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4.興味にゃー


  4.興味にゃー



前回の一件以来、侠兎は事ある毎にスタンドやら幽奈さんやらと言って、姚子を

からかうようになった。

その度に、ビクッとして震え上がって情緒不安定になり、周囲をキョロキョロ気

にかけては笑われてしまう。

ムッとして苛立ち、同時にその程度の事でいちいち怯えてビクビクしてしまう自

分に落胆する。

侠兎に格好の悪戯の材料を与えてしまった・・・、ストレスが貯まる。

完全に弱味を握られてしまった姚子は、以前にも増してその対応に苦悩させられ、

気分の晴れない日々が続いている。


おまけに、先日学校で体育の時間の前に着替えていた時、クラスの友人達から体

型が変わったねと指摘までされた。

なんというか、休み前より体のメリハリがはっきりしてきたと言われたのだ。

元から丸太ん棒体型ではないつもりでいたので、これにはちょっとショックを受

けたが、よくよく聞けば良い意味で言ったのであって、ウエストが絞れて引き締

まったと褒められたのだった。

特にダイエットもしていないし、スカートがワンサイズ下がった訳でもないので

全く自覚しておらず、これはこれでサプライズ的に嬉しかった。

しかし、そうなった理由として自分の中で思い当たる事といえば、侠兎による例

のあの忌々しい変態的教育指導くらいしかなく、その事実を思うと素直に喜ぶ訳

にもいかず、複雑な乙女心の内側は更に複雑で、簡単に受け入れられるものには

成り得なかった。



そんなある日のこと、学校から帰宅し、喉の渇きを癒やそうとキッチンに顔を出

した時、ダイニングテーブルを挟んで向かい合って座る母と弟の業平の姿が目に

入った。

なんでもない日常的な光景のはずなのに、その時の二人の深刻そうな横顔を見て、

直感的に不安が過ぎった。

その上、姉の帰宅を知った業平は、何も言わずに俯き加減のまま前を素通りして、

階段を上がって二階の自室へ入ってしまった。

何を話していたんだろう。

気になった姚子は、キッチンに残る母に尋ねた。

「なにかあったの?、お母さん」

「うん・・、ナリがね・・・」


いつになく曇った表情の早苗は、徐に手にしていた一枚の紙を差し出した。

「今日これを渡されたんだって、ホームルームの時に」

「なにこれ、いじめアンケート?」

それは、業平の通う中学校の全校生徒に配布されたという、いじめに関するアン

ケート調査のプリントだった。


「ナリがいじめられてるの?」

「私もびっくりしてね、でも本人に聞いたらそれはないって。

 もしいじめられてたら、一人で抱え込んじゃってこんなプリントを親に見せる

 はずがないだろって言われて、ああなるほどそうかって思っちゃった」

「まあ、確かにそうかも」

(でも、それ自体がいじめられてる事を隠す為のブラフなのかも・・・)


「じゃあ、なんでそんな浮かない顔してるのよ」

「だってそれ、保護者記入欄もあるのよ。

 何もないならなんて書こうかって考えてたの。

 パパが帰ったら相談してみようかしら」

「お父さんに分かる訳ないでしょ、夜にちょっと顔合わせる程度なんだから」

「それでも男同士にしか分からないものってあるのよ、意外と」

「ふ~ん、そうなの?」


もしかしたら、本当にいじめられているのかも知れない。

弟は家では学校での出来事などをあまり積極的には話さないので、彼が外でどん

な行動をしているのか、姚子にはほとんど分からないのだった。

小心者ではあれ、犯罪に加担しない倫理観くらいは持っているだろうし、そこは

特に心配していない。

逆に、それがいじめられる要因にもなり得るという現実が不安を煽るのであって、

思いも寄らないところから窮地に追い込まれてしまう事だってある。

彼がそうした状況に陥っていないと断言出来る確証はどこにもない。

ただ、もしもそうならそうで、彼は間違いなくいの一番に弟守護職を自認する侠

兎に相談を持ちかけているはずだが、その侠兎には特段これといって変わった様

子は見られない。

変わらずのほほんと気ままに暮らし、頭の中は食べ物かエロい事ばっかりだ。

姚子の目の届かぬところで何かをしている可能性もなくはないにしても、それを

隠し通せるほど器用な性格でもない。

今頃は声高にその功を自慢して回り、加えてマリーシャにポイントを要求してい

る姿も容易に想像がつく。


(そういえば、今日は侠兎の姿を見てないな)

「ところで侠兎は?」

「さあねぇ、ナリが帰る少し前までは眠いとか言ってたけど、その後見てないわ

 ね」


(まさか・・)

急いで自分の部屋へ行ってみると、案の定ベッドですやすやお眠の真っ最中。

(やっぱりか)

この、ネコのような可愛い寝姿がなかったら、すかさず蹴飛ばして部屋から放り

出しているところだ。


机の上に鞄を置いて、直接確かめようと隣りの部屋をノックする。 コンコン

返事はないが、いるのは分かっているので強引にドアを開けた。

その行為に、弟は不快感を表しむくれる。


「ナリ、いるんでしょ、入るよ」 ガチャ

「勝手に開けるなよ」

「いるなら返事くらいしなさいよ」

「入るなって」

「あんた、本当にいじめなんかされてないんでしょうね」

「・・・・」

「お母さんにそう言ったんでしょ、ウソじゃないんでしょうね」

「関係ない」

「関係なくない、あんただけの問題じゃないんだよ。

 どうせ一人じゃ解決出来っこないんだから」


姚子の言葉に憤った業平は、姉の不躾な態度に堪りかねて本音をぶつける。

「なんでお姉ちゃんはいつもいつも上からなのさ。

 余計なお世話だって」


ドキッとさせられた。

自分はただ弟の身を案じて言っているだけなのに、弟目線ではそれが見下されて

いると映ってしまうのか。

その視点は持っていなかった。

年下で、平素から無口で甘えん坊のくせに自尊心が強くて生意気な弟に、不満が

なかったと言えば嘘になる。

けれども、自分の中では、弟とはそういうものだと割り切っているつもりでいた。

だったのに、その感情が気付かぬうちに、無自覚に言葉遣いや態度に出てしまっ

ていたという事なのだろうか。

弟が、決して対等な立場に立てない事に不条理を感じているとすれば、反抗的に

なるのもむべなるかな。

姉としては、年下なんだからそんなのは当たり前だと一蹴してやりたいところだ

が、それが思春期の弟の男としてのプライドを傷付けているのならば、そこに気

遣いが至らなかった事には理解を示してやるべきだ。


全く意識していなかった指摘を受けて、姚子は自戒を込めて非を詫びた。

だが、ここで引き下がっては自分の疑問に納得は得られない。

「ごめん、悪かったわ。

 でもこっちも心配して言ってんのよ、余計なお世話とか言わないで」

「大丈夫だよ、なんにもないって」

「信じていいのね」

「なんでそんなに信用ないのさ」

「あんたが何も言わないからよ、話さないのに分かる訳ないでしょ」

「別に話す事もないし」

「分かるように話して」

「何を話せって言うのさ」


「何を揉めてんだ二人共、うるさくて寝てらんにゃあぞ」

気付くと、姚子の後ろには眠っていたはずの侠兎が立っていた。

「侠兎・・。

 あんた、ナリの相談受けたりしてないわよね」

「なんのだ?」


姚子はそれまでの経緯を説明してやった。

侠兎は、聞いた側から鼻で笑う。

「心配にゃあよ姚子。

 ナリには俺が付いてる、手を出す奴は全部俺が地獄送りにしてやるよ。

 何か問題があった時はすぐに相談しろって言ってあるからな、ナリの事は俺に

 任せておけ」

「あんたに任せたら拗らすだけでしょ」

「おみゃあに相談したら解決してくれるのか?」

「う、いや・・・」

(厳しいとこ突いてくるな)


「ほらみろ、だからナリはおみゃあなんかに何も言わんのさ。

 無駄な事に費やす時間があるなら他の事に使った方がいいだろ」

「でも・・」

「見くびるんじゃにゃあよ、ナリにだって相談する相手を選ぶ権利はある。

 外に出れば学校の友達やゲーム仲間だっているし、ちゃんと独自のコミュニテ

 ィーって奴を構築してるよ。

 最も合理的で建設的な結論を導き出せる対象を絞るだけの選択肢は持ってる。

 お姉ちゃんだから偉いとか、年上だから知るのは当然だとかってのはおみゃあ

 の傲慢に過ぎんのだ。

 何も出来んくせにすぐ首を突っ込みたがる、女の悪い癖だ」


侠兎の達者な弁舌に、業平は、姉に顔を背けて机に向かって座ったまま、口元を

緩めていた。

自分の言いたかった事、けれど言葉が出てこずに言えなかった事を、真正面から

叩き付けてくれたのが痛快だった。

やっぱり侠兎姉ちゃんは頼りになる。

ただ可愛くておっぱいがデカいだけじゃない、ちゃんと男心を理解してるし、な

により気っ風がいい。


業平に弁護人が現れて立場が弱くなった姚子。

ともかくも、弟がいじめに遭っているのではないかという懸念は、どうやら取り

越し苦労だったと考えて良さそうだ。

そうなると、今度は次第に好奇心の方が強くなっていく。

「それは分かったけど、でもやっぱり気になるじゃない、なんで急にいじめアン

 ケートなんてやるのかなって」


侠兎の登場で機嫌を直した業平は途端に素直になり、姉が知りたがっている事情

を話し出す。

「ウチじゃないんだよ。

 隣り町の中学校が今、大変な事になってるんだってさ。

 それでウチの先生達が急に慌て出したんだよ」


業平が語ったのは、次のような話だった。

それが始まったのは今年の春、新学期と同時だった。

新3年生のあるクラスでいじめが始まった。

いじめられていたのは一人の女子生徒で、いじめていたのも3人組の女子生徒達。

その内容で聞こえてくるのは、ネットでの誹謗中傷、仲間外れ、無視、ノートに

落書きなどだが、カツアゲされたり裸の写真を撮られたりといった事もあったよ

うで、恐らく身体的暴力もあったものと推察される。

そのせいで、女子生徒は1学期の途中から不登校になってしまっているという。


それが、夏休みに入ってから、いじめていた側の生徒達が次々にこの世を去って

しまった。

一人は休みに入った四日後、町の交差点の横断歩道を自転車で走行中、左折して

きたトラックの下敷きになって死亡。

両者共、信号が赤に変わる直前に強引に交差点内に進入した為、確認が疎かにな

った事が原因とみられている。

二人目は、盆の帰省で親の実家へ帰る途中、高速道路で起きた多重事故に巻き込

まれて死亡。

渋滞の最後尾で後ろからトラックに追突され、その弾みで前の車に玉突き、炎上。

運転席と助手席の両親は辛うじて脱出出来たものの、後部座席にいたその生徒は

トラックのバンパーに押し潰された。

そして、三人目は夏休みの最終日、橋から川へ自ら身を投げて死亡。

遺書等は残されていなかったが、現場の状況から第三者が関与した可能性は極め

て低いという。


このように、3人の死亡はそれぞれ個別案件で、そこに因果関係は一切ない。

だが、その人間関係を知る人々は、そこに何某かの力が作用したと邪推せずには

いられなかった。

最大の理由は、全てが夏休みの期間中に起こっているという事実だった。

同じクラスにいた3人の生徒の連続死と、不登校になってしまっている生徒。

これらの現象に関連を疑うのは、ごく自然な発想であろうとする意見を持つ者は

少なくない。

時間もあれば動機もある。

いじめられていた生徒による復讐なのではないか・・・。


そんな憶測を知ってか知らずか、警察の公式発表は、その疑念を完全に否定する

形になった。

一人目と二人目の件は明らかな交通事故であり、現場の目撃証言を合わせても事

件性を窺わせるものは何もない。

特に二人目は、高速道路上という町からかなり離れた場所で発生したものなので、

復讐を疑われた当該生徒が関与するのは不可能だ。

また、三人目の自殺した時間にも、その生徒は別の場所にいた事が複数証言と防

犯カメラ映像等から確認されており、無関係である事は疑う余地がないそうだ。


話を聞いた姚子もまた、その不自然な連鎖に疑問を抱いた一人だった。

「でも、こうも短期間に立て続けっていうのは・・・」

「なんだ?、おみゃあも疑ってんのか?」

「疑うっていうか・・・、普通考えるよね」

「考えたって無駄だろ」

「あんたは何も思わないの?」

「全然、興味にゃあ」

「珍しいわね、こういうの大好きそうなのに」

「経験上、他人様の色恋沙汰やら刃傷沙汰ってのは、関わると必ずとばっちりを

 食らうんだよ」

「色恋関係ないし」

「そもそもいじめってのはあれだ、学校の中のランキング戦みたいなもんだろ?

 勝った方が下を締める的な」

「全然違う、もっと陰湿で残酷だよ」

「どのみち逃げた方が負けさ、自分の居場所ってのは自分で勝ち取るもんだ。

 居場所が欲しいんなら力づくで、どんな手を使ってでも相手を黙らせるしかに

 ゃあのさ。

 勝てばカンクンって言うだろ」

「メキシコ旅行ご招待か!

 極端だなぁ、そんなこと出来る人ばっかりじゃないんだよ」

「だったらデスノートを手に入れたらいい」

「好き勝手言ってろ、どうせあんたには関係ないもんね」

「おみゃあにだって関係にゃあだろ」

「そう言われたら身も蓋もないけど、でもやっぱり気になっちゃうから」

「関係にゃあなら放っとけ。

 偶然ってのは重なる時は重なるもんさ」

「でもさぁ、それってつまり、学校の先生達もいじめと関係があるって考えたっ

 て事でしょ。

 だから急にアンケートとかして、早期発見とかなんとかしようって思ったんじ

 ゃないの?

 ウチの学校でもそんな問題が起こったら大変だから、早めに対処しようって」


なかなか合点の行かない姚子に、業平は更なる情報を付け加えた。

「ただのポーズだけかも知れないけどね。

 後からPTAとか教育委員会に文句言われない為にさ」

「あんたはどっちだと思うのよ」

「知らないよ。

 ただ、三人目の人は二人の仲間が死んだ後、次は自分の番だとかって言って怖

 がってたらしいよ、相当。

 噂ではね」

「やっぱり変だと思うでしょ」

「かもね。

 あっちの中学校は保護者説明会だったりマスコミ対応だったりでてんやわんや

 で、2学期入ったのにもう休校続きだって言うし」


次は自分の番・・・、それは何を意味するのか。

そう遠くない未来に自分も他の二人のように死ぬ事を予期していたという事なの

か。

だとすると、その死は自分の意思というよりは、誰かに仕向けられたものだと考

えられなくはないか。

やはり、3件の連続死には関連があるのではないだろうか。

姚子の中に、新たな欲求がムクムクと頭を擡げてきた。


「侠兎、調べてみてよ」

「何をだよ」

「だから、関係あるんだって、連続死といじめは」

「何を根拠に言っとるんだおみゃあは」

「う~ん、女の勘ってヤツ?」

「ふざけんな、そんな根拠の薄っぺらい適当な動機につき合ってられるか。

 万事屋銀ちゃんでもやらにゃーわ」

「いいじゃない調べてよ、せっかく一日中暇を持て余してるんだからさ。

 絶対裏に何か隠された秘密があるんだよ」

「なんの秘密だよ、ウチで使ってる米が魚沼産コシヒカリだと思ってたら実はブ

 レンド米だったとかか」

「え?、そうなの?、知らない、お母さん隠してたの?」

「あ、やべぇ、ナエちゃんに内緒って言われてたんだっけ」

「ホント?、騙されたぁ~、後でお母さんに文句言わなきゃ」

(言われなかったら全然気付かなかったよ)


「そもそもおみゃあが変な事言うからだ、なんで女ってのは関係にゃあのに興味

 を持つのかね。

 ナエちゃんが情報番組にかじり付くのもそうなんだろ。

 不倫とか離婚とか裁判とか、自分とはまるで関係にゃあのに真剣な顔で見てる

 んだよ、せんべい食いながら」

「まあまあ、そう言わないでさ、もし解決出来たらポイントもらえるかも知れな

 いよ。

 私もマリーシャちゃんに言ってあげるから、あんたにだって損な事にはならな

 いんだって」

「俺を唆してどうする」

「唐揚げ食べ放題付けたげる」


この一言で、一瞬にして侠兎の顔がニヤける。

「し、しょうがにゃあ奴だなぁ、そこまで言うなら可愛い姚子の為に一肌脱ぐか。

 おみゃあも脱げよ」

「なんで!」

「おみゃあの為にやってやるんだからな、調べるだけだぞ、残念な結果でも文句

 言うなよ」

「ただし、あんまり強引なやり方はダメだよ、穏便にね」


自分の味覚が鈍感なのを棚に上げて、一人ほくそ笑む姚子であった。


(ププ、単純な奴め)



                                 <続>



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