舞台裏の悲鳴
がりがりがりがりがりがり
「最近、メイド達の間でお屋敷で幽霊が出るなんて噂が流れておりまして」
がりがりがりがりがりがり
「なんでも誰もいない部屋から、この世のものとも思えぬ女の呻き声がするらしいですよ。幽霊なんて怖いですねえ、そう思いませんか?」
がりがりがりがりがりがり
「しかしまあ、どこかから音が反響でもしているんですかね。防音設備は整っておりますし、入口も呪いをしてから閉じておりますので、声が届くはずないのですが」
がりがりがりがりがりがりがりがり
「どう思います?マリアンヌお嬢様」
「………………………て………」
がりがりがりがりがりがりがりがりがりがり
「爪が剥がれておりますよ、おいたわしい」
「…こ…こ……から……だ……し……」
がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり
薄暗い地下牢で鉄格子を挟んで、女が二人向かい合っている。牢の中の女は元の色が暗がりでは判別できなくなるほど薄汚れた長い髪を振り乱し、助けを求めるように鉄格子を爪で引っ掻く。もちろん鉄格子はビクともしない。向かい側のメイド服を着た女はランプを片手に、止めるでも助けるでもなくそれを立ったまま眺めている。
「そんなに急いで出ようとしないでも、『マリアンヌ』はあちらにきちんと居りますよ」
「あれはわたくしではないわッ!!!!!」
劈くような叫び声に似た声にも微動だにせず、メイド服を着た女は、半分蹲ったような姿勢の牢の中の女を通り越し、牢の奥へと視線を向ける。
牢の奥には鏡が飾られている。薄暗い地下牢の中で鏡は明かりを反射するでもなく、ここではない別の場所の景色をうつすばかりだ。
鏡には美しい銀髪の少女と精悍な顔立ちの男性が、楽しそうに踊る姿が映っている。まるで御伽噺から飛び出たかのような美しい光景に、メイド服を着た女はくすりと笑う。
「ご覧下さいな。彼女は『マリアンヌ』として立派に生きてらっしゃる。大国の王子を射止めて玉の輿です。いったい何がご不満です?」
「黙りなさいッ!!!わたくし、わたくしがマリアンヌよ!!!わたくしが愛するのはエド王子ただ一人!!!アレは偽物よ!!!!」
「それがどうかしましたか?」
メイド服を着た女は不思議そうに首を傾げ、言葉を続ける。
「本物か、偽物かなんて、どうでもいいじゃありませんか。周りの人々はみな、彼女をマリアンヌと呼ぶのですから」
「……………………ッ!!!!」
ガシャンガシャンと鉄格子が揺らされる。生粋のお嬢様がよくもまだここまで体力が残ってるものだと、メイド服を着た女はその姿に心から感動した。いくら水や食料を与えているとはいえ、饐えた臭いのする薄暗い地下牢に監禁されてる割になかなか頑丈だ。プライドで飯は食えないと言うけど、このお嬢様に関してはプライドで持ち堪えてる感はあるな。お嬢様って凄い。
暴れる女をぼんやりと眺めている間に、鏡の向こうの景色はダンスフロアからバルコニーへ移る。バルコニーでひっそりと男女は身を寄せあい、お互いの瞳を見つめ合う。
『…ねえ、ナウファル。もし、もしも私が、』
あーあ、その言葉は
『私が、本物のマリアンヌじゃなかったら、どうする?』
『どういう意味だ?』
『私、マリアンヌとしての記憶が全くないの。楓っていう一人の、平凡な女の子として生きてきて、気づいたらここに居て、だから、だから私、自分のことをマリアンヌだって実感がなくて』
『…何を言うかと思えば。馬鹿だなお前は』
『え?』
『俺が愛したのは、ただ一人だ。お前以外のマリアンヌなんて知るか。お前が呼ばれたいならカエデでもマリアンヌでも好きな名前で呼んでやる。新しい名前をつけたっていい。お前がどこの誰だろうと、俺はお前を愛してる』
『ナウファル…!!!』
「 」
声にならない悲鳴を、女はあげた。
目が覚めたら全てを自分そっくりの見知らぬ女に奪われ、その奪われた『マリアンヌ』でさえ蔑ろにされるのであれば、『マリアンヌ』とはいったい何のために産まれてきたのだろう。
成り代わられた女の悲鳴など知る由もなく、鏡の向こうで美しくヒロインは微笑んでいる。ハッピーエンドまであと少し。彼女はどんな結末を望むのだろうか。




