EP 6
駄女神が俺の全財産で村中に酒をおごった
その夜、優太は爆発音で目を覚ました。
跳ね起きて窓を開ける。夜空に、赤、青、金の光が次々と炸裂していた。
花火だ。それも尺玉クラス。
「……は?」
村の広場からは、地鳴りのような歓声と、聞き覚えのある伴奏が響いてくる。
演歌だった。
* * *
広場は、地獄だった。
いや、天国かもしれない。判断がつかなかった。
長机が三十以上並び、その上には見慣れた地球の缶ビールが山と積まれている。中央には巨大なドラム缶コンロが据えられ、焼き鳥の煙が濛々と立ち上っていた。焼きそば。たこ焼き。フランクフルト。かき氷機まである。
千人の村人が、酒を掲げて絶叫していた。
そして特設ステージの中央。
スポットライトを一身に浴び、マイクを両手で握りしめ、涙を流しながら熱唱する芋ジャージがいた。
「――北のぉぉぉ酒場通りにはぁぁぁ~~~ッ!!」
「ルチアナァァァァァァ!!」
* * *
「あ、優太じゃーん。おっそーい。もう三時間目だよ」
真っ赤な顔でマイクを差し出してくる女神を、優太は無言で見下ろした。
視界の隅で、ホログラムパネルを開く。
――【現在の残高:214 GP】
昨日の時点で一万三千五百あったはずのそれが、二百十四になっていた。
「……ルチアナ」
「なぁに?」
「俺のポイント、どこ行った」
「あー! それねぇ!」
女神は、悪びれるどころか誇らしげに胸を張った。
「私、システム管理が専門って言ったでしょ! 管理者権限でちょちょいっと! いやー我ながら流石だわ!」
「専門知識を全部それに使ったのか」
「だってさぁ! 優太ってば毎日毎日、人助け人助けで、ぜんっぜん楽しそうじゃないんだもん! 神様として見てらんないの!」
「加害者に心配される筋合いはない」
優太はこめかみを押さえた。ここで怒鳴っても金は戻らない。頭を切り替える。
――一万三千三百GP。日本円で一万三千三百円分。
……安い。
千人分の宴会が、一万三千円。地球の物価がこの世界の消費規模とまるで噛み合っていない。
「ちょっと待て。缶ビール三十本で三千円くらいだろ。残りは何に使った」
「発電機とカラオケ機材のレンタル! あと花火! 花火が一番高かった!」
「花火の予算で優先順位を破壊するな」
* * *
「うおおおおおッ! なんだこの酒はァ! 泡が舌の上で弾けやがるッ!」
「シュワシュワする! シュワシュワするぞ!? 死ぬ! 死ぬ!」
「死なねぇよ落ち着け」
缶ビールを掲げて悶絶する村人たちを、優太は横目で見た。
そうか。この世界には炭酸がない。タローソンにも、ルナキンのドリンクバーにも、泡の立つ飲み物は一つも置いていなかった。彼らは生まれて初めて炭酸を飲んでいる。
「先生ェ! 舌がァ! 舌が痛ェ! でも旨ェ! どうなってんだこりゃァ!」
「ゆっくり飲め。あと明日は水を多めに飲め。二日酔いになるぞ」
「先生は本当に医者だなァ! わっはっはっはっ!」
* * *
ドラム缶コンロの前では、青い髪の魚人が凄まじい速度で串を回していた。
「はいっ、焼き鳥五本お待ちィ! 一本三ペロ! タレも塩もあるよ!」
「リーザ。それ、俺のポイントで買った肉だよな」
「あっ優太様! おはようございます! 現在の売上、八千ペロです!」
「売るな」
「え、でも……」
リーザが小首をかしげた。
「タダで配ってたら、優太様、一円も返ってこないですよ?」
優太は動きを止めた。
……こいつ、貧乏神のくせに商才だけは本物だ。
「……売上は全額お前が取っていい。ただし、飲み過ぎて倒れた奴は俺のところに連れてこい。それが条件だ」
「はいっ! 商談成立です!」
* * *
「――お客様。お飲み物のおかわりはいかがなさいますか」
振り返ると、樹人が蝶ネクタイを締めていた。
二メートルの長ネギの化け物が、白布を腕にかけ、完璧な角度で腰を折り、銀のトレイにビールを載せて立っている。
「ネギオ、何やってんだ」
「執事検定一級だ」
「今それを開示するのか」
「客が千人いる。給仕の手が足りん。当然の判断だろう」
所作は本当に完璧だった。注ぎ方も、下がり方も、視線の高さも。
「文句があるか」
「……いや、めちゃくちゃ助かる。そのまま頼む」
「かしこまりました」
* * *
「まあ……なんて綺麗なの……」
ステージの脇では、エルフのルナが夜空を仰いでいた。花火の残光が、金の髪を照らしている。
「世界樹の森にも光る花はあるけれど、こんなに一瞬で散るものは初めて見たわ。……素敵ね。すぐ消えてしまうから、素敵なのね」
「ルナ、それ結構いいこと言ってるな」
「あら。ところでユウタ、この『たこやき』の中に入っている生き物、まだ動いているのだけど」
「動いてねぇよ。鰹節だ」
* * *
「ユウタァ……」
最後に、優太の背中にぐいぐいと頭を押し付けてくる感触があった。
振り返ると、村長がいた。
顔を真っ赤にして、兎の耳をだらしなく垂らし、両手でメロンクリームソーダのジョッキを握りしめている。
「あんた、酒飲んでないよな」
「のんでないわよぉ。これ、ジュース。あまいの。しゅわしゅわなの。すごいの」
「糖と炭酸で酔うな」
「わたしねぇ……村長だからぁ……止めなきゃって、おもったのよぉ……」
キャルルはジョッキに顔を突っ込み、ずずず、と啜った。
「でもみんな笑ってるからぁ……五年ぶりに、みんな笑ってるからぁ……止められなかったの……」
優太は、何も言えなくなった。
広場を見渡す。
診療所に並んでいた老人が、酒を片手に踊っている。腕を切開した男が、無事な方の手で串を掴んでいる。四日間下痢が止まらなかった子供が、母親の膝で焼きそばを頬張っている。
「……ルチアナ」
「んー?」
「お前、一つだけ良い仕事をした」
「でしょでしょ!? もっと褒めて!」
「調子に乗るな。二度とやるな。次やったら管理者権限ごと叩き折る」
その時だった。
『ピロリン♪』
『ピロリロリロリロリロォォォンッ!!』
『ピロリロリロリロリロォォォンッ!!!』
『ピロリロリロリロリロォォォォォォンッ!!!!』
通知が、止まらなくなった。
【善行判定:飢餓状態の村民に食事を提供しました +500 GP】
【善行判定:飢餓状態の村民に食事を提供しました +500 GP】
【善行判定:飢餓状態の村民に食事を提供しました +500 GP】
【対象が1,000人を超えたため、一括処理へ移行します】
【獲得:+328,000 GP】
「…………」
優太は残高表示を三度見直した。
三十二万八千。
一万三千を溶かして、三十二万が返ってきた。
「……なんだこれ」
「え、なになに、どうしたの優太」
「投資利回り、二千四百パーセント」
優太は空を仰ぎ、深く息を吐いた。
人助けをすればポイントが増えるシステム。ならば、村中を腹いっぱいにする行為が最大効率になるのは、考えてみれば当たり前だった。
――そして。
その瞬間、優太の医者としての思考が、まったく別の答えに辿り着いた。
(待て。この村の全員が、今、満腹だ)
回復魔法は、肉を生やす元手を身体から奪う。飢えた人間には使えない。
だが、千人が腹を満たしている今夜だけは違う。
この村は今――史上最高に、傷を治せる状態にある。
「……ネギオ」
優太は蝶ネクタイの樹人を呼んだ。
「オークはいつ来る」
樹人は給仕の手を止め、静かに西の空を嗅いだ。
花火の煙の向こう。風下。
「――先ほど、匂いが濃くなった。この馳走の匂いに、引かれておる」
ネギオはトレイを置き、蝶ネクタイを引きちぎった。
「明日の朝だ」
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