5―2 源の話
それは源が「神様の忘れ物」にくる3ヶ月ほど前の話だった。源は日本海に住んでおり、近海はもとより遠海でも源の名大工振り有名で「大工といえば源」と周りから言われるほどだった。源には家族が3人いた。妻の飛鳥、長女のカンナ、次女のキリ、そして源の4人はとても仲が良くいつも一緒にいたが、時より遠海から源のうわさを聞きつけて建築の依頼がくると、源は家を空け一人で遠海にでかけることもあった。ちょうどそんな時の話だった。
その日の源が東の遠海から仕事を終え帰宅しようと街の入り口まで帰ってくると、隣の家の三郎がやってきた。
「兄貴~、源のあにき!やっと帰ってきやしたか、大変なんですよ!」
普段からお騒がせ者の三郎が息をきらせて源に言った。
「よう、サブひさしぶり。どうした?また嫁さんとけんかでもしたのか?」
と源は毎度のように慌てずに挨拶を返した。
「そうなんですよ、大変なんです。またあいつに黙って酒飲んでるのがばれちまって…。ってそうじゃないんですよ、今日は本当に大変なんですよ。源の兄貴!兄貴の嫁さんが産気づいてるんだよ。一応、村長がとなり町から医者を呼んでくれたけど…」
三郎の話を途中まで聞くと源は大事な仕事道具をその場に残したまま飛んで家まで向かった。「飛鳥が産気づいている?」源は頭の中で繰り返した。飛鳥は去年、次女の出産の時に難産に苦しみ、医者からは「もう子供を作ることが出来ない体だ」とはっきり宣言されていた。その飛鳥が出産すると言うので源は飛鳥の体の心配と諦めていた子供、出来れば男の子への期待と喜びで一体どんな顔をすればいいのか分からずとりあえずしかめっ面で家へ急いだ。家に着くと近所の住人が集まっており源を見つけると
「源さん、こっちよ!はやく!」
「なにやってんだい、お前はこの一大事に!」
と騒がしく源を招き寄せている。源が皆をかき分けて玄関に入るとちょうど中から隣町の医者の空海が部屋から出てきて
「最善は尽くした」
と言った。それを聞き、慌てて源は部屋に飛びこんだ
「飛鳥~!」
中には5,6人の近所の女供が出産の手伝いのためいて、その中心に飛鳥がきれいな白い珠を枕元に置き、ぐったりしながらも源に向かいピースサインを出していた。
「でかしたぞ~」
源は叫びながら天井の岩に頭をぶつけるまで上に向かって泳ぎ、それから飛鳥の元までいきキスをした。
「やるわね~源さん」
部屋の中にいた近所の女供は声をあげたが、今の源はそんなことはお構いなし、今度は卵を手に取り
「男か?男」
とすかして見出した。もちろんすかして性別が分かるわけもないのだが予想外の子供に源は有頂天になり浮かれているのだろう。すぐに飛鳥に
「あなた!やめてよ!」
と怒られてしまい、源は卵を飛鳥の枕元へ戻した。そして急に思い出したように
「おっといけねぇ、先生にお礼を言うのを忘れた!」
と言い玄関に向かい走っていった。その後ろ姿を見ての女供の
「おやおや、忙しい父さんだね~」
との言葉にまたまた部屋は笑いに包まれた。新しい生命の誕生は周りに明るい気分をもたらすものである。源は医師の空海に玄関で追いつき、頭から体当たりをしながら感謝の言葉を言った。
「さすが先生!腕がいいね~この大統領!!」
少々はしゃぎすぎの源に対し、医者の空海は真顔のまま振り返り
「おめでとう!源。しかし…こんな時になんだがな、源。飛鳥さんの体はもう限界だ。今日の出産も本来なら1つではなくあと2,3個は卵が生まれていたかもしれんが飛鳥さんの体では1個が限界だった。それに今度こそ本当に子供の生めぬ体となってしまった。すまぬ」
と頭を下げた。それを聞き源はブンブンと首を横にふり空海の肩をバンバン叩きながら
「なにを、なにを言ってやがるんでぇ!先生は空海のじっさんはなにもわるくね、それどころかじっさんは大好きな飛鳥を救ってくれて、そして子供まで連れて着てくれたじゃないか、本当に先生ありがとう」
源は深々と頭を下げた。
「子供を大事にな」
そう言うと空海は外へでていった。空海が出て行くのと調度入れ替わりにキリとカンナの二人が競うように飛びこんできた。
「おとうちゃん、おかえりー」
「おかえりなさい、おとうさん」
お転婆娘の次女のカンナが先に源に抱きついた。長女のキリも少し遅れて源に抱きつき
「もうお母さんのとこに行ってもいい?隣の弥生おばさんがお母さん今大変だから一人にしてあげてって言ったの」
キリは言いつけるように源に言った。源は二人の視線までしゃがみ、笑顔で
「よしよし、寂しかったな、もちろん母ちゃんのとこにいっていいぞ!それにな、もう一人お前達に会わせたい人が待ってるんだぞ、それ二人ともとうちゃんについてこい!」
と言い、再び飛鳥の待つ部屋へ入って行った。
三人が入ると部屋はまた一層明るい雰囲気に包まれた。キリとカンナは先ほど源にしたように飛鳥に飛びついた。それからキリが枕元の卵に気付き
「あ、赤ちゃんだ!」
と叫んだ。カンナはまだ卵を見たことがなく、部屋をキョロキョロ見まわし、不思議そうに
「どこに赤ちゃんいるの?」
と聞いた。その様子を見ていた飛鳥がカンナの頭をやさしくなでながら
「ほら、カンナの目の前にある白い珠、あれが赤ちゃんよ。カンナもキリもみんな始めはあんな卵なのよ。赤ちゃんをよろしくね、カンナお姉ちゃん」
と言った。それを聞きカンナは卵の目の前まで行き、
「ねえ、卵さわってもいい?」
と聞いた。それを聞き源が
「駄目だ!赤ちゃんはな、今ねんねしてるからな。それに透かしたって中は見えないんだぞ!」
と偉そうに言ったので、飛鳥や周りの女達はまた笑い出した。カンナとキリはみんなが何故笑うのか不思議そうな顔をしていたが、さすがの源もやっと恥ずかしそうな顔になり、最後にはみんなで大笑いした。
それから2、3日ほどで飛鳥の体調ももどり普段のような生活に戻った。もちろん普段どおりと言っても遠出厳禁でいつも家の周りだけの生活。1週間ほど立つと遊び盛りの娘達が遊びに行きたい!遊びに行きたい!と騒ぎ出した。始め源は「駄目だ!」の一点張りだったが、2週間目にはもう限界だっと空海に泣きついた。源に泣きつかれた空海は
「なに言っとる。そんなんじゃ、子供も嫁さんも運動不足になっちまうぞ!ちょっとは外出せんか!」
と逆に怒られてしまった。源は
「だってよ、じっさんが無理はするなよって何度もしつこく言うからさ…。」
食い付いたが、
「あったりまえじゃ!お前はほっとくと無理ばっかりするからな、たまにの遠出ぐらいいいにきまっとるわい!」
とあっさり言いきられてしまった。源はなんだか納得いかなかったが空海にはどうも頭が上がらなく、また子供達も喜んでるのを見て気を取り直した。源がさっそく子供達に
「どこに行きたい?」
と尋ねると、キリとカンナは声をそろえて
「ウミ池!」
と声をそろえて即答した。二人はウミ池と呼ばれる場所が大好きだった。ウミ池というのは文字どおり海と池が合わさったもので、海中トンネルで陸地の池と海がつながった海水の池なのだ。二人がその場所が好きなのは、海とは違い水面のすぐ近くに草や木の葉があり陸地の気分を味わえるからだ。そこに行くといつも二人は源に葉っぱを1枚づつとってもらい、その葉っぱでいろいろと遊ぶのでだった。もちろん今日もそのつもりだろう。
源は二人の答えをやっぱりと思いながら、飛鳥の体調を確認すると
「よし、みんなでウミ池に出発だ!」
とにんまりとしながら叫んだ。久々の遠出にキリとカンナはもちろん、実は源と飛鳥も喜んでいたからだ。子供達には言えなかったが大人の二人も狭すぎる世界に退屈していたところだった。そんな4人にはウミ池へのトンネルは今までの世界とはまるで別世界にを感じさせ、久々の遠出の気分を盛り上げるのにはもってこいだった。暗い岩で囲まれたトンネルを少し上昇しながら進んでいく。気分はちょっとした冒険だ。その暗いトンネルの出口付近では、水面より差し込んだ日光がまぶしく源達を迎える。遊び盛りのキリとカンナは水面の光が見えるとロケットのように飛び出そうとしたが、
「こら!まずはとうちゃんが安全確認してからだろう!」
と源が一喝した。それから源はすばやく、慎重に水面へ顔だけ上手に出し、水上そして池の周りを用心深く見渡し外敵や危険がないか確認した。心配することはなにもないことを確認すると源は陸地に近づき、大きくジャンプし、近くの木の枝から木の葉を1枚、それからもう一回ジャンプをして合計2枚の木の葉を咥えた。木の葉を咥えるとみんなの元に戻り
「よし、大丈夫だぞ!でも気をつけて遊ぶんだぞ!」
と言い、ケンカしないようにキリ、カンナに一枚づつ木の葉を渡した。キリとカンナは再びロケットのように水面に向かい競争を始め
「私が一番!」
とカンナが叫びなが水面から飛び出し、続いてキリも
「私も」
と水上ヘ小さくジャンプした。それから二人はいつものように源からもらった木の葉を的にしてジャンプしたり、頭にかぶったりして遊びだした。
そんな二人を眺めながら源は飛鳥に付き添っていた。飛鳥は久々の遠出で少し疲れていたが、それ以上に気分が良く顔からは絶えず笑顔がこぼれていた。源はそんな飛鳥の顔と卵を交互に見つめて誰よりも満足げに笑った。それから飛鳥の顔色がやはりすぐれないのに気付いた源はどうにか少しでも飛鳥の負担を軽くしてあげられないか考えはじめた。「なにかたって、俺は大工仕事以外取り柄がねえしなぁ」そう思った時にある考えが思いついた。「飛鳥と卵が横になれるベットを作ってやろう!」良い考えを思いついたと源はうれしくなり居ても立ても居られなくなり、「家にちょうど良い大きさの貝殻があったなぁ」「ここの砂は硬すぎるから砂も運んだほうがいいな」飛鳥の周りをぐるぐる回りながら、ぼそぼそ独り言を言い考えこみ始めた。それを見た飛鳥が
「あんた、まさかまたなにか企んでじゃないだろうね?頼むから今日はゆっくり家族で久々の遠出を楽しもうよ」
無駄と思いながらも釘をさした。もちろん源はそんな飛鳥の意向にはまったく気付かず
「なあに、すぐ出来るよ、すぐ。ちょっと待ってろよとりあえず、貝殻持ってくるからよ、
すげえのができるぞ!」
と一人盛り上がってる。こうなった源を止めることはもう出来ないことを良く知っている飛鳥は苦笑いをして
「仕方ないわね、とびっきりのを作ってちょうだいね。」
と言うと、源は期待されている部分だけ感じとり、うれしそうに
「任せとけ!俺を誰だとおもってやがる!じゃちょっと待ってろよ!」
と言い海中トンネルへすっ飛んでいった。海中トンネルの暗闇に入る前に源は急に呼びとめられたような気がして立ち止まり、振り返ったが呼びとめられた様子はなかった。光輝く水面近くで楽しそうに遊ぶ子供達とそれを見守る妻と新しい命。それらを見つめ心の真ん中から尻尾のさきまで染みるような温かさを感じ、源は思わず歯を剥き出しにしてにんまりとし「てやんでぇ、幸せだぜぇ」そう叫びトンネルへと飛びこんでいった。
源が海中トンネルを抜けるちょうどその時、それは起きた。
「どおおおおぉぉぉぉん。」
大きな音とともに世界は突然ジャンプした。そしてすぐに大きな水流が右へ、左へ、後ろへ、前へと起きた。ゆれる世界の中で、必死に事態を把握しようとしている源をさらにつき放つようにもう一つ爆音が源のすぐ後ろで響いた。
「どががががぁぁぁが」
荒れ狂う水流の中で姿勢を保つのが必死な源はなんとか振り返えると、目の前の光景に口を開け、目を見開き固まってしまった。金縛りにあった源は水流に流され、壁にぶつけられると、開いた口から嗚咽がもれた。
「あああああ」
先ほど源が通ってきた、飛鳥達のいるウミ池へ通じる海中トンネルが音を立てて崩れていっているのだ。地震による崩壊のようだが源はそんな原因を考えるより先に崩れていくトンネルに飛び込んでいった。
「飛鳥~」
なにが起きているのか、それは全くわからない。でもこのトンネルが自分と家族を唯一結ぶものそれは間違いないのだ。この緊急事態に家族の元に居なくては、焦る源を荒れる水流はよりトンネルの外へと押し戻す、なんとか入り口付近までいくと今度は剥がれ落ちてきた天井の岩が源を襲う。
「ずしぃいん」
「だぁあん」
「どがぁ」
三度目の落石の衝突に源は一瞬意識を奪われ、トンネルの外へはじき飛ばされ気を失った。そして数分後、源が目覚めたときトンネルは落石によって完全にふさがれてしまった。
目を覚ました源は、ふらふらする意識を頭をふり強引に起こし、トンネルの入り口だったところへ倒れこむようにやってきた。源は力をしぼりトンネルをもう一度目を凝らししっかりと見た。そしてまたその場で倒れこんだ。「駄目だ」源は知らないうちにそう呟いた。仕事柄、土台、石台の脆そうな場所を見ぬく目をもっていたが、その源が見れば見るほどこのトンネルを崩すことが不可能なことが分かってきたからだ。
「飛鳥。」
「キリ、カンナ」
そう呟き、源は砂利をにぎり立ちあがった。そして、トンネルを塞ぐ大きな岩に向かい突進を始めた。
「まってろ、今、とうちゃんがいくからな。」
「どしん」
源は自分の何倍もある大きな、そして厚い岩に頭突きを始めた。何度も、何度も。しかし、岩は源がぶつかっても、どこも削れることなく、ただ赤色に塗られていった。
何度か源が岩にぶつかっていると、その音を聞きつけた三郎と空海が血だらけの源を見つけた。
「兄貴どうしたんですか?」
源にはもうその声すら届いていない。再び岩へ頭突きを食らわす。
「源のやつ声が聞こえないほどおかしくなってるのか?サブ、早くあの馬鹿を力づくで止めろ!」
空海は呆然と源を眺めている三郎に命令した。三郎が事態に気付き源を岩に押さえつけると、暴れる源に空海は平手打ちをし
「落ち着かんかばか者!なにがあったんじゃ!」
と怒鳴った。源は空海達に気づき
「なんだ、空海のじっさんか?
見てくれよ、トンネルがさ、崩れちまったんだ。トンネルが。
飛鳥や子供達はウミ池にいるんだぜ。それに卵も一緒さ。それなのに俺だけこっちに帰ってきちまって馬鹿だよな。
早くウミ池に戻らなきゃいけねえ、そうだろ?だからさ、トンネルを直さなきゃないけないだ。
だからよ、早くこの手を離してくんねえか?」
「なんじゃと!」
空海は思わずうなった。素人の空海達が見てもトンネルは修復不可能な状態。源の愛する家族はそのトンネルの向こうに居ると言うのだ。そして源はその絶望的なトンネルを一人でこじ開けようとしていたのだ。それを知り三郎はなんと声をかけて良いか分からずただ
「あ、兄貴」
と思わず声をもらした。
「なんだサブも居たのか?ちょうど良かった、またいつもみたく手を貸してくれよ。」
源は額の出血のせいで目も見えない状態だったのだ。ますます三郎はどう声を掛けて良いのか分からなくなり黙りこんだ。空海は1度息を呑んでから
「この馬鹿たれ。目も見えない状態でなにをいっとる。お前の頭突きぐらいでこの岩がどうにかなると本気で思ってるのか?このままじゃ、お前が先に死んでしまうわい」
岩を叩きながら叫ぶように諭した。数秒の沈黙があり、目の見えない源は空を見ながら呟きだした。
「でもよ、誰がこのトンネル直すんだよ。ウミ池にはこの道しか、このトンネルしかないんだぜ。諦めろっていうのか!子供を大切になってじっさんいってたよな?ウミ池には子供だって、飛鳥だっているんだぞ!」
最後を叫ぶよう言い、サブに
「どけ」
と一言言い、再び頭突きを始めようとした。
「またんか!」
空海が再び叫んだ。しかし、源は止まらない。
「兄貴、やめてくれ!」
二人の声はまた源に届かなくなった。三郎がまた力ずくで岩に押さえつけようとしても今度は源も必死に抵抗する。空海も源を押さえはいると何とかまた源を押さえつけることが出来たが、源は抵抗をやめない。
その時、そんな三人の頭の上を舞うように木の葉が1枚、2枚、3枚とゆらゆらトンネルに開いたわずかな隙間から流れてきた。
そして、その三枚の葉は意志があるように源の目の前に吸いこまれていき、自然と源はその葉を両手で受け止めた。そして首を曲げ、覗きこむように木の葉を見て
「これは、キリとカンナにあげた葉っぱだ。」
と叫んだ。間違いない、これは源が少し前にキリ、カンナに分け与えた木の葉だった。3枚あるが内2枚は1枚をやぶったもの。小さな2枚はキリとカンナ、そして大きな1枚は飛鳥。「三人とも無事だよ」木の葉は源にそう伝えているように思えた。源は大事に木の葉を手に包むと、木の葉の流れてきた小さな穴を探した。そしてその穴に向かい懺悔でもするような気持ちで叫んだ。
「飛鳥、キリ、カンナ。とうちゃんも無事だぞ!
本当にすまねえなぁ、必ず助けに行くからそこで待ってるんだぞ!」
やっと思いを伝えられたのか源はその場にへたり込んだ。落ち着いた源を見てゆっくりと空海が話しを始めた。
「はっきり言おう。源、お前があのトンネルを直すのは不可能だ。だが、ウミ池に行く方法は他にもある。可能性はかなり低いが、トンネルを直すよりははるかにましな方法がある。どうじゃ続きを聞きたいか?もしその方法を知りたいならまずはお前さんのそのボロボロな身体を治すことが条件じゃ、その身体ではどちらにしてもウミ池に行く可能性はゼロだからなあ。」
源は驚いた。他に方法がある?そんなはずはなかった。海とあの池をつなぐのは唯一このトンネルだけなのだから。空海の性格からして源の身体を思うあまり嘘をついてるのだろう、そうに違いないそう思い源は
「ありがとう、空海先生。じっさんの俺を心配してくれる心はうれしいが俺は諦めるわけにいかねえ。それに他に方法なんてあるわけねえよ。」
と言うとまた立ちあがった。立ちあがった源に空海はげんこつを上から落として言った。
「この馬鹿たれめ、この世は自分の知識が全てではないぞ!お前もうわさぐらいは知っておろう「神様のわすれもの」のことは。黙っておったが、そこの場所をわしは知っておる。もしお前がそこに行くことができ、空を飛べるようになったら?どうじゃ、あのトンネルを掘るよりはるかにましな案じゃろ?」
「本当に?」
源と三郎は同時に尋ねた。「神様のわすれもの」の話は御伽噺として誰もが知っていたが実在するものとは思っていなかったからだ。不信に思った三郎が続けた。
「でもだれでも行けるわけじゃないって家のじっちゃんが言ってぞ」
しかたないなと言う顔をして空海が答えた。
「「神様のわすれもの」に行ける者は確かに限られておる。それは、あそこで本当にすべきことがある者。遊び半分や欲望のために行くので決して辿りつけん。
信じんようだから言うが、わしも過去にあそこへ行っておる。理由は、妻の病気を治す治療法を作るためじゃ。」
「ひょっとして飛鳥が罹ってた、空海のじっさんじゃないと治せないって病気がそれなのか?でもじっさんって一人もんじゃ…。」
源は言いすぎたと思ったが、空海はなにも気にせずやさしく答えた。
「そのとおり、あの病気がそうじゃ。飛鳥さんはもう完治じゃ、心配はいらん。わしの妻は実は間に合わんかった。「神様のわすれもの」から戻るころにはもう生きてはおらんかった。」
「すまなねえ」
源は聞きすぎたことをすぐに謝った。
重い空気とともに「神様のわすれもの」の存在が真実味を帯びてきた。魚が空を飛ぶ。いや、空を飛べなくてもウミ池まで辿り着けるだけジャンプできれば。「神様のわすれもの」が実在するなら全く不可能じゃない。すべての手が塞がれていた源に一本の道が開けた瞬間だった。
「じっさん。早く「神様のわすれもの」の場所を教えてくれ!」
源は再び立ちあがり空海に尋ねた。空海はまたげんこつをくれた。
「さっきから言っておろう、まずはお前さんの身体を治してからじゃ。わしが完治したと認めるまでは絶対に場所を教えないからな!」
源は焦る気持ちはあったが正直身体が限界だったので渋々空海の提案を受け入れた。
それから何日も、空海の元で源の治療が始まった。安静にするのが空海の主な指導だったが、源は1日一回はトンネルの入り口にいった。それは、あの事件の日から毎日、決まった時間に3枚の木の葉がウミ池から運ばれてくるからだ。
あの日から1ヶ月がたった日、いつものように源がトンネルに行くといつものように木の葉が運ばれてきた。1枚、2枚、3枚、そして4枚。源は手に持った木の葉を何度も、何度も数え直した。何度数えても4枚ある。
「飛鳥、キリ、カンナ…生まれたのか?
そうなのか?
やったぞ~よくやった飛鳥!」
源は手の上の木の葉を掲げて叫んだ。それから空海の元に飛んでいき
「じっさん、見てくれ。今日の木の葉、4枚だぞ、4枚。生まれたんだよ、遂に!もう俺は待てねえ、じっさん頼むから「神様のわすれもの」の場所を教えてくれよ」
と息を切らせながら報告した。空海は源の報告に心から喜び
「良かったの。しかし、お前の身体はまだ完治しとらん。っと言いたいところだがもう充分じゃろ。お前なら今の身体でも目的地まで辿り着けるじゃろ」
そう言って「神様のわすれもの」への道を語り始めた。




