第二話 押し付けられた激痛と、痛みを分かち合ってくれたあたたかい手
その日は城の庭園で、パーティーが開かれていた。
夕暮れの庭園を茜色の光が包み込み、幻想的な美しさを醸し出している。
ルシアは庭園の隅で、その光景を一人静かに眺めていた。
「カトリーナ様、今日もお美しいですね」
「まあ、うふふ。ありがとう」
パーティーの中心で貴族達に囲まれているのは、カトリーナ=バレット公爵令嬢だ。
「やあ、カトリーナ」
そこへ、ディラン王子がワイングラスを片手にやってくる。
「あら、ディラン。遅かったじゃない?」
「拗ねているのか? 可愛いやつだな」
輝かんばかりのドレスに負けないほどの華やかな笑みを浮かべて、二人は楽しそうに談笑していた。
「やっぱりお二人はお似合いね」
「そうね。平民上がりの聖女なんて、場違いもいい所だわ」
遠巻きに眺めていた貴族令嬢たちがこれみよがしに囁き、ちらちらとルシアを見る。
(……私だって、そんな事はわかっているわ)
ルシアは泣き出しそうになる気持ちをぐっとこらえて、ただ静かに微笑んだ。
——その時、突然夕暮れの庭園に絹を裂くような悲鳴が響き渡った。
「……っ!? 何が……」
ルシアが顔を上げると、視線の先には刃物を持った男と、倒れ込んだカトリーナの姿があった。
「き、君が……僕を弄んで捨てるからだ!!」
かつてカトリーナに求愛され、利用された挙句に捨てられた男爵令息が、ガチガチと歯の根の合わない唇で叫ぶ。
カトリーナの横にいたディランは、予期せぬ事態に何が起こったのか分からない様子で呆然と立ち尽くしていた。
「……っ! 衛兵! すぐに捕らえなさい!」
ルシアは勢いよく立ち上がり、叫ぶように指示を飛ばした。男はすぐさま駆けつけた衛兵に取り押さえられた。
「ああっ、痛いわ! ディラン……痛くて死にそうだわ……っ!」
「カ、カトリーナ! なんて事だ! すぐに助けてやるからな!」
ようやく正気を取り戻したディランは、キッと睨みつけるようにルシアを見た。
「ルシア! 今すぐ来い!」
ディランは怒声とともにルシアに近づくと、彼女の腕を強く掴み、引きずり倒すようにカトリーナの前につき飛ばした。
「ルシア、何をぐずぐずしている! カトリーナの怪我と痛みを今すぐすべて引き受けろ!」
「……は、はい、ディラン様」
ルシアは膝をつき、カトリーナの傷口にそっと手を触れた。
能力を発動させた瞬間――ドクンッ、と全身の血液が跳ね上がったような錯覚とともに、今まで感じたことのない凄まじい激痛がルシアを襲った。
「う……、ぐ……っ、あああぁっ!」
骨が砕け、肉が引き千切れるような激痛。カトリーナの受けた深手の痛みがそのままルシアの身体へと流れ込んでくる。
実際に骨が砕けたわけではないと分かっていても、神経はそれを現実として認識してしまう。
あまりの激痛に視界が真っ白になり、ルシアはその場に倒れ込んだ。
カトリーナの体からは血が引き、傷が綺麗に塞がっていく。
「ああ……やっと、痛みが消えたわ!」
カトリーナは立ち上がり、くるりとドレスの裾を翻した。そして地べたで痛みに悶え、呼吸すらまともにできずに涙を流すルシアを見下ろし、鼻で笑って吐き捨てた。
「ちょっと怪我を治したくらいで大袈裟ね。——聖女なんでしょ? 痛いくらい我慢しなさいよ!」
「カトリーナ、そんな女は放っておけ。惨めな面を晒して見苦しい」
ディランは痛みに喘ぐルシアを振り返りもせず、カトリーナの手を取った。
「さあ、着替えて夜会へ向かおう。今夜の主役は君だ」
「そうね。ああ、お気に入りのドレスが台無しだわ」
二人は楽しそうに笑い合いながら、ルシアを暗い庭園の隅に放置して去っていった。
周囲の貴族たちは見て見ぬふりをしていた。
誰も、地面に伏せたルシアに手を差し伸べようとはしなかった。
一人残されたルシアは、冷たい芝生の上でただ痛みに耐え、丸くなることしかできない。
(……痛い……痛いよ……)
ルシアは縋るように、胸元に下げていたクロードからの指輪をギュッと手で握りしめた。
「……クロード……」
小さく吐息のような呟きがこぼれた。
あまりの激痛に身体が震え、意識が遠のきかけた、その時――。
「――ルシア!!」
重い足音が響き、誰かがルシアを強く、けれど壊れ物を扱うように優しく抱き上げた。
「あ……クロード……?」
クロードの姿を見て、ルシアは痛みがほんの少し遠ざかっていくように感じた。
しかし、霞む視界の中で見えたクロードの顔は、なぜか青ざめている。
「……っ、く……」
彼は肩を大きく上下させ、荒い息を吐いている。まるで彼自身も、どこかに凄まじい痛みを抱えて息を切らしているかのように。
「どうして……そんなに、苦しそうなんですか……? クロードも……どこか怪我を……?」
「そんなんじゃない…… 。っ、まだ制御しきれてないだけだ。君は、こんな時まで人を気にかけなくていい……」
クロードは苦しそうに顔を歪め、指輪を握りしめるルシアの手を見つめて瞳を揺らした。
「クロード……?」
「……もう、一人で背負わせたりしない」
クロードの大きな手が、指輪を握るルシアの手を包み込むように力強く握りしめた。
「その指輪は本来、正式な契約で完成するもので……未完成ゆえに不安定だ。ただ、強い意志があれば仮契約として発動する。半分は俺が引き受けるから。……痛みを、俺に分けてくれ」
その瞬間、全身を苛んでいた激痛が、すうっと半分ほどに減ったような感覚がした。
クロードの瞳からいつもの気安さは消え、そこには冷酷なまでの「本気」の光が宿っていた。
「……俺はもう、お前に全部背負わせるつもりはない」
彼の言葉の意味を、ルシアにはまだ分からなかった。
けれど、クロードの腕の温もりだけが、暗闇の中でルシアの唯一の救いだった。
◇◇◇




