EP 7
三十二万ポイント、明日の朝までに全部使い切る
夜明け前の広場は、死屍累々だった。
千人分の空き缶と串と、酔い潰れた村人が転がっている。
「うぷ……あ、頭が割れる……」
「水を飲め。それから塩と蜂蜜だ。作り方は昨日教えたろ」
優太は倒れている男を跨いで歩きながら、拡声器のスイッチを入れた。
『――ポポロ村自警団、及び動ける成人男女は、直ちに広場中央に集合しろ。繰り返す、直ちに集合』
増幅された声が、村中に叩きつけられた。
「うわああ何だこの声!?」「神託だ!」「違うわよ馬鹿!」
「五分後に説明を始める。遅れた奴は、明日の朝に死ぬ」
* * *
「数は三十一」
ネギオが地面に枝で線を引きながら言った。
「うち二十八は並のオーク。二匹は上位種。そして――一匹」
樹人の枝先が、大きく円を描いた。
「体高三メートル超。腹に鉄板を巻き、肩に鎖を提げた個体がいる。あれは頭目だ。私が匂いを覚えている。三年前、東の村を一つ食い潰した個体だ」
ざわり、と広場が揺れた。
「対してこちらは、戦える者が四十二人」
キャルルが唇を噛んだ。
「数はこっちが上よ。でも……うちの子たちは農民よ。木槍を握って半年の子もいるの」
「知ってる」
優太は頷いた。
「だから、真正面からぶつける気は最初からない」
* * *
優太は昨夜のうちに、キャルルを連れて村の外周を一周していた。
月兎族の脚と聴力は、偵察に反則的な性能を発揮した。三時間で地形は頭に入っている。
「まず前提を共有する。俺たちの勝利条件は『三十一匹を殲滅すること』じゃない」
優太は地面に、村を囲む線を描いた。
「勝利条件は、村の柵の内側に一匹も入れないこと。それだけだ」
「……入れなければ、いいの?」
「家に入られたら、女子供が死ぬ。畑を荒らされたら、冬に死ぬ。逆に言えば、外で足止めしてる限り、俺たちは負けてない」
優太は線の一箇所に、太い印をつけた。
「西の街道。ここが唯一、荷馬車が通れる広さがある。オークは体がでかいから、必ずここから来る」
「他の場所からは?」
「来られない。北は崖、南は湿地。東は森だが、木が密集しすぎてて三メートルの図体は通れない。……そうだな、ネギオ」
「その通りだ」
「なら答えは簡単だ。戦場は俺たちが決める」
* * *
「西の街道を、幅四メートルまで絞る」
優太は次々と指示を飛ばした。
「両脇に深さ一メートルの溝を掘れ。掘った土は内側に盛って土塁にしろ。溝の底には、これを敷く」
ポンッ、と虚空から巨大なロールが落ちてきた。
「……なにこれ」
「有刺鉄線。地球の畜産用だ。刺さっても死なないが、絡まると絶対に走れない」
ポンッ。ポンッ。ポンッ。
次々と物資が積み上がっていく。
「単管パイプ二百本、鉄杭三百本、ワイヤーロープ五十メートル、農業用消石灰四十袋、投光器八台、発電機二台、燃料。それから――」
優太は最後に、大きな段ボール箱を取り出した。
「トウガラシ粉。業務用、二十キロ」
「なんで唐辛子?」
「オークは鼻がいいってネギオが言った。鼻がいい奴に、風上から粉を撒くとどうなる?」
キャルルの兎耳が、ぴん、と立った。
「……使い物にならなくなる」
「正解だ」
* * *
「ねぇ、優太」
作業の合間、キャルルが遠慮がちに聞いてきた。
「あなたの世界には、もっと凄い武器があるんじゃないの? 本で読んだわ。轟音がして、遠くの敵が一瞬で死ぬやつ」
「銃か」
「買えないの? 三十二万ポイントあるんでしょ」
優太はしばらく黙って、鉄杭を打ち込む手を止めた。
「買えるだろうな。たぶん」
「じゃあ――」
「買わない」
優太は振り返った。
「理由は三つある。一つ、弾は必ず尽きる。今回は勝てても、次の襲撃で弾がなければ村は何もできない身体になる」
「……」
「二つ、扱える奴が俺しかいない。俺が一人でやれることには限界がある」
「三つ目は?」
「三つ目が一番でかい」
優太は土塁の向こう、朝の畑を見た。
「一度でも銃を使ったら、この村は『銃を持ってる村』になる。三国の緩衝地帯で、そんな噂が立ったらどうなると思う」
キャルルの顔から、血の気が引いた。
「……調べに来るわ。三つとも」
「そういうことだ。だから使うのは、鉄線と溝と唐辛子と、あんたたちの槍だ。全部、この村が来年も再来年も自分で用意できるもので勝つ」
キャルルはしばらく優太を見上げていた。
それから、両手で自分の頬をぱんっと叩いた。
「――みんな! 掘るわよ! 陽が落ちるまでに終わらせるの!」
* * *
配置は、その日の夕方に固まった。
第一線・槍衾。 二十四人。土塁の上に三列。突くのではなく、穂先を前に出して固定するだけ。「刺そうとするな、置いておけ。相手が勝手に刺さる」と優太は繰り返した。
第二線・投擲。 十二人。石と消石灰の袋。狙いは顔面のみ。
遊撃・ネギオ。 唯一の突出戦力。街道の外に潜み、逃げようとする個体の退路を断つ。
弓・ルナ。 森の縁から。上位種のみを狙う。
炊き出し・リーザ。 村の中に大鍋を三つ。
「……ねぇ優太様、私だけ戦わないんですけど」
「お前が一番重要だ」
優太は真顔で言った。
「怪我人が出る。キャルルが治す。治した瞬間、そいつは腹が減って動けなくなる。そこにお前の飯がなかったら、治療は成立しない」
リーザの目が、まん丸になった。
「昨日、村中が腹いっぱいになっただろ。あれのおかげで、今この村は史上最高に『治せる』状態だ。それを切らすな。お前の鍋が、この村の回復力そのものだ」
「…………はいっ!!」
魚人の少女が、おたまを掲げて敬礼した。
* * *
「――キャルル。あんたには一つだけ命令がある」
優太は最後に、村長を呼んだ。
「なによ、改まって」
「最後まで、絶対に前に出るな」
「え」
「あんたが倒れた瞬間、この村の医療は半分死ぬ。俺が全部診るのは物理的に無理だ。だから、あんたは温存する。俺が呼ぶまで、一発も撃つな」
「でも、私が一番速いのよ。私が前で――」
「キャルル」
優太は目を逸らさなかった。
「五年間、あんたは一人で背負ってきた。明日は違う。四十二人と、樹人と、エルフと、魚人と、駄女神と、俺がいる。あんたが最後まで残ってくれてれば、俺たちは全員、安心して怪我ができる」
兎の耳が、ふるりと震えた。
キャルルは口を開きかけ、閉じ、それからそっぽを向いた。
「……ずるいわ、そういう言い方」
「言い方の問題じゃない。作戦だ」
「わかってるわよ。……わかってる」
彼女はポケットから飴玉を一つ取り出して、口に放り込んだ。
「呼びなさいよ。ちゃんと。……絶対よ」
* * *
その夜、優太は土塁の上に座り、最後の残高を確認した。
――【現在の残高:1,200 GP】
三十二万、ほぼ使い切った。
「……全部、明日で決まるな」
「ちょっとぉ、私の分の花火代も残しといてよぉ」
「二度とやるな」
空が白み始めていた。
その時、地面が――かすかに、震えた。
優太は立ち上がった。
街道の彼方。朝靄の向こう。
地平線が、ゆっくりと土煙で埋まっていく。
どすん。どすん。どすん。
地響きの中心に、他より頭二つ抜けた影が一つ。肩に提げた鎖が、朝日を受けてぎらりと光った。
『ブゥゥゥオオオオオオオオオッ!!!』
優太はワスプ薙刀を握り、拡声器を口に当てた。
『――総員、配置につけ』
声は、震えていなかった。
『始めるぞ』
読んでいただきありがとうございます。
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