートを縄で電子掲示板の支えの部分に引っ掛け、廃墟となったビルへと入り込んで行った。
インフラは崩壊しても、ミナセや彼らのように移動に制限はほとんど感じない。
「人との交流は減っちゃったけどね」
ミナセは最上階にたどり着いたあと、念の為に玄関の鍵と鉄格子が壊れていないか確認。
そしてろ過した熱湯を消費期限が3年切れたカップラーメンに注ぐ。
その間に戦利品であるスマホの電源を入れようと試みるも――。
「やっぱつかないな。…ま、ついたとこでネットなんてもうないんだけど」
呆れたように彼女は穴の空いた壁からそのスマホを放り投げる。
狂い始めた時計が時間を知らせる。
「いつまでこんな生活ができるかな」
カップラーメンを開けると湯気が彼女の瞳を麗す。
「……でも、このまま終わりを見届けるのも悪くないかも」
――その直後。
二重体制のドアが勢いよく叩かれた。




