494.お嬢のガチお叱りは割と効く
というわけで、これで無事にチョコレートは完成。ここからは配りに行くパートで、一気に作ったもので累計報酬も回収する。
まずは昼王城で作ることになった理由である紗那さんに、都と一緒に手渡しに行く……ところだったんだけど。
「え、何やらかしたの璃々さん!?」
〈紗那様お待ちかね〉
〈!?〉
〈璃々さん……?〉
〈何起き?〉
〈おしおき中っすか〉
さっき引っ込んでいっていた奥へ向かうと、そこには璃々さんもいた。……縁側に腰掛けた紗那さんと並んで、一人綺麗な正座を保っている。表情からして辛そうだ、少なくとも数十分はこのままなのだろう。
私は事前情報もあってそれで理解したんだけど、都は混乱。状況からして璃々さんが何かしらやらかしたことまでは理解したようで、わかりやすく目を瞬かせてみせた。
「紗那さん、チョコできたよ」
「わぁ、ありがとうございます!」
「え、放置? この状況を!?」
〈え〉
〈あの、お嬢〉
〈無反応!?〉
〈今チョコ渡す場面だった!?〉
〈璃々さん涙目〉
〈いくらなんでもスルースキルが高すぎるだろ〉
まずは紗那さんにチョコを渡す。用意してあった型をそのまま使った、大判の魚型チョコだ。意外性なんかはどこかに吹き飛んでしまっているけど、求められているものを渡すのもまた大事なことだった。
璃々さんのことはスルー。……さすがに突っ込まれるよね、仕方ない。だけどこれはやむを得ないんだ。
「悪いけど、璃々さんの分はないからね」
「はぃ……」
「え、え? ルヴィアちゃんらしくない」
「今回は私がお願いしたんです。この子には渡さないで、って」
「まあ、簡単に言えばお仕置きだよ」
〈!?!?〉
〈お嬢……!?〉
〈なんて恐ろしいことを〉
〈お嬢を怒らせたのか……?〉
〈なんて無謀な〉
〈ああ紗那様か〉
〈お嬢を使ったお仕置き〉
〈まあ効きそう〉
今回、璃々さんがここにいると知っていながら魚型チョコは二枚しか用意していない。もう一枚は夜霧さん向けだ。心苦しくはあるけど。
彼女は母親である紗那さんに叱られている。そしてその罪状はというと、私としても無罪放免とはできないものだった。だからこそ、ちょうど今このタイミングでは、親に似て好奇心旺盛な璃々さんには辛いであろう罰が科される。
「あまり絵巻物のような物語に囚われすぎるなと、以前から何度も言っていたんですっ。ましてや誰かにご迷惑をおかけしたりは、絶対にするなって。それをこの子は、悪びれもせず……!」
「ええと……?」
「ARでね、クレハと女友達のお出掛けを覗いて、だいぶ羽目を外したみたいで。紗那さんは以前から釘を刺してて、都のときの様子の時点でいい顔をしてなかったみたいなんだけど……地球界でやった上に開き直っちゃって、さすがにおかんむりで」
「あー…………」
〈少女漫画脳か……〉
〈悪癖暴走と〉
〈初めてじゃないしな……〉
〈そりゃ娘にアレ何度もやられたらね〉
〈開き直っちゃったかぁ〉
詳細は割愛する……というか、ちょっと複雑だから私から簡潔に説明することはできないんだけど、クレハには友人と呼ぶには親密な同性の存在がいる。私たちとは別に地元にも幼馴染がいるんだけど、その中にかなり特別な感情を抱いている子がいるとかで。
そんな子と先日お出掛け……まあ言ってしまえばデートをしていたところに、璃々さんが見に来ていたらしい。実際には数人が居合わせたそうだけど、そこで羽目を外しすぎた言動をしてしまった。
……実はこの件、クレハから頼まれて紗那さんに話を伝えたのは私だった。予想がついていたのはそのためだ。
大事には至らなかったけど、以前から紗那さんも指摘していた悪癖であり、人に勝手に四角関係の相関図を引いた上に……やんわり止められたときに言い放ってしまったのが、『ですが! このような素晴らしいものを見せられてら喜ばないのも良くないでしょう!』。さすがに今回ばかりは母親を怒らせてしまって、こうして正座を崩せずにいるわけだ。
そしてその懲罰として選ばれたのが、私のバレンタインチョコだった。紗那さんから直接、璃々さんの分は渡さないでほしいと連絡があったのだ。私はよその家庭事情にいたずらに顔を突っ込む気はないし、話を聞いても確かによくないと感じたから応じることにした。
「璃々さん」
「ひゃ、ひゃい」
「私はあなたの趣味そのものは否定しませんよ。ただ、場面は選びましょう」
〈ひぇ〉
〈今寒気が〉
〈ヒュンってなった〉
〈お嬢のガチトーン怖いんよ〉
〈怒らないけど叱りはするタイプだよねお嬢って〉
聞いただけの話ではあるけどね、ちょっとこれは私もよろしくないなと感じてしまう一件だった。ARによる現実世界だから予期せぬ余波が起こりかねないこともそうだし……現場で釘を刺されたときに「ですが」から入ったところも。
これは少しばかり真面目な話だ。私も多少なりとも真剣な声色になる。それで璃々さんの背筋が伸びるなら、今回はそれでいいだろう。
「ご存知だとは思いますが、地球界には幻双界のこと自体をそもそも知らない人がたくさんいます。そして、あなたの楽しみ方は決して一般的なものではありません。誰もがそうした場面を見て楽しむわけでもありませんし、そういう見方をされて嫌だと感じる人もいます」
「まあ……そうだね。そういう見せ方をそもそもしている私たちみたいなのか、仲がよくて許容してくれてる人に、騒いでも周りに迷惑がかからない場面でじゃないと。人の関係性や色恋を横から楽しむなら、根本的に許可制っていうか」
「そこにいるのは恋愛物語の登場人物ではなく、生きた人です。難色を示されたら素直に止めましょう。許してもらえた場合以外は、相関図を作って楽しむのは一人のときだけにしておきましょう。馬に蹴られたくはないでしょう?」
「……はい」
〈ちゃんとお説教だ〉
〈まあそらそうよな〉
〈普通は見世物じゃないよそういうの〉
〈適当にしちゃいけない話だ〉
〈これお嬢けっこう本気で心配してるな〉
以前は私も流したけど……正直なところ、彼女の趣味は決して褒められたものではない。露悪的な言い方をしてしまえば、他者の人間関係を食い物にして楽しんでいるとすらいえる。
舞踊を教わったときは配信者とVtuberという立場もあってもともと見世物だったから何も言わなかったけど……プライベートなお出掛けを覗いてヒートアップしたというのなら、私も苦言を呈するくらいはしなければならない。素直なところをいうと、あのとき止めておかなかったことを少し後悔した。
やるなとは言わない。だけど、やはり場面は選ぶべきだ。今回は第三者が巻き込まれたりしなかった上に当事者たちが優しかったから事が荒立たずに済んだだけで、次がどうかはわからないし。
幸い、さすがに堪えた様子だった。まっすぐこちらを見て真剣な表情で頷いているし、なんとなく私が怯えられているような気もしなくはないけど、まあいいか。
私は紗那さんに渡すところだったチョコに、小さな魚型のものを一枚追加で忍ばせた。……とはいえ、これは紗那さんの判断だ。成り行きで参加してしまっただけで、おおもとはよその家の教育だから。
「さて。私は行かなきゃいけないところが多いので、このあたりで。紗那さん、このまま楽しんで」
「はい! ありがとうございました!」
…………実際はね、覗いたのは決して璃々さんだけではなかったみたいなんだけど。それこそ私は友人のオフショットと複雑な人間関係をわざわざ吹聴する気はないから、そのあたりは伏せておこう。
それと、さっきコメントで怒らないと言われたけど、別に私は怒ることがないわけではない。確かに人よりは怒れないほうだけど……普段その必要がないほど周りに恵まれているのと、いろいろな意味で立場がある分、私の怒りは高くつくのだ。
「ルヴィアちゃんが本気で怒ったところは……私も見たことないかも」
「周りが代わりに怒ってくれるからね。おかげでプレミア価格がついてるよ」
「億単位は堅いね……いくらつくんだろ」
「ルヴィアは何をされたら怒るのか、わたしにも見当つかないの」
〈みゃーこでもないのか〉
〈まあお嬢だし……〉
〈高校では猫被ってたならなおさらか〉
〈誹謗中傷されてもアンチ配信されてもクソ番組に舐め腐られても怒らなかった女〉
〈こう見るといつも周囲が怒ってくれてるな〉
〈ときどき無感情にド辛辣かますくらいか〉
〈今回は叱ったって感じだったしな〉
〈なんなら諭されてた〉
〈100万ドルの怒り〉
〈桁二つくらい足りなさそう〉
〈アイリウスちゃんでも無理かぁ〉
いろいろ理由はある。生い立ちから「生きているだけで幸運」と染み付いているのもあるし、私のために怒ってくれる素晴らしい人々に囲まれているおかげでもあるだろう。不必要に安売りしないよう九鬼の教育が身についている気もするし、根本的に気が長いのかもしれない。
少なくとも、こうして怒らずに済んでいるのは幸せなことだと思う。それは忘れないようにしたい。
……思い出した。ここ数年で一番怒りに近付いたの、たぶんザダクロで無理に引き留められたときだ。
あのときはアナスタシアさんに助けられて、自分では怒らずに済んでいた。やっぱり恵まれているね。




