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俗欲  作者: 九条 九重


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9/10

母親への想いは

次の日も優香が晩飯を作り、三人で囲って食べた。親父はまた早くに食べ終えて行ってしまった。その次の日もそうであった。特別な事もないが新太は優香が来てから穏やかな心持ちであった。それから二週間としない頃、その日は親父が夕飯の席にいなかった、理由は想像に難くない。その事にはあえて触れずにいた、優香の方も分かっている様で落ち込んでいるのを隠しているのが分かった。結局のところ親父の事は放っておいて二人で夕食を楽しんだ。こんな日がもっとあれば良いのにと思った。次の日には親父と昼頃に話した、あの朝日の絵を描いて良いとの事だ。だが今更よいと言われても困る、もうダメなものと思って他の場所を検討している。そう親父に伝えた。

「折角の優香と見た風景を描かなくて良いのか」

思わぬ返事だった、優香はもう覚えていないだろうと思っていたし、それを親父に言うとは、描かざるを得ないと悟った。その夜も親父は夕食の席におらず、新太は優香には優香が来る以前のようになるであろう事を話した。どう受け止めたのか定かではない、ただ久しぶりに静かな食事であった。その夜は風呂から上がると、仕方がないのでまた朝日の絵を下書きから描き直していた。日付が変わりそうな時間になると扉をノックする音がし、開けると優香が立っており夜食を持って来たと言う。部屋に入れると描きかけた絵を見て「新太君は頑張って偉いね」と言い手を差し出してくる、頭に添えられるものと思って半歩寄る、すると首元を抜けて背に手を回されて抱き寄せられた。赤面する新太がその手から抜けようとするのを背をさすってなだめている。そのうち諦めて待っていると静かに離れ、「程々にしなよ」と言って扉を閉めていった。夜食はなぜか味がしなかった。胃に入れるだけで満たされる心持ちがして、本当に母親の温かみを感じたようで嬉しく思った。その後はすぐに眠りにつこうとしたが、親父の言葉が浮かんできて、寝る前にもう少しだけ描く事にした。

それから一週間程経ち、その日は昼頃に起きて一階に降りると優香が昼食の準備をしており、親父はリビングに座って待っている。洗面所に向かっていると途中で優香に止められて。

「昨夜も描いていたの、偉いね」

と抱き寄せられる。新太ももう離れようとはしない、だが変わらず顔を赤くしている。それが済むと洗面台で顔を洗う。リビングでは優香が昼食を机に並べている。親父が早々に食べ終えて自室に戻ると二人の雑談が始まり、和やかな食事をする。それが済むと優香は買い物に出掛けて行った。新太はテレビを眺めながら茫然と絵に戻らなくてはと思っていた。正直に言って絵の進みは良好とは言い難い。親父の言葉が尾を引いて色々と考えてしまう。すると親父が出て来て絵の進捗を聞いてきた。噓は有効ではない、部屋に入られたらすぐにばれる。新太は正直に答えた。すると親父に怒鳴られた。当然のことだが久々に受けると凄い迫力がある、また感情的過ぎて要領を得ない。簡単に説明するなら、次の作品は賞に出すものらしく期限があるから急げとのことだ。流して聞いているとそうはいかないような事をまた突然に言う。

「完成させたら優香とヤラせてやる」

正気を疑うような発言だが何も言えずに固まっていた。しかもどうやら随分と間抜けな顔でもしていたらしい。

「ほらな」

親父は笑った、こんな笑顔は久々に見た。新太の絵が高く売れるようになった時にも、こんな欲に塗れた顔をしていた。それにしてもこんなにスムーズに話が進むものだろうか、今までの苦労が馬鹿馬鹿しく思える。親父の方は機嫌が良さそうだ、言いたい事は一通り言い終えたらしく、今度はテレビを見始めた。新太はまだ間抜けな顔して固まっている。だがいつまでもそうしている訳にもいかない、二階に戻って絵の続きを描き始めた。気付けば夕飯時になっていたようで、優香から扉越しに呼ぶ声がした。すぐにでも出ようと思ったがやはり親父の言葉が気がかりでならない。怒って感情的に変な事言っていただけの可能性が高い、実際にはそんな事にはならないだろう。そう思ってもやはり意識してしまう、今までの想いは母親としてのものではなかったのか、そう問われた時そうだと答えられないだろう。それが親父の前で露呈した事実、自分を醜く思う。

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