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『治癒魔法で見捨てられた者を、俺は地球の医療で救う ~善行ポイントで何でも召喚できる医学生の辺境村ライフ~』  作者: 月神世一


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3/13

EP 3

異世界に来て初日の夕飯に、俺はバターチキンカレーを作った

 ポポロ村は、思っていたより遥かに大きかった。

 人口はおよそ千。畑には見たこともない作物が青々と茂り、家畜小屋からは羊のような豚のような鳴き声が聞こえてくる。三国の緩衝地帯だとキャルルは言ったが、殺伐とした空気はどこにもない。

 ただ、一つだけ気になることがあった。

「……なあ。この村、飯の匂いがしないな」

 夕暮れ時だというのに、煮炊きの香りがほとんど漂ってこない。あるのは、煮込みおでんらしき出汁の匂いと、芋酒の匂いだけ。それも宿屋の周辺に限られている。

「そりゃそうよ。この時間はみんな畑から戻ってきたばかりだもの。うちの村の夕飯は、大根と芋を茹でて塩を振ったやつ」

 キャルルがけろりと答えた。

「……毎日か?」

「毎日ね」

 優太は無言で天を仰いだ。

   * * *

「はい、到着。ここが村長宅よ」

 案内されたのは、村の中央にある五部屋ほどの木造家屋だった。想像していた「村長の館」よりずっと生活感がある。玄関には泥だらけの安全靴が並び、廊下には人参柄の刺繍が入ったハンカチが干してあった。

 リビングの扉を開けた瞬間、優太は足を止めた。

 床に、女が二人転がっていた。

 一人はヨレヨレの芋ジャージ。健康サンダル。優太がここまで引きずってきた自称・女神のルチアナである。いつの間に先回りしたのか、床に大の字になって畳を叩いていた。

「腹減ったぁぁぁ! お酒ぇぇぇ!」

 そしてもう一人。

 同じくヨレヨレの芋ジャージ。同じく健康サンダル。青みがかった長い髪に、頭の両脇には魚のヒレのような器官。膝を抱えて壁際に座り、干からびた食パンの耳を、一ミリずつ大事そうにかじっている。

「……お揃いか?」

「違うわよ! 私のはルナミスデパートの新作!」

 パンの耳の少女がぱっと顔を上げ、次いで優太を見て、瞳をキラキラと輝かせた。

「あっ、新入りさんね! 私はリーザ! ここに住んでるの!」

「住んでる? お前、村長の身内か?」

「ううん、居候! キャルルのシェアハウス時代の友達なの!」

「友達じゃなくて寄生よ」

 キャルルが冷たく訂正した。兎の耳がぺたんと倒れている。

 その奥、窓辺の椅子には、長い耳の女性が一人、優雅に紅茶らしきものを傾けていた。エルフだ。存在感が明らかに違うのに、こちらを見てふわりと微笑むだけで何も言わない。

「あちらはルナ。世界樹の森から来て、なぜかそのまま住み着いてるわ」

「なぜかって何よ、キャルル。この村のご飯が美味しいからに決まってるじゃない」

「茹でた大根が?」

「ええ。とっても」

 優太は理解した。この家の食卓は、崩壊している。

   * * *

「キャルル。厨房を貸してくれ」

「え?」

「食材も少し分けてくれると助かる。今夜の飯は俺が作る」

 キャルルの耳がぴんと跳ね上がった。

「あなた、怪我人を運んできたばかりで疲れてるでしょ。休みなさいよ」

「宿代と飯代の代わりだ。それに――」

 優太は厨房のほうを親指で示した。

「茹でた大根に塩だけで千人を働かせてるって聞いて、医者志望として黙ってられるか」

   * * *

 厨房に立ち、優太は誰にも見えない位置にホログラムパネルを展開した。

 ――【現在の残高:5,000 GP】

 街道で稼いだ命の値段だ。無駄には使えない。

 検索窓に「クミン」と念じる。ずらりと並ぶスパイスの商品リスト。値段は驚くほど安かった。

「クミン、コリアンダー、ターメリック、ガラムマサラ、カルダモン。トマト缶、バター、生クリーム、鷹の爪」

 ポンッ、ポンッと軽い音を立てて、見慣れた地球の食材が調理台に積み上がっていく。締めて八百GP。四千二百残った。

「悪くない投資だ」

 村のパントリーから、鶏に似た『トライバード』の肉、旨味の塊のような『肉椎茸』、パンにも米にもなる万能主食『サンライス』を引っ張り出す。

 包丁を握る。外科志望の指が、肉を等分に落としていく。ヨーグルトとスパイスでマリネ。玉ねんねぎを飴色になるまで炒め、生姜とニンニクを加え、トマト缶を入れて煮詰める。バターを落とす。

 ジュワァァァッ――。

 その瞬間、厨房の空気が変質した。

   * * *

「な……何この匂い!?」

 リビングでキャルルの耳が限界まで直立した。

「甘い……のに、鼻の奥がツンとして……なのにお腹が鳴るわ……!」

 ルナが優雅な仕草のまま、椅子ごと厨房ににじり寄る。

 そして。

「うっ……うぐっ……」

 リーザが、パンの耳を握りしめたまま、涙をぼろぼろとこぼしていた。

「なんで泣いてんだお前」

「わ、わかんない……でも、この匂い嗅いだら、なんか、涙が……」

   * * *

「――特製、肉椎茸とトライバードのバターチキンカレーだ」

 深皿に注がれた黄金色のルーと、ふっくら炊き上がったサンライス。テーブルに並べた瞬間、四人が一斉に息を呑んだ。

「い、いただきます……はむっ」

 キャルルがスプーンを口に運んだ。

 兎の耳が、ビクゥゥゥンッ、と天井に向かって跳ねた。

「おいしぃぃぃぃぃ!! 何これ!? 辛いのに甘い! お肉が信じられないくらい柔らかい! 肉椎茸の出汁が全部溶けてるわ!」

「まあ。大地の恵みが、知らない魔法で作品になっているわ」

 ルナが上品に微笑みながら、凄まじい速度でスプーンを動かしている。

「はぐっ、んぐっ、あぁぁ……あったかい……お肉が……お肉がぁぁぁ……!」

 リーザに至っては、皿に顔を突っ込む勢いで泣きながら掻き込んでいた。

「ちょっと待ちなさいよ! 私の分は!? ねえ私の分!」

 ルチアナが芋ジャージの袖をまくって参戦し、テーブルは一瞬で戦場と化した。

『ピロリン♪』

【善行判定:極限の飢餓状態にある生命を、手料理によって救済しました】

【獲得:+500 GP】

「……は?」

 優太は目を疑った。

 皿洗いが1GP。溝掃除が50GP。飯を食わせただけで五百は、明らかに桁がおかしい。

 優太はゆっくりと、空の皿を差し出してくる魚人の少女を見た。

「あ、あのっ……優太さん。もう一杯だけ、いただけないでしょうか……!」

 優太は無言でおかわりをよそった。

『ピロリン♪ +100 GP』

「……マジか」

 この村には、食わせるだけで人命救助級のポイントを産出する、歩く飢餓状態が存在する。

(勝った。こいつを餌付けし続ければ、ポイントは無限だ)

 優太が邪悪な笑みを浮かべかけた、その時。

「ねえ、ユウタ」

 カレーで口の端を汚したキャルルが、皿を置いて真顔になった。

「明日の朝、村の診療所を見てほしいの」

「診療所? あるのか」

「あるわ。……あるだけよ」

 兎の耳が、ゆっくりと垂れ下がった。

   * * *

 翌朝。案内された建物の前で、優太は足を止めた。

 扉の外に、二十人以上が並んでいた。松葉杖の老人。膿んだ腕を布で巻いた男。母親に抱かれ、ぐったりと目を閉じた子供。

 そして中には、薬棚も、器具も、消毒液も、何一つなかった。

 あるのは寝台が四つと――昨日、口から血を流しながら回復を繰り返していた、あの村長の椅子だけ。

「……おい。まさかとは思うが」

 優太の声が、低くなった。

「この村の医療、全部あんた一人で背負ってるのか?」

読んでいただきありがとうございます。

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