EP 7
村長が正しくて、俺が間違っていた
村に着いた時には、広場に人が集まっていた。
「先生! 龍魔呂さん!」
リョウが駆け寄ってくる。顔が青い。
「ノノとトトとメルが、昨日の夕方から帰ってこないんだ! 村中探した! どこにもいねぇ!」
「ノノ?」
「ミリィの妹だよ! 七歳の!」
優太の頭に、ぱっと顔が浮かんだ。
街道で、姉の足を必死に持ち上げていた少女だ。あの震える手を、優太は覚えている。
「――全員、聞いてくれ」
優太は広場の中央に立った。声が、自然に指揮官のそれになった。
「今からやることを言う。第一、街道の封鎖。西と東、両方だ。第二、山狩り。日没まで四時間ある。第三、宿の宿泊者名簿の照合」
「宿泊者……?」
「外部犯だ」
優太は言い切った。
「この三日で、村の人口が三倍になってる。素性の分からない人間が数百人入ってきた。人攫いが紛れ込むには、これ以上ない条件だ」
村人たちがざわつき、そして頷いた。
オークを退けた男の言葉だ。誰も疑わなかった。
「よし、班分けを――」
「――違うわ」
声は、静かだった。
だが、広場の全員が振り返るには十分だった。
* * *
「キャルル?」
村長は、腕を組んで立っていた。兎の耳が、真っ直ぐに立っている。
「外の人間じゃない」
「……根拠は」
「三つあるわ」
キャルルは指を一本立てた。
「一つ。私、昨日の夕方、村の外周にいたの。あなたたちが温泉に行ってる間、罠の見回りをしてた。月兎族の耳は、街道の車輪の音を二キロ先から拾えるわ。……荷車も、馬も、走り去る足音も、一度も聞いてない」
優太は口を開きかけ、閉じた。
「二つ。犬が鳴いてないの。村には十四匹の犬がいるわ。全員、余所者には必ず吠える」
三本目の指が立った。
「三つ。あの子たち、暴れてない」
「……なに?」
「ノノは臆病で、大声で泣く子よ。トトは負けん気が強くて、絶対に抵抗する。メルは走るのが村で一番速いの」
キャルルは、真っ直ぐに優太を見た。
「三人が三人とも、声も上げずに、抵抗もせずに、走りもせずに消えた。……そんなことができる人間は一種類しかいないわ」
広場が、静まり返った。
「あの子たちが、疑わなかった相手よ」
* * *
優太は、しばらく黙っていた。
頭の中で、猛烈な速度で反論を組み立て――そして、全部が崩れた。
自分の推論は、「条件」から組み立てたものだ。人口三倍、素性不明、人攫いに有利。合理的だ。教科書通りだ。
だがキャルルのそれは、この村の人間の顔を五年間見続けた者にしか出せない結論だった。
「……ノノは、臆病なのか」
「ええ。診療所であなたに怒鳴られたのも、あの子よ」
優太の胸が、鈍く痛んだ。
「……そうか」
優太は、深く息を吸った。
そして、村人たちに向き直った。
「――全員、さっきの指示は忘れてくれ」
ざわり、と空気が動く。
「俺が間違ってた。村長が正しい」
優太は頭を下げた。
「山狩りも街道封鎖もやめだ。人手を割いたら本当の犯人が動く。……キャルル」
「なによ」
「指揮はあんただ。この村のことは、あんたが俺より百倍分かってる」
キャルルの兎耳が、一瞬だけ、ぴくんと跳ねた。
「……当たり前でしょ。村長なんだから」
だが耳の先が、ほんのり赤くなっていた。
* * *
「――ワテ、心当たりありますわ」
その時、算盤を抱えた猫が広場に飛び込んできた。
「ニャングル?」
「昨日、妙な入金がありましてん」
ニャングルは煙管も吸わずに、帳簿を広げた。
「宿屋のダンはん。あの人、観光客のために増築するて、うちの銀行から金貨四十枚借りとりましてん。返済まであと二年の予定でした」
「それが?」
「昨日、一括で返しよった」
優太とキャルルが、同時に顔を上げた。
「金貨四十枚を、どこから」
「そこですわ。ワテが聞いたら『親戚が死んで遺産が入った』言うてました。……せやけどナカムラはん、ワテは商人ですわ」
猫の目が、細く光った。
「あの人の親戚、全員ポポロ村におりますねん。誰も死んどりまへん」
* * *
「――はいはーい、私の出番ですねぇ♡」
キュララが翼をぱたつかせて割り込んできた。
「バズってた三日間、私、村中を配信し続けてたんですよ。アーカイブ、全部残ってます」
「使えるのか」
「舐めないでください。私は神界の特定班のトップです」
天使は空中に映像を展開した。行列、屋台、店の前。膨大な映像が高速で流れていく。
「……あった。三日目の夕方、十七時四十分。ここ」
映像が止まる。
画面の隅、宿屋の裏口。荷馬車に樽を積んでいる男が三人。
「顔が映ってないな」
「顔なんて要りません」
キュララは映像を拡大した。
「樽の側面に押された焼印。それと影の角度から、荷馬車の車軸の幅。……この焼印、ルナミス帝国の東部で使われてる規格です。車軸幅から言って、この馬車は山道を通れません」
「じゃあ街道を使ったのか。キャルルは音を聞いてないぞ」
「ええ。だから街道は使ってない」
キュララはにっこりと笑った。目は笑っていなかった。
「西に三キロ、廃坑があるんです。三年前まで採掘してた場所。そこなら、村から出ずに荷馬車を隠せます」
「なんでそんなことを知ってる」
「バズる場所を探して、村の周り全部飛びましたから」
* * *
宿屋のダンは、抵抗しなかった。
キャルルが部屋に入って、三分と経たなかった。
「――嘘つかないで」
村長は、静かに言った。
「私、あなたの心音を五年間聞いてるの。あなたが娘さんの熱を心配して眠れなかった夜も、うちの井戸の修理を無償で手伝ってくれた日も、全部覚えてる」
男の肩が、震え始めた。
「……村長、俺は」
「今、あなたの心臓、めちゃくちゃに乱れてるわ」
ダンは、床に崩れ落ちた。
「すまねぇ……! すまねぇ……!!」
* * *
男は泣きながら、全部を吐いた。
観光バブルを見込んで大金を借りた。だが増築の途中で、バブルは自分の宿には来なかった。行列は全部、鬼龍のマスターと診療所に流れた。
利息だけが積み上がり、首が回らなくなった。
そこへ、樽を積んだ男たちが来た。
「子供を三人、集めてくれるだけでいい。傷つけない。良い家に売るだけだ、って……!」
「あんた」
優太が一歩踏み出しかけて、その肩を、大きな手が掴んだ。
龍魔呂だった。
「殴るな」
「……離せ」
「殴っても子供は戻らん」
優太は歯を食いしばり、拳を下ろした。
――そして、気づいた。
(……この借金は、誰が作った)
観光ブームを起こしたのはキュララの配信だ。診療所と店に人を流したのは、自分たちだ。
あの日「本日休業」の札を出した時、この男は行列を眺めながら、何を考えていたのだろう。
「……クソだな」
「関係ない」
龍魔呂は短く言った。
「子供を売った時点で、こいつが悪だ。理由は言い訳にならん」
「……ああ」
「だが、殴るのは後だ」
* * *
「――廃坑だ。人数は」
「……八人、いや九人です。頭の名は、ボルグって呼ばれてました」
優太は地図を広げた。ニャングルが商会の測量図を持ってくる。キュララが空撮映像を重ねる。
「入口は一つ。坑道は南北に二本。奥に広い空間がある」
「突入は今夜だ。夜明けを待ったら移送される」
キャルルがトンファーを握り、ネギオが長ネギを担ぎ、キュララがハンドバッグからM4カービンを取り出した。
「おい天使」
「はい?」
「なんでハンドバッグからアサルトライフルが出る」
「護身用ですぅ♡」
優太は追及を諦めた。今日は助かる。
* * *
そして、龍魔呂が口を開いた。
この一時間で、初めての言葉だった。
「――ダン」
「ひっ」
「一つだけ聞く」
男の顔から、血の気が引いた。
声そのものが、変わっていた。
「向こうに、子供はいるか」
「え……?」
「攫われた三人以外にだ。あいつらの側に、子供がいるか」
ダンは震えながら、記憶を辿った。
「……い、います。ボルグって男が、小さい女の子を連れてました。五つか六つくらいの……。娘だって、言ってました」
沈黙が、部屋を満たした。
優太は、隣の男を見上げた。
龍魔呂は、目を閉じていた。
そして、低く、短く言った。
「――なら、俺は行けん」
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