↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『治癒魔法で見捨てられた者を、俺は地球の医療で救う ~善行ポイントで何でも召喚できる医学生の辺境村ライフ~』  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/13

EP 4

 あんたの回復魔法は、最後に使え

「この村の医療、全部あんた一人で背負ってるのか?」

 優太の問いに、キャルルは答えなかった。答えないことが、答えだった。

 寝台が四つ。薬棚は空。消毒液もガーゼも器具も、何一つない。あるのは村長の座る木の椅子だけ。

 そして扉の外には、二十人以上の列。

「……分かった。始めるぞ」

 優太は上着を脱ぎ、袖をまくった。

「え?」

「見てるだけの医者ってのは、この世で一番いらない生き物だ」

   * * *

「全員、その場に座れ! 動くな!」

 優太の声が、村の朝の空気を切り裂いた。列がざわつく。

「今から一人ずつ回る。だが順番は今並んでる順じゃない。死にそうな奴からだ。文句がある奴は俺に言え」

 優太は列の頭から歩き出した。歩きながら、視線だけで拾っていく。

 顔色。呼吸。皮膚の色。指先。目の焦点。

 ――松葉杖の老人。歩けてる。呼吸安定。後回し。

 ――腕に布を巻いた男。布に黄色い染み。膿。急ぐが致命的じゃない。

 ――母親に抱かれた子供。

 優太の足が止まった。

「その子、いつからだ」

「よ、四日前から下痢が止まらなくて……昨日から目も開けなくて……」

 優太は膝をつき、子供の手の甲の皮膚を指で軽くつまみ上げた。離す。

 皮膚が、テントのように立ったまま戻らない。

「三番から最優先に変更。この子が一番危ない」

「ちょっと待って!」

 キャルルが割り込んできた。掌をかざそうとしている。

「私が回復を――」

「やめろ」

 優太はその手首を掴んだ。二日連続だ。

「この子は怪我じゃない。傷はどこにもない。あんたの力は肉を生やす力だろ。生やす場所がないところに使ったって、この子の身体から元手だけ持っていかれる。四日食えてない子から」

 キャルルの兎耳が、びくりと固まった。

「……じゃあ、どうしろって言うのよ」

「水だ。この子に足りないのは、水と塩と糖。それだけだ」

 優太は立ち上がり、周囲を見回した。

「誰か! 湯冷ましを一リットル、塩を小さじ半分、砂糖を大さじ二杯半持ってこい! 蜂蜜でもいい! 走れ!」

   * * *

 運ばれてきた水に、優太は塩と蜂蜜を溶かし込んだ。指で撹拌し、自分の舌先で味を見る。涙の味より少し甘い。よし。

「経口補水液だ。地球じゃ、これで年間何十万人の子供が助かってる」

「そんな、砂糖水みたいなもので……」

「腸ってのはな、塩と糖が揃って初めて水を吸うようにできてるんだ。水だけ飲ませても素通りする。この配合には意味がある」

 優太は子供の頭を膝に乗せ、小さなスプーンで、一杯ずつ、ゆっくりと口に含ませていく。

「一気に飲ませるな。五分に一杯だ。吐かせたら終わりだぞ」

 母親が震える手でスプーンを受け取った。

 ――五分。十分。二十分。

 三十分が過ぎた頃、閉じていた瞼が、ぴくりと動いた。

「……かあ、さん」

「っ、ああああ……! 目を開けた、目を開けたよぉ……!」

 母親が泣き崩れ、周囲の村人たちがどよめいた。

『ピロリン♪ +3,000 GP』

「――次! 腕の兄ちゃん、こっち来い!」

   * * *

 そこからは、流れ作業だった。

 膿んだ腕の男。優太は消毒し、ナイフの刃を炎で炙り、切開した。噴き出す膿。洗浄。ドレーンの代わりに清潔な布を詰める。

「……嘘だろ、痛みが引いた」

「膿は出し切らないと絶対に治らない。回復魔法で塞いだら中で腐ってた。今日から毎日ここに来い。布を替える」

 次。肩を押さえて呻いている若者。

「二週間前に落ちて、それからずっと上がらねぇんだ……」

 優太は肩に触れ、骨の位置を確かめた。肩関節前方脱臼。

「息を吐け。……力を抜け。そう」

 ゆっくりと腕を牽引し、外旋。

 ゴキュッ。

「――え」

 若者は自分の腕を、頭上まで上げた。何度も。何度も。

「あ、上がる……上がるぞ!? 二週間ぶりに上がった!!」

「はい次」

「い、いや待ってくれ先生、今何した!?」

「元の位置に戻しただけだ。次!」

 どよめきが、歓声に変わっていく。

 次。目の白く濁った老婆。

「……これは俺には無理だ。器具がいる。すまない、待たせる」

 優太は嘘をつかなかった。できないことは、できないと言った。

 次。次。次。

 巻き爪。抜けない棘。あかぎれ。歯の膿瘍。中耳炎。ほとんどが、キャルルが体力を削って治すまでもない――そして、放っておけば確実に人を殺すものだった。

   * * *

 最後の一人が帰っていったのは、日が傾く頃だった。

『ピロリン♪』

【本日の善行判定累計:+8,700 GP】

 優太は椅子に背を預け、天井を仰いだ。腕が鉛のように重い。

 その隣で、キャルルが呆然と立ち尽くしていた。

「……ユウタ」

「なんだ」

「あなた、今日、一度も回復魔法を使ってないわ」

「使えねぇよ。俺は魔法が使えない」

「そうじゃなくて」

 兎の耳が、ゆっくりと垂れた。

「……私、五年間、この村で回復魔法をかけ続けてきたの。かければ治るから。でもね、治した人が三日後に痩せ細って、また具合が悪くなって戻ってくるの。ずっと不思議だった」

 彼女の声が震えていた。

「それって私が、傷を治すために、あの人たちの身体から食べ物を奪ってたってことよね」

 優太は少し考えて、静かに言った。

「あんたの魔法は最終手段だ。それだけの話だ」

「最終……手段」

「切って出せるなら切って出す。戻せるなら戻す。水でいけるなら水でいく。それで駄目なとき、初めてあんたが出る。俺の世界の医者は全員そうやってる。いきなり奥の手を使う奴は、下手くそなんだよ」

 キャルルはしばらく黙っていた。

 やがて、ぽつりと。

「……五年間、私が一番下手くそだったってことね」

「違う」

 優太は即答した。

「あんたは五年間、たった一人で千人分を背負ってた。血を吐きながらだ。順番が違っただけで、やってたことは間違ってない。……順番なら、俺が全部教える」

 キャルルの兎耳が、ぴん、と真っ直ぐに立った。

 その顔が、みるみる赤く染まっていく。

「そ、そう。じゃあ教えてもらうわ。明日から毎日ね。ええ、毎日よ」

「おう」

「……ぐぅ」

「腹減ってんじゃねぇか。飯にするぞ」

   * * *

 診療所を出た優太の耳に、村の広場のほうから怒号が届いた。

「腰が高い! 穂先がブレておる! そんなことでオークの突進が止められるか!」

 パァァァンッ、という小気味いい破裂音。

 広場では、村の男たちが木槍を持って整列していた。その中心に立ち、次々と村人の頭を叩いているのは――全身が樹木と蔦でできた、二メートル近い人型の何か。

 手に握られているのは、明らかに巨大な長ネギだった。

「なんだ、あれ」

「ネギオよ。自警団の教官。世界樹のポーン」

 樹人が、ぎろりと木目の眼をこちらに向けた。

「おい、そこの新顔」

 声が、低く響いた。

「カレーとやらは中々のものだったと聞く。診療所の噂も届いた。……だが、この村は三国の緩衝地帯だ」

 長ネギの先端が、真っ直ぐ優太に向けられる。

「飯炊きと医者ごっこ以外に、貴様、能はあるのか?」

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。