舞台裏の暗躍
とある王国にはひときわ有名な姉妹がおりました。
姉は美しい見た目と裏腹に悪魔のような性格で、
男を惑わし、女を蹴落とし、わがまま放題。
妹は可憐な見た目のままに天使のような性格で、
貧しい者に手を差し伸べ、万人の幸福を願う。
二人の評判とともに姉妹仲の悪さも有名で、
姉が一方的に妹を虐げているともっぱらの噂。
ああ、なんて可哀想な妹君よ!
だれか救いの手を差し伸べるものはいないのか!
公爵令嬢という身分の前には、
下々の懇願は意味をなさない。
あわや悪魔に天使は喰らい殺されてしまうのでは、
そんな恐怖が人々の頭に過ぎったが、
神は天使を見捨てなかった!!!
姉の婚約者である王子が日頃の悪評をうとみ、
婚約を解消し代わりに妹君と婚約を。
あわれ王子に疎まれた者として姉は地位を失い、
妹は次期王妃として輝かしいばかりの
未来を手にする事が出来たのだ!
ルーフィリア王国の天使に幸あれ!
宿屋で歓声とともにグラスが交わされる頃、話題の令嬢…悪魔にまで例えられた姉、マリアンヌは深い眠りについていた。
連日の騒動のせいか表情は険しく、安らかな眠りとは言い難いようだ。広い寝室は暗く、物音ひとつしない。
静かに時計の針が進んでいくなか、ギシリ、と僅かに軋む音がして、何の前触れもなく寝室の扉が開いた。真夜中に公爵令嬢の自室に侵入する者など、恋心を拗らせたタチの悪い男か、それとも暗殺者かなにかだろうか。影は無言でベッドに近づいていく。
足音はせず、微かな衣擦れの音が響くばかりだ。大きな麻袋のようなものを抱えた影は、肩に抱えていた袋を静かに床に置くと、胸元からするりと布を取り出した。
そしてそれをそのまま、目を覚まさぬ令嬢の顔にあてがう。令嬢からの抵抗はない。一定時間布を押し付けた後に、布を取り外す。令嬢の口元に耳を寄せて呼吸音を確認すると、影は本格的な作業を開始した。
ベッドに寝ていた令嬢を床に引きずり落とし、麻袋から『マリアンヌそっくりの人間』を取り出し、ベッドに横たえる。横たえられた女はご丁寧にも、着ている寝巻きまでマリアンヌそっくりのようだ。衣類やベッドをあえて乱雑に乱し、懐から取り出した高価そうな日記を引き出しに入れ、飾っていた花瓶を叩き割ると、部屋を見回して影は立ち止まる。
外からの物音はしない。床の令嬢やベッドに転がった女が動く気配もない。妨害が入らない事を確認して、影はすぐに動き始めた。
影は床に転がった邪魔な令嬢を麻袋に詰め直すと、花瓶のすぐ近くの位置まで『マリアンヌそっくりの人間』を抱えながら移動させ、部屋全体の位置関係を確認する。
そして拾った花瓶の破片を抱えた女の右手に重ねて持たせると、迷わず無抵抗の女自身の左手首を切り裂かせた。
血がぽたり、ぽたりと滴り落ちる。
影が抱えていた身体を離すと女は人形のようにごしゃりと床に転がった。加減ができなかったせいで深く切り裂いてしまったのか、出血はなかなかだ。頭も少し打っただろうか。まあ、手首を切り裂いても人間はめったに死ねないし、ましてや特別製の肉体なら後遺症も残るまい。
部屋全体を見回してやり残しがない事を確認すると、影はまた麻袋を担ぎ直して部屋を後にする。
下拵えは完了だ。いつもの仕事を始めよう。




