目覚め
目を覚ますと、全く知らない場所にいた。
どうやら私は豪奢な洋風のベッドに横たわっているらしい。手をつきながら恐る恐る身体を起こそうとすると、私のすぐ左側のベッド脇にもたれ掛かっていた、見知らぬ女性も目を覚ます。
「………お、嬢様?」
「え」
「ああ、ようやく目を覚まされたのですね!!すぐに医師をお呼びします!!」
メイド服を着た黒髪の女性は涙の跡が残る顔でくしゃりと笑みをこぼすと、そのまま呼び止める暇もなく勢いよく部屋の外へと飛び出していく。
そして十分もしない間に老齢の男性を引き摺りながら、その女性は弾丸のように部屋に舞い戻ってきた。
「ようやく目を覚まされましたか。マリアンヌお嬢様。お加減はいかがですかな?」
「………え、あ」
「…?」
「………………マリ、アンヌ?」
それは一体誰の名前だろう?私の名前は本城楓だ。マリアンヌなんて名前に聞き覚えはないし、この場所にも、この人達にも全く見覚えはない。夢にしては、妙にリアルな夢だなあ。
不思議そうな私の表情に、老齢の男性と黒髪の女性は顔色を変え、あれこれと質問をしたり診察をしたりを繰り返す。そして老齢の男性が急いで部屋から出ていくと、黒髪の女性は泣き崩れながら膝をついた。
「そんな…お嬢様が記憶喪失だなんて…!それほどまでにお辛い思いを……!!」
「…え、あ、あの…」
何かの間違い、人違いなのでは。そんな言葉が脳裏を過ぎるけれど、さめざめと泣く様子に喉元から言葉が出てこない。右往左往しながらひとまずベッドから降りようとすると、さらりと髪の毛が顔にかかって気づく。
ぎんいろ?
弾かれたように部屋に設置された姿見の前まで走りよる。そこには、天使がいた。
絹糸のような銀色の長い髪はふわりとたなびき、肌は儚く消えてしまいそうな程に透明感のある輝きを放つ。アメジストのように魅力的な紫紺の瞳がぱちぱちと瞬きする様で、ようやくその姿を自分の姿だと認識した。
「これが……わたし?」
姿見に映る姿は見とれるぐらいに美しい。けれどそのまま見とれている訳にはいかない。状況は以前としてわからないままだ。一体なにがどうなっているの?呆然と姿見の前でへたりこんでいると、勢いよく扉の開く音がした。
「お姉様!!!」
「え」
おねえさま。おねえちゃん。
いもうと。かわいい、いもうと。
あいされる、いもうと。
あいされない、わたし。
「お姉様、記憶喪失だなんて嘘ですよね?わたくしの事もお忘れになってしまったのですか!?」
こわい
「………………ゃ」
いや
「…?お姉様?」
やめて
「……………………ぃや」
もうわたしからなにもうばわないで!
「お姉様、どうなさ「いやぁ!!近づかないで!!」
部屋に飛び込んできた可憐な金髪の少女から後ずさる。妹。かわいい妹。私から何もかも奪うもの。
壁の隅まで後ずさり震えていると、いつの間にか黒髪の女性が少女を追い出してくれたようだ。
黒髪の女性は私にゆっくりと近づくと、側に膝をついて小さな声で話し出す。
「……お嬢様」
「………」
「…私はリズと申します。お嬢様だけの、忠実なメイドですわ」
「リズ…?」
「はい」
「…わたし、なにが…なんだか…」
わからない。わからない。わからない。
どうして自分がこんなにも美しい姿になっているのか。どうしてこんな場所にいるのか。あの少女はなんなのか。
混乱する私にリズは1冊の冊子を差し出す。
「これを」
「……これ、は?」
「お嬢様の日記にございます」
「わたしの…」
私の?いいや、『マリアンヌお嬢様』の日記。ここにもしかしたら現状のヒントが隠されているかも。
恐る恐るページをめくり出して、そして私は知ってしまった。マリアンヌの人生と、そこに起きた悲劇を。死を選んでしまったマリアンヌの意識は私のなかにはどこにも見当らない。
私はマリアンヌに乗り移ってしまったのだろうか。
それとも、私はもう死んでいて、マリアンヌの死をきっかけに前世の記憶として私の意識が蘇ってしまったのだろうか。
返答はない。
ただ、肩に添えられたリズの掌の低い体温が、これは夢ではないのだと告げていた。




