7.美味ゃあ!
7.美味ゃあ!
前回の、姚子の単なる野次馬根性から始まった侠兎の調査は、思いも寄らぬ展開
を見せ、その裏側に秘められた暗い闇を曝いてしまった。
まさか、いじめの復讐に妖怪の力を借りていたとは、誰一人として想像もしてい
なかったし、更には、その願掛けの代償に命を差し出す契約までしていたなんて、
ノストラダムスでも予想出来まい。
こんな事は、蓋を開けてみなければ絶対に分かりようがない。
妖怪に取り憑かれて死にかけているいじめの被害者に対して、侠兎はそれが妖怪
との約束だからと関与しない方針を貫いたが、姚子にはどうしても納得出来なか
った。
重機一美は犯罪の被害者なのだ。
加害者が罪を償うのは当然としても、被害者は何も悪くないのに何故に死をもっ
て収束としなければならないのか。
そんな解決法のどこに正義が存在すると言うんだ。
翌日、枢家を訪れた墨松子は、姚子の熱の籠もった説明を、神妙な面持ちで聞い
ていた。
一方の侠兎は、自信たっぷりに昨夜と同じ主張を繰り返すのみであった。
そこから導き出した彼の答えは、姚子の期待を裏切るものだった。
「侠兎の理屈ももっともだし、姚子ちゃんの感情も分からぬではない。
二人の意見の相違は、論点の違いから来るものなんだね」
「論点、ですか?」
「姚子ちゃんはいじめの被害者と加害者という視点で話しているけど、侠兎は人
間と妖怪の約束について論じている。
どちらも間違っているとは言えないよ、その意味ではね。
では、その被害者が妖怪に願掛けした事を、別の対象に置き換えてみたらどう
だろう。
頼んだ相手が妖怪ではなく人間だったとしたら」
「そ、それは・・・」
「立派に殺人罪が成立する事になるね。
相手が誰であろうと、依頼して3名もの命を奪ってしまったのは事実で、この
罪から逃れられる事はないよ。
だから、その子は自らの命でそれを贖おうとしたんじゃないのかな」
「・・・・・」
「その事も踏まえて、仮にその子の命が助けられたとして、これから先を幸せに
暮らしていけるだろうか。
ずっとその罪を背負い続けながら生きていかねばならない事になる。
彼女がそれを望むだろうか。
または、いじめていた3人がその責を負うのは至当としても、それが最も重い
死をもって償わねばならないほどのものなのかという議論も生じる。
更には、他殺だったという事実を知れば、遺族には当然被害者感情が芽生える。
いじめの被害者と加害者は、今度は殺人の加害者と被害者になるんだ。
事件化され、その子は書類送検され裁判で有罪判決を受ける。
さすがに妖怪を人間の法で裁く訳にはいかないけど、主犯である人間は罰を免
れない。
法治国家たる日本では、どんな結果であれ法の下では平等でなければならない
のが原理原則だよ。
だが残された家族はどうなる。
とてもではないが、平穏に暮らしていけるとはならないだろうね」
松子の言葉が、姚子の心に深く突き刺さった。
てっきり同調してくれるものだとばかり思い込んでいたので、こんなにあっさり
とこてんぱんに論破されてしまうとは思ってもいなかった。
しかも、整然と論理的に。
反論の余地さえない、或いは反論しても無駄だとすら思えるのだが、何か言い返
したいと思わずにはいられなくなった。
(頭のいい男の人って、すぐ理論武装するんだよ・・)
「じゃあ、墨さんもあの子がこのまま死んでも構わないって考えてるんですか?
いじめさえなかったら、あの子は絶対こんな事にはなってないと思います」
「そうだろうね。
全ての原因はいじめを始めた方にある。
しかし、その子は最も重要かつ早急にするべき対応を取らなかった。
誰にも相談しなかった。
誰かに相談するのは恥ずかしい事だと思うかも知れないが、恥ずべきはいじめ
た方であって、いじめられた側には負い目を感じる理由はどこにもない。
相談さえしていたら、展開はまるで違うものになっていたはずだよ。
為すべき事を為さずに、結果として最も過激で非道徳的な解決法を選択してし
まった。
そうは思わないかい?」
「それは・・そうなんですけど・・・」
「でもまあ、僕も一応教育に携わる者の末輩として、姚子ちゃんの人道的見地も
十分理解出来るから、一度その猿の妖怪に会って話してみたいとは思うよ。
今夜にでも行ってこよう」
「は、はい・・、是非、お願いします」
姚子は、心の中にしっくりしないもどかしさを残しながらも、それ以上食い下が
るのをやめた。
一応、姚子の気持ちに配慮して妖怪に会って話をしてくれると言うのだから、こ
こらで矛を収めるのが適当だろう。
墨松子という人は、誰に対しても同じような対応しか取らない人なのだろうか。
冷静沈着で理路整然、泰然自若にして質実剛健。
そうだとしたら、彼にとって姚子は特別でもなんでもないただの人という事にな
ってしまうのか。
(それってなんだか、ちょっと淋しい・・・)
更にその翌日、学校から帰宅した姚子を待っていたのは、意外な結末を知らせる
松子だった。
「残念だけど、手遅れだったよ」
「へ?」
「その一美という女の子は、一昨日の朝、死亡が確認されたそうだ。
時間的には、侠兎が病院を離れた翌朝になるだろう。
もし、その時妖怪を退治していたとしても、救うのはほぼ不可能だったという
事だね」
「そ、そうだったんですか・・・」
(死んじゃったのか・・・、可哀相に・・)
この報に、姚子は肩を落として打ち拉がれた。
散々いじめられた挙げ句、自分の命を犠牲にしてまで復讐を願わずにはいられな
かった一美が不憫で堪らなかった。
元の生活に戻すのは不可能としても、せめて命だけは取り留めて欲しいと思って
いたのに。
この前のおずんの一件に次いで、またしても何も報われない現実というものの非
情さを目の当たりにした気がした。
一緒に聞いていた侠兎は、その時系列に疑問を持った。
「じゃあ、あの山猿の野郎は俺達が帰った後で病院に舞い戻って来てたってのか」
「いや、そうではないそうだ。
あの日はその子の死を見届けるために赴いただけで、その炭猴という名の妖怪
は、既にその日が最期になるだろうと察していたそうだよ。
そこへお前達が現れたものだから、騒動に巻き込まれまいと思って帰ったと言
っていた」
「へぇ~、死ぬのを確認しようなんて、律儀な物の怪もいたもんだな」
「命を懸けた願いだからな、最後までそれに報いようと礼を尽くしたんじゃない
のかな」
「フン、猿のくせに殊勝な事をする」
「祠を塒にするくらいだからな。
土地神や山の主などではないようだが、人間というもののなんたるかを多少は
理解しているという事なのだろう」
「奴はそんなに人間と深い関わりがあるのか?」
「以前は、と言ってもかなり前には時折そういう事もあったらしいが、今ではも
うすっかり忘れ去られた存在になりかけていたところへ、今回の願掛けがあっ
たそうだから、少なくとも人に害を為す類の妖怪ではないのだろう」
「聞けば聞くほど便器の野郎より遥かに土地神っぽいな」
これで、良かったのかも知れない・・・。
一美の願いは成就せられ、いじめっ子達は罰を受けた。
彼女はそれで満足したんだ、きっと。
この上真実を詳らかにしていたずらに混乱を引き起こす事は、誰も望んでいない
はずだ。
川飯恋愛の両親は納得しないかも知れないが、一美の犯行が立証されない限りは
疑惑の域を出る事はない。
ならば、このまま静かに幕引きを迎えた方がいい。
今はそう思うしかないだろう。
それが本当の正義かと問われれば、胸を張ってそうだと言い切れる自信はない。
だが、人道に悖る行為をした者が報いを受けたのだから、その意味においては何
も間違ってはいないし、死者に罪を問うのは自分のすべき事ではない。
姚子は、哀れな一美の胸中を思い遣りつつ、感慨深げに呟いた。
「そっか、死んじゃったのか・・・。
もうすぐ十五夜なのに、それも見られなくなったんだね・・・」
「ジューゴヤってなんだ?、秋の新作深夜アニメか?」
「お月見の事だよ」
月見と聞いた侠兎は、徐に何かを思い出し、遠くを見るような眼で窓の外の日没
間近な空を覗き込むように眺めた。
「あ~月見かぁ・・。
そういや思い出すなぁ、俺も崑崙山にいた頃よくやったわ。
満月眺めながら酒飲んで団子食ったっけ」
「あんたお酒飲めるの?」
「別におかしな事はなかろう、お子ちゃまなおみゃあと一緒にするなよ」
言われて初めて気が付いた。
年齢不詳に加えて性転換までしちゃってるからまるっきり頭の片隅にもなかった
が、侠兎が天界の住人なら酒くらい飲めてもなんの不思議もない。
外見は未成年の美少女でも、中身はエロ神人だったんだ。
よくぞ今まで誰にも酒の話を持ち出さないでいたものだ。
もし、家族の前でそんな事を言おうものなら、余計に面倒な事になって体裁を繕
うのにあたふたしている自分の姿が簡単に想像出来てしまう。
「だって、今まで一度もそんな事言わなかったし」
「なんでそんな自慢せにゃならんのだ」
「よくお父さんの晩酌につき合ったりしなかったわね、今まで」
「そうだな・・、この体になってからは全く飲みたいとも思わなくなったな。
元からそんな好きって訳でもなかったし、天のジジイ達と違って酒が生き甲斐
な訳でもにゃあしな。
あんなアル中共を見てると、人生損してる事に気付かんのかって思わずにはい
られなくなる。
飲んだくれてたらそれで満足なんて、アホらしいとは思わんか」
「じゃあ、上にいた時は一人でお月見してたの?
案外風流だったんだね、あんた」
「アホか、女と一緒に決まってんだろ。
毎回違ってたから名前までは憶えてにゃあけど、満月に照らされた女の望月が
見事に映えるんだなこれがまた」
「意味分からん」
(どうせエッチな事だろうけど)
「なら今度の満月は一緒に月見するか姚子。
おみゃあはナミのコスプレな」
「なんでコスプレ!」
「いいじゃん、俺あんな女が好きだ。
ナァミすわぁ~んってやらしてくれよ」
「誰がやらすか」
秋めいた話題で締め括りを迎えたこの一件の終わり、偶然にもこの日の晩ご飯は
枢家の本年度初サンマの日だった。
一緒に食卓を囲んだ侠兎は、一摘み口に入れた途端に大声を上げる。
「美味ゃあ!
なんだこの美味ゃあ魚は、なんて名前だ姚子」
「サンマだよ」
「なぬ?、サンマとな。
サンマって人の名前じゃにゃあのか?、明石家」
「言うと思った。
漢字で秋の刀の魚って書くんだよ」
「読めんぞ。
日本人は漢字の読み方をねじ曲げるのが好きなのか?」
「私に聞かないでよ。
でも意味を合わせて漢字を当てるのは好きかも。
無花果とか向日葵なんかもそうだし」
「キラキラネームもそうだろ」
「う~ん、あれはちょっと違う気がするな。
無理矢理感あり過ぎて共感出来ないよ」
「それにしても美味ゃあな、なんでこんな美味ゃあ魚が今まで出なかったんだよ」
「そりゃサンマの旬の季節だからね、秋は」
「秋にしか獲れん魚なのか?」
「うーんどうだろう、海流とか回遊とかのタイミングじゃないのかな。
ちょうど日本の近海にやって来るのがこの季節だったとか」
「そうなのか、どうりで食った事にゃあ訳だ」
「秋は他にも美味しい物がいっぱいあるからね。
栗でしょ、マツタケでしょ、あと梨とかブドウとか・・・、もう少し寒くなっ
てくるとサツマイモもいいんだよね」
「マツタケってなんだ?」
「キノコだよ、ものすごく高いけどすんごい美味しいの」
「シイタケより美味ゃあのか?」
「そりゃまあね、1本1万円とかするもん」
「いちまんえんってどのくらいだ?、唐揚げ何個食える?」
「あんたの金銭感覚は唐揚げ基準か。
えーっとね・・、だいたい100個くらいかな?」
「なに!?、100個もか!
すげーなマツタケ、1本で100個か・・。
今度作ってくれ、俺も食いたいぞ」
「簡単に言うな、そんな高い物滅多に買える訳ないでしょ。
ていうか、あんたも女の子なんだから料理くらい自分で作れるようになんなさ
い」
「バカモン、料理は上手ゃあ奴が作るから美味ゃあのだ。
俺は食う方にしか興味がにゃあ。
興味のにゃあ奴が作ってまともな料理になるか」
「変な屁理屈で逃げるな」
「よーし、秋の味覚全制覇だ、満喫しちゃうぞー」
(勝手にやれ)
<続>




