EP 5
俺一人じゃあんたに勝てない。だから村ごと使う
「飯炊きと医者ごっこ以外に、貴様、能はあるのか?」
長ネギの切っ先を突きつけられて、優太はしばし黙った。
全身が捻れた樹木と蔦で構成された二メートル近い巨体。木目の眼窩の奥で、明らかに知性のある光がこちらを値踏みしている。
――強い。それも、格が違う。
立ち姿だけで分かった。重心が一切揺れていない。腕を振る際に体幹が微塵もブレない。武術の有段者が数千時間かけて辿り着く動作を、この樹人は最初から所有している。
「試したいなら、付き合うぞ」
優太は上着を脱ぎ、足元に転がっていた訓練用の長い木の棒を拾い上げた。
* * *
「ちょっと待ちなさいよ、ネギオ! ユウタは昨日から診療所に立ちっぱなしで――」
「村長。口を出すな」
ネギオが遮った。
「この村は緩衝地帯だ。三国が睨み合う隙間で千人が飯を食っている。だからこそ、住まわせる者の腕は測る。例外はない」
キャルルの兎耳がぺたりと倒れた。反論の余地がないのだ。
「ちなみに賭けは受け付けてるわよぉ~! 焼き串一本からどうぞ~!」
いつの間にか広場の端に、みかん箱を置いた芋ジャージの魚人が座っていた。
「リーザ、あんた何やってんの」
「商機よ! ちなみに現在のオッズはネギオ一・一倍、ユウタ様十二倍!」
「私、ユウタに串二本」
「毎度あり~!」
優太は聞かなかったことにした。
* * *
「まずは前座だ。おい、お前ら三人。その男を制圧してみせろ」
ネギオの合図で、木槍を持った自警団の若者が三人、じりじりと優太を囲んだ。
優太は棒を構えた。剣道の中段ではない。半身になり、棒を体の側面で長く保持する――薙刀の構えだ。
「いくぞっ!」
右の若者が突きを放った。
優太は動かない。動かず、半歩だけ軸をずらした。
穂先が、体の輪郭を数センチ外して流れていく。
そのまま棒の先端を、円を描く軌道で走らせた。遠心力が乗る。
パァァァンッ!
若者の手元を正確に打ち据え、木槍が宙を舞った。
優太は回転を殺さない。石突きで二人目の膝裏を薙ぎ、崩れた体を盾のように三人目の視線へ差し込み――一瞬生まれた死角に踏み込んで、棒の先端を三人目の喉元でぴたりと止めた。
所要時間、およそ四秒。
「「「…………」」」
広場が静まり返った。
「立て」
優太は棒を下ろし、倒れた若者に手を差し出した。
「今のは、お前らが弱いんじゃない。三人で囲んだのに、三人とも同じ方向から入ったのが敗因だ。囲んだ意味がゼロになってる」
「え?」
「一人が正面で足を止めさせて、残り二人が左右に開く。それだけで俺はさっきの回避ができなかった。次は勝てるぞ」
若者たちが顔を見合わせ、それから真剣な目で頷いた。
「ほう」
ネギオが、木の唇をわずかに歪めた。
「勝った上で、敗因を教えたか」
「教官がいる場所で人を叩きのめしても意味がない。強くさせなきゃ、村は守れないだろ」
「……ふん。ならば次は前座ではない」
ネギオが、巨大な長ネギを担ぎ上げた。
「ネギカリバー、抜刀」
* * *
最初の一撃で、優太は自分の判断が甘かったと理解した。
ゴォッ、と空気が唸る。棒で受けた瞬間、腕どころか背骨まで衝撃が抜けた。足が地面を滑る。
(重い――! 人間の膂力じゃない)
「どうした! 医者ごっこの前に、まず自分の骨を守れ!」
二撃、三撃。優太は捌く。受け流す。だが確実に押されている。
まともに打ち合えば負ける。分かりきっていた。
ならば、と優太は後ろに跳んだ。
跳んで、また跳んで、円を描くように広場を回り込んでいく。
「逃げるか!」
「ああ、逃げてる」
優太は息を切らしながら答えた。
「距離を取って、あんたの間合いを測って、地面の凹凸を確認して、太陽の位置を確かめてる。全部逃げながらやってる」
「――ッ!」
ネギオの一撃が、優太の肩をかすめた。血が飛ぶ。
それでも優太は止まらなかった。回り込み続ける。
「終わりだ!」
ネギカリバーが振り上げられた。防げる位置ではない。
その瞬間、優太は棒を捨てて、叫んだ。
「――撃て!」
ネギオの動きが、止まった。
背後。三メートル。
さきほど地面に転がされた自警団の若者三人が、木槍をぴたりと構えて立っていた。左右に開き、一人が正面。優太が数分前に教えた、その通りの配置で。
ネギオは動きを止めたまま、ゆっくりと視線を巡らせた。
自分の真後ろ。回避不能の死角。
そして、優太が走り回っていた軌跡が、正確にその位置へ自分を誘導していたことを理解した。
「…………ふ、はははははっ!」
樹人の笑い声が、広場に響き渡った。
「なるほど。逃げていたのではない。私を運んでいたのか」
優太は肩を押さえ、荒い息のまま、にやりと笑った。
「悪いが、俺一人じゃあんたには一生勝てない。だから村ごと使わせてもらった」
「見事だ」
ネギオはネギカリバーを下ろし、深く頷いた。
「合格だ、中村優太。……ついてこい。渡すものがある」
* * *
案内されたのは、村の奥にある本格的な鍛冶場だった。
炉。金床。整然と並んだ鏨と鎚。素人目にも、ここが道楽の設備でないことは分かる。
「ドワーフ国の鍛冶通信講座、一級だ」
「通信講座」
「文句があるか」
「いや、地球にも似た制度がある」
ネギオが炉の脇の作業台を指した。開かれた本がある。優太が日本から背負ってきた『世界の特殊部隊・サバイバルギア大全』だった。
「貴様の荷から拝借した。一晩で読んだ」
「勝手に読むな」
「この頁の武器だ。『ワスプインジェクターナイフ』。刃の根元から高圧ガスを対象の体内に注入し、内側から破裂させる。対大型獣用の外道な代物だな」
「よく理解したな。それで?」
ネギオが、台の上の布をばさりと取り払った。
黒鈍色の長柄が、炉の熱に照らされて鈍く光っていた。
「貴様の『薙刀』という武器の構造に、組み込んでみた」
「……は?」
「刃はドワーフ鋼。柄の内部に圧縮風魔力のシリンダーを内蔵。斬撃と同時に手元のトリガーを引けば、刃先から暴風が敵の体内に直接撃ち込まれる」
優太は震える手でそれを持ち上げた。
ずしりと重心が手のひらに乗る。完璧なバランス。地球のどんな量産品よりも、この一本は「自分のために作られている」と分かる重さだった。
「……なあ、ネギオ。俺、実はさっき地球から鋼材を取り寄せようとしてたんだ。特殊鋼ってやつを」
「やめておけ。この村のドワーフ鋼のほうが上だ」
「……だろうな。今触って分かった」
ネギオが鼻を鳴らした。木の顔でどうやるのかは分からないが、確かに鼻を鳴らした。
「一つ、名を付けろ。使い手が名を与えねば、武器は道具のままだ」
優太は少し考え、柄を握り直した。
「ワスプ薙刀。ひねりがなくて悪いな」
「上等だ」
ネギオは満足げに頷き、そして――ふと、木目の眼を細めて西の空を見た。
「……む」
「どうした」
「風向きが変わった。腐肉と、汗と、粗悪な酒の匂いだ」
樹人の声から、笑いが消えていた。
「豚どもが来るぞ。収穫期だ。……間に合ったな、優太」
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