493.ルヴィアちゃんと楽しい家庭的チョコ作り
チョコレート作りも後半戦、ここからは想像しやすい人も多いんじゃないかな。
「続いて調温、テンパリングですね」
「急に身近になるよねぇ」
「ここからはご家庭でもやるやつだからね」
〈あっ聞いたことある〉
〈アレかぁ〉
〈大変なやつ〉
都はけっこうな回数やったことがあるだろう。ここまでくると一般的な手作りチョコ、つまり市販品を溶かして固める場合にも行うから。
実際、手作りチョコで腕が出るとしたらまずここだろう。そのくらい難しく、特徴的な工程である。
「それで、実際何をするの?」
「チョコを溶かしながら細かく温度調整をするの。上げて、下げて、また上げる」
「……どうしてそんなことするの?」
「口溶けがよくなるんだよ。カカオバターが一度溶けたあと、これをやるとうまくまとまってくれるの」
チョコレートはというのは実のところ、油分をベースに乳成分や砂糖などが粉末として散らばっている構造をしている。熱すると溶けるのはこの油分が溶けるからなんだけど、この油分というのが厄介で。うまく扱ってやらないと、結晶が望ましくない状態になって味や風味が悪くなるのだ。
具体的には表面が白っぽくなったり、ざらついたり、歯切れが悪くなったりする。なんでも固まり方によって溶ける温度が変わってしまって、ちょうどよく口の中で溶けてくれないのだとか。
この油分……つまりココアバターをうまく固めるために、一定の温度でゆっくり結晶化させる必要がある。それがテンパリングだ。
「これ、ちょっと食べてみて」
「ん……あれ、ねとねとするの……」
「そう。これがテンパリングをしていない状態。だからこれを一度溶かしてから、正しい手順で冷やしていく」
〈なるほど〉
〈理解した〉
〈そういうことだったのか〉
〈解説ありがとうお嬢〉
〈へぇー〉
〈明らかにさっきよりコメ多くて草〉
〈知らなかった人多かったんだなぁ〉
アイリウスと一緒に味見して、状態を確認。……味は問題ないけど、やはりざらついている。これは精錬をした直後のものだから、ここから調整していく。
まずはチョコレート全体をしっかり溶かす。今回はミルクチョコだから目安は45度だけど、ここは多少はブレがあってもいい。目的はココアバターを全て溶かすことだから。
今回はミニゲームとして、これも専用の調理台がある。……これまでと比べればなんでもない普通の形で、湯煎ボウルを温める魔導コンロがついて、さらに自動でかき混ぜてくれる調理器だ。難しくなりすぎないように、かなりプレイヤーの負担は減らしてくれている。
「チョコが溶け切ったら、27度まで冷やします。空気が入らないように混ぜ続ける必要があるけど……そこはやってくれるから安心」
「この量を手動でやれって言われてたら心折れてたよね」
「本当なの。さすがにそれじゃ誰でもはできないの」
〈27度〉
〈さすがに混ぜてはくれるか〉
〈量がね……〉
〈テンパリングだけで日が暮れるところだった〉
操作盤にはこの工程での目標温度と、現在の温度を示す5度刻みの線グラフがリアルタイムで表示されている。それを見ながら、ツマミとボタンを操作して温度を保つゲームだ。
ボタンは押している間だけ温度が上がり続けて、離せば下がる。ツマミはその上昇速度を一定範囲内で操作できるものだ。工程の合間ではツマミを上げて、調整中は下げてと動かしながら、ボタンを押し続けたり離したりして線グラフをなるべく所定の位置に保ち続ければいい。
やることは単純なんだけど、なかなか骨のあるミニゲームだ。目盛りが5度刻みなのに許される誤差は1度ほどで、しかも操作に休みがない。ツマミを上下させる、ボタンを押して離す。それだけではあるんだけど、温度を保ち続けてはくれないから微調整を続けなければならない。
「表示が切り替わったら、今度は30度。温度を上げてもう一度これを行います」
「なんで二回やるの?」
「低い方を経由しないとココアバターが綺麗に固まってくれないんだって」
〈手間がかかるタイプのミニゲームだ〉
〈まあ30ならさっきより楽か〉
〈段階式なんだなぁ〉
〈細かいけどどういう〉
〈にゃるほん〉
なんでも、こうして作りたいココアバターの結晶はそのままではできず、一度こうして少しだけ低い温度で結晶構造を作らなければならないとのこと。だから27度を挟んで、こっちの30度が本命だ。……温度については今回のミルクチョコの場合で、種類によって少し変わるらしい。
幸いにして30度はぴったり目盛りがある。さっきの目安のない27度よりは楽だった。あとはこのまま一定時間保てば、テンパリングの工程は完了だ。
一応この状態で液体のままインベントリに入れることもできるようだけど、今回はこのまま最後の工程に入る。
「さて、『成形』をしていきましょう」
「いよいよ完成するの!」
「一般にチョコ作りといったら、まあ普通はこの工程だよねっ」
〈おっついに〉
〈やっぱこれよ〉
〈お嬢の女子力が見えるぞ〉
〈さてさて〉
成形、つまりこの状態のチョコを完成品に仕上げて冷やし固める。家庭でやるのはもっぱらこれが目的で、テンパリングはその際に質を落とさないための下準備のようなものだ。
やたらと期待されているけど、私は自分が女子力に満ちているとは思ってもいない。皆無とまではいかないと信じたいけど。だからここまでの期待に応えられる気はしないんだけど……。
「まずは普通に、型に流し込んで。順当で、簡単なものですね」
「まあこれはあくまで基本で、普通そのものだから……まあ、ライトな関係向きといいますか」
都はかなりぼかしたけど、これは量産可能で義理チョコに向く。用意されている型を使って流し込んで固めるだけだから。……まあ、その。これは例として実演してみせただけだ。後で自分で食べる。
実はバレンタインチョコ、この成形のタイミングで決まる要素がふたつある。ひとつは渡す相手が双界人だった場合の好みとの合致度、もうひとつが料理アイテムとして使ったときの効果だ。成形はそれを決める選択肢、アドベンチャーゲーム的なものといえる。
「たとえば、この魚の型」
「あったあった! すっごくわかりやすくて助かったよ」
「これみよがしに置いてあることからも明らかに、紗那さんのお誘いでしょうね」
〈あっ〉
〈こりゃ明白だ〉
〈わかりやすすぎて草〉
〈隠す気ゼロだ〉
〈これは作ってあげるしかないな!〉
かわいいよね。型が並んだトレイの真ん中、わかりやすく鎮座ましましている。これを無視できるプレイヤーがどれだけいるものか。
私としてはもともと贈るつもりだったから、こういうことなら話は早い。ありがたく使わせてもらおう。
もちろん、こうした型成形ばかりではない。チョコレートの可能性は広いものだ。
「デコレーションだったり、ジャムやキャラメルを挟んだりもできますし……今回はこちら」
「アーモンドなの!」
「外から合いそうな素材を追加したり、こういうのももちろんありです」
素材の持ち込みも可能だ。挟むもよし、混ぜ込むもよし。その気になればストロベリーチョコなんてものも作れなくはないだろう。チョコレートは油分だから、水分を入れすぎて分離しないように要注意。
ナッツもいいし、チョコクランチもあり。これを見越してチョコレートと相性のよさそうな食材アイテムはそれなりに持ち込んでいるから、いろいろやっていこう。
「というわけでご用意しました、プレッツェル」
「あっ、もう誰に渡すのかわかった」
「バウムクーヘンもあるから一緒にやろっと」
〈わぁお〉
〈露骨すぎますよお嬢〉
〈好きすぎだろォ!!〉
〈これはさすがに「こんなこともあろうかと」じゃ済まんぞ〉
〈てぇてぇ〉
プレッツェルはドイツの伝統的な焼き菓子パンだ。ドイツとフランスを半々ほどの感覚でモチーフとしている《セイクリッド・サーガ》作中で、アメリアが食べるシーンがある。
バウムクーヘンも合わせて、今回のために事前に用意しておいた。そして私の目の前には今、液体のチョコレートが存在している。
つまり、こうだ。
「うわぁ! 絶対美味しいじゃんそれは!」
「こういうのもアリだと思ってね」
「私も後で買って……いやダメだ売り切れる! 行ってきます!!」
ディップ。というよりは、ダイブだ。プレッツェルは片面を浸して、バウムクーヘンは全体を潜らせる。今ならいくらでもチョコレートコーティングという魔法を使えるのだから、これを逃す手はないと思って。
都は粉砕を終えたところだった自分の分を放り出して慌てて飛び出して行ったけど、私は作業を続けていく。まあ、都が使っている装置を見ていてはあげよう。友達のよしみだ。
もちろんドーナツも用意してあるし、イチゴやバナナ、マシュマロもある。十中八九チョコレートを贈るイベントになるだろうと紗那さんの反応でわかっていたから、九津堂のことだからバレンタインには自由度があると踏んで、昨日までに思いつくものは確保済だった。
漬けて纏わせて、トレイに並べては片っ端から冷やしていく。バレンタインだからといって、チョコレートが絶対に単独主演でないといけないなんてことはないのだ。
「あとは、こういうのも」
「見たことあるの! チョコチップなの!」
「それからこっちも作っておこうかな」
「チョコ生地なの! 美味しいのはわかってるの!」
〈うわできること全部やる気だ!〉
〈お嬢の舌に発想の機会を与えたら……〉
〈なんかアイテムとして成立してね?〉
〈おい想定済だぞこれ〉
〈お嬢なんで料理スキル取ってないんだろ……〉
料理まで手をつける暇はさすがにないのと、リアルであまりに料理経験がないのと……私が作ったりしたら、何人か暴走しかねないからね。無用な修羅場は作るものではない。
ついで程度に小さく固めてチョコチップを作ってみて、小麦粉生地に練り込んだりもしてみた。どちらも料理素材としてアイテムになったから、これはコシネさんあたりにでも渡すことにしよう。
……そこで修羅場になる? まあほら、私が観測していない以上、それは存在していないのと同じだから。




