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盟約の血族  作者: 紫乃月 聖巴


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02. レセーラの決意

 レセーラは事実を知っても夫を問い詰めることはしなかった。

 それはあまりにも苦しい決断だった。

 夫の裏切り、我が子でもない子の存在を知りながらも黙って受け入れる。

 それは母として当主として耐え難い屈辱でもあった。

 レセーラは執務室にこもり、涙を流した。 


 未来を視る力は、時には彼女に残酷なまでの真実を突きつけた。

 だがその真実にどう向きかうかはレセーラ自身が決めなければならない。

 力は道を示しても心の痛みまでは取り除いてはくれない。

 それはレセーラが誰よりも分かっていた。


 それでもこの決断をしたことは後悔はしない。

 なぜなら、その先には彼らにとっては絶望しかないのだから。


 それからは、これから起こるであろう未来のために証拠を集めていった。

 そして集めたそれを王家と他の公爵家とも共有をした。


 レセーラは夫とは決別する道を選んだ。

 もう情を通わせようとすることもやめた。

 表面上は、良い妻を演じた。

 そしてクワッソの子供を産むつもりはなかったので、避妊をした。

 夫は気づかない。



 そんな中で、幼い頃からずっと傍にいて守ってきてくれた男がいた。

 名は、アステト。

 レセーラが少女だった頃からの幼馴染であり、護衛だった。


 剣の腕は確かで、少し寡黙だったが誠実な男だ。

 どんな時でもレセーラの理解者でもあった。


 ある夜、遅くまで執務をしていたレセーラは、庭で夜風に当たっていた。


「ご当主様。それではお体に障ります」


 そう言い、アステトの上着を肩にかけてくれる。

 当主を思い、細かい気遣いを見せた。


「……いつも、ありがとう。アステト」


 レセーラは後ろを振り向き、アステトに微笑んだ。

 アステトはいつものレセーラとは違い、何か思いつめているような印象を受けた。


「……何か、お困りごとですか?」

「ええ、少しね……アステト、少しいいかしら?」


 二人は静かに屋敷の中に戻った。




 アステトがカディストロ公爵家に仕えるようになったのは、レセーラが五歳で自分が十歳の時だった。


 父が先代当主の護衛だったこともあり、自分も護衛になるために父に鍛えられた。

 時々、レセーラの会話相手になることもあった。


 彼女の周囲にいることが多くなり、彼女のことになるといち早く気づくことが出来た。


「お嬢様、隠しているものを出してください」

「……よく気づいたわね。うまく隠せてると思ったのに」


 レセーラは厨房にあった果実を持ち出して食べようと手に隠していたが、アステトに見つかった。


「アステト。ちょっと、しゃがんでくれる?」

「はぁ……」


 アステトは素直にしゃがんだ。

 二つ持っていた果実の一つを無理矢理、アステトの口に入れた。

 そして自分も食べた。


「ふふ、これで共犯ね!」

「……もう、こんなことしてはいけません」

「は~い」


 カディストロ夫妻が流行り病で亡くなり、若くして当主になったレセーラ。



 ある時、隣国との交渉のために遠く離れた砦へ赴いていたレセーラは、猛吹雪に見舞われていた。


「これ以上進むのは危険です!」


 他の騎士達と吹雪の中はぐれてしまい、近くの小屋で二人きりで夜を明かすこともあった。


 燃える暖炉の火を見つめながら、レセーラは呟いた。


「……なんだか、アステトがいるだけで安心するのよね」

「あなたを安心させるのも護衛の役目です」

「ふふ、いつも頼りにしているわ」


 レセーラは自分が守るべき主と誓っている。

 だがそれだけではない。

 彼女は自分が思いを寄せている大切な女性でもあった。

 それは誰にも打ち明けるつもりはなかった。

 護衛として己の分をわきまえなければならない。

 たとえ、レセーラが自分を見つめる眼差しが、自分と同じようなものだったとしても……。


 彼女はいずれ夫を迎える。

 それは覚悟の上だった。

 自分は生涯誰とも結婚はしない。

 彼女だけを愛し続け、守ろうと決めていた。


 実際に、レセーラが夫を迎えててもアステトの立場は変わらずに護衛の位置にいた。

 護衛として彼女を守り続けた。


 婿となったクワッソは護衛のアステトの存在は気にも留めていなかった。


「あれは、忠犬のようだな」


 そう軽く評したことがあったくらいだ。


 クワッソとアンネーラの事が発覚した頃。

 事情を知ったアステトは、執務室の窓辺で声を殺して震わせているレセーラの背中をただ見ていることしか出来なかった。

 慰めの言葉をかけることができなかった。

 そんな言葉を掛けたら、自分の思いが溢れ出てしまいそうだった。


 アステトはクワッソを許せなかった。

 自分が手に入れなった女性を手にしながら、彼女を裏切った。

 俺なら彼女を裏切らないのにと。


「アステト」

「……はい」

「あなたは、ずっと私のそばにいてね……」

「もちろんです」


 護衛として傍にいつづけること。

 それがアステトの決意だった。

 そう思っていた、あの日がくるまでは――。






 庭から戻り、執務室に入った二人。


「ねぇ、アステト……。あなたは、私のことをどう思っている?当主としての立場してじゃなく、一人の女性として聞くわ」

「っ……」


 自分の顔を見つめるレセーラに、アステトの耐えていたはずの思いが、堰を切ったように込み上げてきた。

 彼女の真剣な目に自分を偽ることができなかった。


「……あなたを愛しています」

「嬉しいわ。私も愛しているわ」

「ですが……」

「それでね。私、クワッソ様との子を作らないにことに決めたの」


 アステトは目を見開いた。


「彼は、私を裏切っていた。クワッソ様はこの家に忠義があるわけでもない。そんな血をこの家に入れたくないのよ。だから、あなたとの子がほしいの。あなたの子を生んだとしてもクワッソ様とあなたは色合いは似ている。早々に気づく者はいないでしょう」


 アステトは薄茶色の髪と目をしている。

 この国では一番多い色合いだ。

 レセーラが婿として迎えたクワッソも似た色合いだった。


「っ……。ですが、それは許されないのでは」

「国王陛下からも承諾は得ているわ」

「本当ですか……」

「本当よ。事情があってね、特例で認められたの。今日もクワッソ様はあの女性のところにいるわ、だから……」

「レセーラ様――」


 その夜を境にレセーラとアステトは確かな絆で結ばれた。

 表面上の二人は、それまでとは変わらない主と護衛の姿を貫いた。






 一年後、レセーラの体には新しい命が宿っていた。

 愛しい人との子供が出来て、レセーラはとても嬉しかった。


 クワッソは自分の子だと思って、表面上は嬉しそうにしていた。


「跡継ぎが生まれるのか。喜ばしいな」


 罪悪感はなかった。

 彼は私を騙していたのだから。

 この子は正統な次代の当主となる者。

 たとえ、父の血が誰のものであろうとも――。


 翌年、カディストロ公爵家には一人の女児が誕生した。


「まぁ、女の子ですよ!」


 周囲には歓喜の声が広がった。


 母となったレセーラは額に汗を垂らし、静かに言った。


「この子の名はクシェナ。カディストロ家の次代の当主よ」


 周囲の使用人達は次期当主となる子の誕生を我が子のように喜んだ。

 扉の外で待機していたアステトの目には、誰にも気づかれない感慨深い思いが隠れていた。

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