5.それを早く言え
5.それを早く言え
あれから数日。
姚子は、毎日学校から帰ると侠兎にその日の成果を尋ね続けていた。
それなのに、侠兎はどういうつもりかいつも全く調査などしておらず、一向に変
わる事のないぐうたら生活のままで、とりわけこの日などは、あろうことか姚子
の部屋で勝手に箪笥を引っ掻き回して、中の下着だけを全部外に出しては品評会
を開催しているというやりたい放題お騒がせっぷりだった。
「ウキャーッ!、なにやってんのあんた!!」
「おう、おかえり姚子」
「人の下着勝手に広げないで!、誰がそんな事していいって言った!」
「いやぁ、おみゃあTバック持ってなかったっけなぁと思ってな、ヒモのヤツと
か」
「持ってる訳ないでしょ、早くしまえ」
「なら今度一緒に買いに行こうな、俺が選んでやるよ」
「買わないわよ要らないのに。
んもう最低だよ、なんなのあんた、なに考えてんの、ひとりミニオンズか」
ほとほと呆れて嫌になり、姚子はとうとう頭を抱えてしまった。
これまでにも似たような被害は何度か被っていたが、今回のは過去最大規模でま
さに全出しレベルだったため、もはや怒りを通り越して呆れると同時に感心すら
してしまう。
よくぞここまで人の気に障る事を平気で、しかも度々繰り返す事が出来るものだ。
これが男の本性なのか。
だが、侠兎には侠兎で、これが考えあっての事のようなのだ。
それが何かは後になって判る。
「その様子じゃ今日もやってなさそうね、もういい加減ちゃんと調べてよ」
「そう目くじら立てるな、慌てる坊主は貰いが少にゃあぞ」
「私は坊主じゃない」
「何を言う、俺の姚子たんはヌルヌル坊主だぞ、ヌメってテカってヌールヌル」
「俺のって付けるな、勝手に命名するな、変な節で歌うな。
真面目にやる気がないんなら唐揚げ食べ放題もなしだよ」
「待てこら、約束を違えるのは卑怯だぞ」
「違えてるのはそっちでしょ、あんたが約束を実行しないからよ」
「履行しとらんように見えるのは俺が利口だからなんだな」
「韻を踏むな、あ、オヤジギャグか。
とにかく、働かざる者食うべからずだからね」
「クックック、それを浅はかと言うのだよお嬢たん。
俺がここで昼寝してようが、おみゃあのパンツでムラムラしてようが、調査は
水面下で着々と進行中なのだ」
「は?、水面下?
って事は、あんたまた誰かにやらせてる?」
「別に構わんだろ、どうせポイントがもらえる訳でもなし。
手近にお誂え向きな奴がいるんなら、そいつ等にやらせた方が手っ取り早い」
「穏便にって言ったのに、あんまり大っぴらにされても困るんだけど・・、誰に
頼んだの?、またあの妖怪?」
「杼弥とマラサイ」
(あ~あの二人か)
「まだこの辺にいたんだ、もうどこか別の所に行ったと思ってた」
「俺もそう思ったんだが、便器に探させたらすぐ見つけてきたわ」
「大丈夫なの?、よくあんたなんかの頼みを聞いてくれたわね」
「ジジイはともかく杼弥は頭が切れる。
損得勘定で動く奴は状況判断が命綱だ、俺に従う方が得だと思ってるうちは動
いてくれるさ」
「信用出来るの?」
「別に、裏切られてもこっちに失う物は何もにゃあからな。
あと何日か待ってれば、何か情報を持ってくるんじゃにゃあの?
ヤフーは寝て待てだ」
「待ったら検索ワードランキングに出るんか!」
更に待つこと二日後の午後、ようやく待望の情報がもたらされた。
姚子が帰宅すると、それを待つように、家の前で侠兎と笨杼弥という地仙の少年
が立ち話をしていた。
侠兎も一応気を遣ったようで、部屋主の留守中に来客を乙女の閨裏に入れるのを
憚ったのだという。
珍しく殊勝な事をすると思いながら、二人を部屋へ招き入れ、杼弥の持ち帰った
情報に耳を傾けた。
杼弥は、子供らしい見た目そのままの声ながら、口調や言葉遣いは全然子供らし
くない。
「まず、交通事故で死んだ二人については、警察はもう事故で処理しちゃってる
から、そこから先へ進む事はないと思うよ。
ご近所の中には納得してない人もいるみたいだけど、事故に不審な点がない以
上は誰も文句は言えないからね」
「関連はないって事だな」
「そういう結論になってるね。
だから、まず自殺した人の方から調べてみたんだ。
その人の名前は川飯、恋愛と書いて“れな”と読む。
川飯恋愛、いわゆるキラキラネームだね」
「なんだキラキラネームって」
「語呂合わせって言うか当て字って言うか、普通は読まない漢字を強引に読ませ
ちゃうんだよ。
例えば、大空と書いて“ゆめ”と読ませたりね」
「じゃあ、花って書いてブーゲンビリアって読ませてもいいんか?、翼って書い
てキャプテンとか」
「大袈裟に言えばね。
さすがにそこまでな名前を付ける親はいないと思うけど」
「川飯って姓からして既にキラキラしてるもんな。
それじゃ名前もキラキラさせるかって考えても無理はにゃあな」
「どうやらその人がリーダー格だったみたいだね、3人の中で」
「他の二人は取り巻きだってか」
「それはどうか分からない、いじめではそういう立ち位置になってただけかも。
いじめは時と場合によってはもっと多くの人が関わったりした事もあったみた
いだけど、いつもその3人が中心になってたのは確かで、クラスの中じゃみん
な知ってたってさ。
でも、その恋愛って人がそんなに危ない人かって言うとそんなでもなさそうで、
それ以外では特に表立って問題を起こしたりとかはしていない。
ちょっとやんちゃ系というかイケイケ風ではあったけど、どこにでもいる感じ
の人だったって。
ただ、いじめに関しては、その人が率先して一番に動いてたのは間違いないそ
うだよ」
「それは誰に聞いた」
「同じクラスだった男子生徒だよ、そこに辿り着くまでに時間がかかったんだ」
「聞く相手さえ見つかれば、後は方術で喋らせるだけだからな」
「近所の奥さん達の話では、その恋愛の自殺の動機について、両親には全く心当
たりがなく、最初から一貫して事件だと主張してたみたいだね。
だから、警察も現場周辺の防犯カメラ映像をチェックしたり、関係者と思われ
る人物の行動歴を調べてアリバイを確認したんだよ。
結果はもちろん全員シロ。
決定的だったのが、現場となった橋の袂に河川事務所が設置していた水位観測
カメラの映像で、深夜に恋愛が橋に現れてから橋桁を乗り越えて飛び込むまで
の一部始終が記録されてたらしい。
その間ずっと一人だけだった事が証明されてるんだ。
所持品は携帯電話だけだったらしいけど、最後の通信履歴は死亡の3時間前で、
それ以降は電源を切ってたようで、映像にはそれを使っている様子もなかった。
ほぼ躊躇う事なく飛び込んだ感じだったってさ」
「疑う余地なしってのはその事だったのか」
「けど、両親は未だに他殺だと言ってるんだ」
「こんだけ立派に証拠が出揃ってるのにか?」
「一人っ子だったから、相当ショックだったんだろうねって話だよ」
「その親には会えなかったのか?」
「それがなかなか、家の場所は分かったけど直接会うのは難しいな。
ほとんど外に出なくなってるみたいだし」
(一人っ子だったのか・・、それじゃ親にはちょっときついかも)
「ただ、両親の主張にもまるっきり根拠がない訳でもないんだよ」
「なんだ話が違うぞ」
「さっきの男子生徒の話の続きなんだ。
先に二人の友人が死んだ後、恋愛が自分ももうすぐ死ぬかもって呟いたのを母
親が聞いたんだって。
更に、次は私が死ぬ番だ、殺される、助けてって書かれた通信アプリの履歴が
残ってるって証言する人もいる」
「当然警察は調べたんだろ」
「もちろんだよ、交友関係とかみんな聴取してるし、行動確認もしてる。
誰も自殺には関与してないし、仕向けたり強制したりしたも人もいない。
本人は最後の2週間くらいは精神的に不安定になって、相当追い詰められてる
感じで、ほとんど外出しないで部屋に閉じ籠もってたって話だよ。
アプリで遣り取りしてた人達は、思い詰めないようにって忠告して励ましたり
したんだけど、結局こうなった」
「誰も関わってにゃあのに殺される、助けてって書いたのは変だな」
「だから警察はその言葉を別の意味に解釈した。
自殺する、つまりこの世から消える事を、わざとそういう言葉で表現したんだ
ろうって捉えたのさ」
「何のために」
「さあ」
「動機さえはっきりしにゃあってのに、これから死のうって奴がわざわざそんな
アピールするか?」
「ボクに聞かないでくれる?」
たぶんそれは、もうこれ以上捜査するつもりはないという警察の意思表示なんだ
ろうと、聞いていた姚子は思った。
自殺を形骸化させない為に別の言葉に置き換えたと理解して、恋愛を詩人にして
捜査に終止符を打とうとしている。
侠兎と杼弥にそれが洞察出来るだろうか。
話がややこしくなる前に、整理しようと会話に加わった。
「つまり、警察は第三者の関与を否定したけど、家族や友達は何者かの存在を疑
ってるって事なんだね。
その男子は色々知ってるみたいだけど、仲良かったのかな」
「そんなに仲良しって訳じゃないけど、恋愛は通信アプリのグループを複数持っ
ていて、そのうちの一つに入ってたみたいだね。
ただ、彼のグループではそんな危機的な状況だと思わせるような書き込みはな
かったってさ」
娘の自殺には動機がないと主張する両親。
何かに怯えていたと証言する知人達。
後追い自殺なら、前段階で落ち込み思い詰める事はあっても、怯えて助けを請う
事はない。
二人の友人の事故死にショックを受け、情緒不安定になった結果、そこから逃れ
る為に発作的に自殺に踏み切ったとする警察の見解は、果たして正しいのだろう
か。
短気な侠兎は、次第にじれったくなり始めていた。
「そいつ等はそんなに疑ってんなら、具体的な名前の一つも出てこんのか」
「出たよ、重機一美って」
「誰だそれ」
「調べたら、やっぱりいじめられてた側の人だった」
「それを早く言えよ、勿体つけるんじゃにゃあわ」
恋愛の関係者は、やはりいじめの被害者だった一美の関与を考えていた。
彼等にしてみれば、それが動機なき自殺の説明として最も合理的な図式と言える
からだろう。
2件の交通事故は偶然だったとしても、それを利用して恋愛を脅し、恐怖を与え、
自殺に追い込んだのではないか。
「いじめられてた方が最有力容疑者って訳なんだな」
「そんな簡単な話じゃないよ。
警察も調べたけど、その人には鉄壁のアリバイがある」
「鉄壁なのか?」
「これ以上ないくらいにね。
なんでもその人は、夏休みの後半は体調を崩して暫く通院してたらしいんだけ
ど、全然良くならなくて、そのうちだんだん症状が悪化して、結局8月の末に
は入院しちゃってたんだ。
もちろん恋愛の自殺した日も入院してて、病院を抜け出した形跡もない。
病院は24時間働いてる人がいるし、防犯カメラも複数あるからね。
それに、その人には外出出来ない事情があった。
外出どころか、病室から出る事自体が不可能だった。
原因不明の病気らしくて、ずっと眠り続けているんだよ、今でもね」
「ならそいつは夢遊病だ」
「だから無理なんだって。
点滴やらカテーテルのチューブを引き摺って歩き回るのかい?、バイタルの計
測機器も付けたままだし。
そんなので院内の廊下を歩いてたら、ナースコールがなくったって看護師達が
集まってくるよ」
「ベッドに縛り付けられてた訳じゃにゃいんだろ」
「残念だけど、恋愛と一美はお互いの電話番号を知らないんだよ。
どこで何をしてるかも分からない相手の自殺に関与するなんて不可能でしょ」
「誰かが間に入ってれば可能だぞ」
「それがいれば警察の捜査に引っかかってるよ。
一美が不登校になってからは、クラスの連絡網ですら閲覧履歴がないんだ。
通話記録もなし、部屋のパソコンも同様、誰ともコミュニケーションは取って
ない。
完全に孤立無援状態だったんだ。
そしてそのまま眠り病に落ちた。
その事を知っていて、彼女に語りかけ続けたのは、病室を訪れた家族だけだよ」
「なるほど、その家族が犯人か。
娘をいじめてこんな目に遭わせた恨みを晴らそうって動いたんだな」
「その可能性はゼロじゃないけど、限りなくゼロに近いと思うよ。
病気といじめの関連も分からないし、いじめを親に打ち明けていたかも分から
ない。
まあ、不登校になった時点で、親は何かを知ってるはずだろうけど。
その辺りはこれから調べてみようと思ってるけど、たぶん答えはノーだね」
「まさか、本当にデスノート使ったって訳じゃあるみゃいな」
「リュークが実在するならそれも有り得るかもね」
これで、いじめられていた重機一美による直接復讐説は完全に否定された。
病気入院をアリバイとして使う犯罪も、小説やドラマではあるのかも知れないが、
一美の場合はずっと眠り続けているのだから、そのトリックは意味を成さない。
残すは、その親による代理復讐とでも呼ぶべきものだけとなった。
姚子をはじめ多くの者達が疑いを持ったであろう復讐説は、事実を知れば知るほ
ど混迷の度を深めていく。
「マラサイはどうしてる」
「冲駘は別方面から調査してるはずだよ、何か分かったら連絡するように言って
ある」
「調査に託けてまた下着ドロやってにゃあだろうな」
「ボクもあまり期待はしてないよ。
一度捕まったお姉ちゃんを軽んじたりはしないと思うけどね」
一連の話を聞いて、姚子は甚く感心した。
仙術を使える人が調べると、こうも容易く情報が得られるものなのか。
野次馬根性を満たしてくれる話が次から次へと出てくる。
まだ、個々の事情が分かっただけのワイドショーレベルで全体像は見えないが、
確実に核心に近付いている気はする。
次はもっと詳細な内情が聞けるだろうか、期待が膨らむ。
報告を終え、杼弥はスッと立ち上がる。
「じゃあ、ボクは帰るね。
追加情報が入ったらまた知らせにくるよ」
「せっかく来たんだ、晩飯くらい食ってけよ」
「いいよ、遠慮する。
冲駘が家に戻ってるかも知れないし」
杼弥は見た目は少年だが言動は大人びている。
謙虚に一礼して部屋を後にする姿を見て、姚子は一つの疑問を抱いた。
「ところで侠兎、あの人達はボランティアじゃないよね、何を条件にして働いて
もらってんの?」
「それは秘密です」
「なんか怪しいわね。
けど、あんたが下請けに丸投げしたんだから、報酬はあんたが払いなさいよ」
「へいへい、承知しましたわ~」
(こいつ、何か企んでるな)
<続>




