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3.目を瞑ったら・・・


  3.目を瞑ったら・・・



目覚めた時、姚子は自分の部屋に戻っていた。


焦り気味にキョロキョロと目を動かし、視界に飛び込んでくる見慣れた天井や机、

カーテン、エアコンなどを見て、自分の部屋のベッドで横になっている事を知る。

心臓の鼓動が聞こえる、手足も動く・・・、良かった、生きてる、戻って来られ

たんだ。

生まれて初めての恐怖体験から無事に生還した事を確かめ、思いっきり愁眉を開

いた。


安心して気が緩んだ時、なにやら部屋の中でガサゴソバリバリ物音がしているの

に気付く。

上体を起こして音の方を見ると、侠兎とマリーシャが座卓の上のハッピーターン

を奪い合っていた。


「あ、それ私のですぅ」

「ひゆふぁ、はひゃいほほがひら」 モグモグ

「食べながら言うと意味不明ですぅ」

「早い者勝ちだって言った」

「いつもいつも一つ多いです皎侠兎」

「いちいちフルネームで呼ぶな、バカマリめ」

「マリーシャちゃんですぅ、マリーシャ様でもいいですよ」

「なんでてめぇ如きに敬称だよ」

「なら可愛い可愛いプリティーマリーシャ様にして下さぁい」

「形容詞増やしてどうする、変身ヒロインか」

「あ、また一つ取ったですぅ」

「黙れ、プリンターマリーシャの分際で」

「プリンターってなんですか?」

「へめぇでひらべろ」

「ハッピータン下さいぃ~」


(どうでもいいけど真夜中に何やってんだ、それ私のおやつだし)


「侠兎、マリーシャちゃん・・」

「おう、起きたか姚子」

「ご気分はどうですか姚子ちゃん」

「ありがとう、おかげでなんとか・・」

「まったく、あれしきの事で泡吹くとか考えられん奴だなおみゃあは」

「・・・だって怖いんだもん」

(思いっきり恥ずかしいとこ見られてしまった)


「世話のかかる奴だぜ」

「でもあれ、本物だったんでしょ?」

「本物って言うか、スタンドだな。

 見えただろ?、背景にゴゴゴゴッて文字が」

「見えるか!」

「まるで役に立ちそうもにゃあスタンドだったけどな。

 せめてハイエロファントグリーンくらい使えるのにしてくれにゃあと」

「漫画ネタやめて」


「スタンドが何か知りませんけど、確かに思念霊体だったですぅ」

「やっぱり!?」

「でも、なんだか訳ありでしたよね、怨念とかではないですよぉ」

「そうなの?」


「まあ、そういうこった」

侠兎は、おずんの経緯について姚子に説明してやった。

数え歳で14、つまり13歳で親元を離れて出稼ぎに出て、不幸にも土砂災害に

巻き込まれるという災難に見舞われて早世してしまった哀れな少女の短過ぎる生

涯を知り、姚子はその儚さに深く同情する。

いつの時代の話なのかは全く分からないが、どんなに避けられない事情があった

にせよ、その年齢でたった一人で働きに出なければならないというのは、自分の

立場に置き換えたら苛酷過ぎて到底受け入れ難いし、その上被災して親にも会え

ぬまま鬼籍に入るなんて、その時のおずんはどれほど悲しかったのか察すると、

辛過ぎて言葉にならない。


「そうだったんだ・・・。

 可哀相な子なんだね、よっぽど一人でいるのが淋しかったんだろうね」

「そうだぞ、それを怖がるなんて失礼過ぎるだろ」

「だって・・」

「おずんも俺達と話が出来て喜んでたんだぞ」

「え?、おずんって名前なの?」

「そうだが、それがどうした」

「変な名前」

「本人が名乗ったんだから間違いじゃにゃあぞ、変とか言うな」

「聞き違いじゃないの?」

「訛ってはいたがな、そうだろマリーシャ」

「はい、確かに訛ってましたねおずんちゃん」

「訛ってたって事は・・・、本当はおじゅんって名前だったんじゃないかな」

「おじゅんだと?」

「たぶんだけど、そっちの方がしっくりするでしょ」

「しっくりせんぞ、おずんの方が似合っとる」

「で、どうなったの?、その子」

「なにが」

「成仏したの?」

「便器に預ける事にした。

 あれでも一応この辺の土地神を自称してるからな、一緒にいれば多少の暇つぶ

 しくらいにはなるだろ」


姚子は、苦難の末に何も報われる事なく絶命したおずんの為に、なにか出来る事

はないかと考えた。

事情を知ってしまった以上は、せめて心穏やかに眠ってもらえるように成仏させ

られる方法などないものかと考えてしまうのは、なにも姚子だけに限られた事で

はあるまい。


「お母さんには会わせてあげられないのかな」

「は?

 おみゃあ何言ってる、あれがいつ死んだのか分かって言ってんのか」

「それは分かんないけど・・」

「母親だってとうの昔に死んでるわ、どこに墓があるかも知らんのにどうやって

 会わせられるよ」

「そうか・・・。

 マリーシャちゃんはどう思う?」

「残念ですけど無理ですねぇ。

 あの子の思念もそう長くなさそうですしぃ」

「なにそれ、どういう意味?」

「実体を伴わずに漂流しているだけの思念霊体というものは、いずれ消滅するの

 ですぅ。

 恐らく、あの子の思念は100年以上もああしてフワフワしていたみたいです

 から、もうそろそろ限界なのですぅ」

「100年前からなの?」

「私の感覚ですから正確ではありませんけど、あの子から感じる圧は決して強く

 はないですねぇ」

「限界か・・・」

「たとえ願いが成就されずとも、限界が来れば消滅するのは摂理なのですぅ」

「その後はどうなるの?」

「別に、何も残りませんよぉ」

「そ、そんな・・・。

 じゃあ、もう何もしてあげられないの?、神様でも?」


姚子の純朴な反応を見て、侠兎は、憎まれ口の一つも言ってやりたくなった。

「どこかにそんな手品師紛いの宴会芸みたいな芸当が出来る胡散臭い神って奴が

 いりゃいいけどな」

「だって、なんだか可哀相過ぎるよ。

 ただお母さんに会いたいってだけなのに、その願いも叶わないまま消えちゃう

 なんて。

 ずっと淋しいの我慢してきたんだよ」

「淋しかろう悲しかろうで神は情状酌量なんかせんぞ」

「だからそこをなんとかって・・」

「そんなに言うんならおみゃあがおずんと一緒に暮らしてやればいいだろ」

「む、無茶な事言わないで」

「なんなら今から便器を呼び出して連れて来させてやってもいいぞ」

「ごめんなさいごめんなさい!、それだけは勘弁して下さいっ!(汗)」

「ハハ、やっぱ姚子は面白いな」


(な、なんか余計な弱味を握られてしまったような気がする・・・)


「姚子ちゃん優しいんですねぇ」

「普通誰でも考えると思うんだけど」

「お気持ちは分かりますけど、こればっかりは誰にもどうにもならないのですぅ。

 それに、おずんちゃん自身も母親にはもう会えないと気付いているはずですよ。

 あの妖怪と一緒にいて寂しさが紛れたら、それで十分なんじゃないんでしょう

 かぁ」


マリーシャは、あまり物事を深く考えない質の性分なのだろうか、至って普通に、

いつも通りの話し方で冷静に無慈悲な現実を言葉にする。

もはや、全てにおいて手遅れなのだと。

おずんの話を聞いてやった事、自分達にしてやれるだけはやった事が、せめても

の救いなのではないか。

それ以上出来もしない何かをやろうとするのは無謀だし、ただの自己満足にしか

ならないのだと滲ませているようだった。

姚子は、遣る瀬ない気持ちになった。

それではおずんの生涯に何の意味があったのか分からないし、本人も浮かばれな

いだろう。


「でも・・・、なんか切ないよ」

「世の中ってのはそういうもんだ、なんでも都合のいいようにはならにゃあのさ」

「それはそうなのかも知れないけど・・」

「だったら考え方を変えてみろ、おずんはあの時死んで幸せだったんだ。

 もし生き残ってたら、死ぬより辛い残酷な現実の中を生きなきゃならなくなっ

 てたかも知れんのだ。

 死んだ方がマシだと思って生きるくらいなら、いっそあの時死んで良かったん

 だと思えばいい」

「それってどんな事よ、死ぬより辛い現実って」

「人によりけりだろ、そこら辺りで折り合いを付けろって事だ」


この時、姚子は初めて神の存在意義というものを疑った。

神の存在が事実だとしても、一体何の為に存在しているんだ。

何もしないでただ見ているだけなのか。

これではいないのと何も変わらないではないか。

神様って一体何だ。

以前、侠兎が言った神は人を救わないという言葉が、リアルに突き付けられたよ

うな気がした。


(後味悪過ぎるでしょ、こんなの)


ただ一つ、認識を新たにしなければならないと思ったのは、これまで意味もなく

闇雲に怖がっていた幽霊というのは、誰もなりたくてなったものばかりではない

という事であった。

個々それぞれに事情を抱え、単に恨み辛みだけが幽霊と化す動機たり得ないのだ

と知り、一括りにして恐れるのは行き過ぎた誤解だったのかも知れないと考え直

す転機にはなったような気がする。

(でも怖いものは怖い、どう転んだってそれは変わらない・・)


釈然としないものを残したまま話が止まって、部屋に暫しの静寂が訪れた。

それを見計らったかのように、マリーシャが立ち上がる。

「じゃあ、私はそろそろ帰るのですぅ。

 あ、お見送りは結構です、紙テープで別れの握手なんて演出も不要ですよぉ」

「誰がそんなまどろっこしい事やるか、さっさと失せろアホマリー」

「あ、ちょっと待ってマリーシャちゃん。

 プレゼントがあるから」


姚子は、勉強机の上に置いておいたポシェットをマリーシャに手渡した。

「これを?、私にですかぁ?」

「うん、あったら便利かなぁと思って」

「もらっちゃっていいんですか?

 嬉しいですぅ、感激ですぅ、とっても可愛いですぅ、ありがとうございます姚

 子ちゃん」

「じゃあそれに残りのハッピーターン全部詰めて」

「あ、俺のハッピーターン!」

「あんたはいつでも食べられるでしょ」

「なんて親切なんでしょうありがとうございますぅ。

 やっぱり姚子ちゃんはとってもとってもいい人なのですぅ、1万ポイントあげ

 ちゃいまーす」


思わぬ贈り物をもらったマリーシャは、満面の笑顔で姚子にハグして感謝の意を

表す。

ちょっと照れくさそうな姚子。

その様子に異を唱えるのは侠兎。

「ちょっと待てバカマリ、1回1ポイントちゃうんか、前にそう言っただろ、そ

 れを親不幸って言うんだぞ」


(言わない言わない、それを言うなら不公平だ)


「そんな事はありませんよぉ。

 なぜなら姚子ちゃんは既に9,999ポイント持ってたからでーす」

「ウソつけこのアホが。

 姚子がそんなにポイント持ってるなんて初耳だぞ、勝手に作ってんじゃにゃー!

 そもそも姚子にポイントなんて要らんだろ」

「なら姚子ちゃんもポイント貯めて変態愚劣悪魔を撲殺する武器でも手に入れま

 すかぁ?」

「いやそんなの要らないから」

「さっさと帰れ!、このアホが」

「それでは皆様、おやすみなさいなのですぅー」


マリーシャが消え、静かになった部屋には姚子と侠兎が残った。

「じゃあバカも帰った事だし、一緒に寝ようか姚子」

「う・・・・・」

(こいつと寝るのは嫌だ・・、でも一人で寝るのはもっと嫌だ、今日だけは)



翌日の姚子には、学校での強烈な睡魔との戦いが待っていたのは言うまでもない。

なんとかそれを乗り切って、家に帰ると墨松子が訪れていた。

松子は既に昨夜の話を聞いたようで、リビングで侠兎に苦言をこぼしていた。


「まったく、お前という奴は、姚子ちゃんを危険に曝すなと何度言えば理解する

 んだ」

「危険じゃにゃあわ、おずんのどこが危険なんだっての。

 虚(ホロウ)になった訳でもあるみゃいし、全くもって人畜無害な魂魄だぞ」

「ジャンプネタでごまかすんじゃない。

 それは結果的にはの話だ、行く前から邪悪な霊ではないと看破していた訳でも

 あるまい。

 その霊体が災害の犠牲者ではなく、強制的に人柱にされたようなものだったと

 したら、怨霊化して地縛霊になっている可能性すらある」

「バカマリは到着してすぐに正体を見抜いてたぞ。

 それでも、一応用心にそのバカマリと便器を護衛に付けてやったんだ。

 姚子に危険が及ぶ確率はゼロと言っていい」

「護衛を付けるくらいなら最初から連れて行くなと言っている」

「姚子連れてくと面白いんだよ、まさか速攻で気絶するとは思わなかったけどな。

 そこが可愛くてまたいい」

「短慮過ぎるぞ」


「誰が可愛いって?」

「お、帰ったか姚子」

「こんにちわ墨さん」

「お帰り、姚子ちゃん。

 昨日は散々だったんだって?」

「そうなんですよ、このバカにつき合うとロクでもない事ばっかりです」

「何を言っとる、おみゃあだって昨日はおずんが可哀相だって泣いてたろうが」

「泣いてない。

 勝手に話盛らないで」

「いつもすまないね、馬鹿者のお守りをさせてしまって」

「おみゃあ等な、バカって言う方がバカなんだってバカマリも言ってたぞ」

「あんただってバカバカ言いまくってるくせに。

 そういえば昨日、マリーシャちゃんにプレゼントあげたんですよ」

「ほお、そうなのかい?」


姚子が昨晩のマリーシャとの遣り取りを教えてやると、松子は思いがけず嬉しそ

うな顔をして、その涼やかな美しい瞳が一段と輝きを放ち出した。

「それはいい。

 これで姚子ちゃんも、あの水仙の動向が分かるようになるよ」

「え?、なんでですか?」

「いいからこっちへ来て、ちょっとそこに座って」


姚子は、訳も分からず戸惑いながらも、導かれるままソファーに座った。

「そのまま動かないで、少しの間目を瞑っていてくれるかな」


(目を瞑ってって・・・まさか) ドキドキ


このまま目を瞑って暫くすると、やがて両肩に手が添えられ、そっと唇に暖かい

物が重なって・・・、わー!、きゃーっ!

侠兎がいる前でそんな・・・。

ちょっと待ってちょっと待って、まだ心の準備が・・・。

(え?、頭?)


ソファーの後ろに回り込んだ松子は、姚子の頭に軽く右手を置くと、静かに目を

閉じ気を集中し始める。

「はい、もういいよ」

「え?、終わりですか?」

その間、僅か十数秒。

期待とは裏腹に、全く何も起こらないまま終わってしまった事に拍子抜けして唖

然とする姚子。


(なんだったの?、今の。

 すごい期待しちゃったんですけど)


その様子を訝しみながら見ていた侠兎は、松子が何かの術を施したのを察した。

「おみゃあ、姚子に何をした」

「ちょっと僕の力を賦与しただけだよ、アンテナの感度を上げたようなものだ」

「アンテナ?」

「姚子ちゃんはポシェットを水仙にプレゼントした、そして水仙は持っていた札

 を姚子ちゃんに渡した。

 二人はお互いの持ち物を交換した事になる。

 そこに少し力を賦与してやれば、姚子ちゃんもあの水仙の接近を知る事が出来

 るようになる。

 正しくは、二つの物の間に生まれた縁故のような力を感じ取る能力、つまり第

 六感の感覚を鋭くしたとでも言えばいいのかな。

 とはいえ、姚子ちゃんに方力がある訳ではないから、僕程度の力を賦与したと

 ころで、その感知能力には限度があるけどね。

 お互いが贈り物を身に着けている事が条件にはなるが、近付いてくれば感じら

 れるようになるよ」

「そうなんですか?、どんなふうに?」

「その時がくれば分かるよ。

 別に刺すような刺激があるとかではないから、安心していていいよ」

「はい、ありがとうございます」


期せずして、以前から思っていた希望が実現した事に喜びの表情を見せる姚子。

そこに、若干の不平等感を感じるのは侠兎。

自分には何の力も与えてくれないくせに、姚子には無条件で術を授ける松子が面

白くない。


「どうせなら呼べば来るようにならんのか、イヌみたいに」

「ならばお前が水仙を眷族にすればよかろう」

「アホか、そんな事に無駄な労力使えるか」

「当然だ、あの水仙はサラ様の直属だからな、サラ様が認めぬ限り未来永劫不可

 能だ。

 仮にそれが実現出来たとしても、天界と地上では主従だろうが師弟だろうがそ

 の隔たりを埋める事は叶わない。

 意思の疎通は図れないよ」

「そんなのいちいち言われんでも分かっとるわ。

 いっそ姚子を眷族にしてやろうかな」

「お断りします!」


まさか、昨晩の事がきっかけで、姚子が欲していたマリーシャの来訪を事前に察

知する方法を手に入れられるとは。

松子とのキスは次回以降に持ち越しとなったが、災い転じて福と成すとはまさし

くこれだ。


(あのドキドキを返して、でもなんだかちょっと嬉しいかも・・)


                                 <続>



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