第一話 孤独な肩代わり聖女と小さなお守り
豪勢な料理が並ぶ食堂の床で、ルシアは全身の皮膚が焼け焦げるような激痛に耐えながら身をよじっていた。
婚約者であるディラン王子に命じられた『毒見』――聖女の力で彼らの食事の毒と痛みをすべて自分の身体に引き受けた結果だった。
ルシアの能力は、対象が受けた傷や毒の『痛み』をそのまま自分の身体に肩代わりして無効化させるもの。致命的な死を回避させる代わりに、そのすべての苦痛が彼女を苛むのだ。
「ふん、見苦しいな。聖女ならもっとスマートに解毒できないのか?」
「本当ねディラン。お気に入りのドレスを着てせっかく気分が良かったのに、こんな見苦しい姿なんて見せられたら食事が不味くなるわ」
床に倒れ伏すルシアを一瞥もしないまま、ディラン王子と幼馴染のカトリーナ公爵令嬢は楽しそうに食堂を去っていく。
実父に虐げられてきたルシアにとって、居場所をくれた王子に従うことだけが生きる理由だった。だからどれほど理不尽に扱われても、耐えるしかなかった。
(大丈夫……痛いだけ。私は死なないもの……二人とも無事で良かった……)
ルシアは必死に自分に言い聞かせ、引きずるようにして一人自室のベッドへと戻った。
冷や汗を流しながらシーツを握りしめ、痛みが引くのをただ耐える。
(大丈夫かって、一度でも聞いてくれたら……)
胸の奥を苛む悲しみを必死に押し殺していると、バルコニーの窓が静かに開いた。
「ルシア、入るよ」
闇に紛れて滑り込んできたのは、黒いマントを羽織った青年——クロードだった。
外交使節団に同行する騎士として滞在している彼は、こうして時折忍び込んできては、傷つくルシアを案じてくれる存在だ。不思議なことに、彼の立ち振る舞いには他の騎士とは違う落ち着きがあった。
「——相変わらず、バカみたいに耐え込んでるんだな。どうして君は、自分が傷つくことをそんなに当たり前みたいに受け入れるんだ」
「クロードさん……えへへ……」
「笑い事じゃないよ…………まったく」
ベッド脇に腰掛けたクロードは、冷たい指先でルシアの額の汗を優しく拭った。彼の触れ方は、王子とは違ってまるで壊れ物を扱うように丁寧だ。
「また毒見か……? あの王子たち、本当にどこまで腐ってるんだ。そんな身勝手な男との婚約なんて、さっさと捨てちゃえばいいのに」
「そんなこと……できません。私なんて、こうして誰かの代わりに痛むくらいしか、価値がないんですから」
「……価値がない、なんて二度と言うな」
低い声に込められた強い怒り。けれどその怒りが自分に向けられたものではないと知り、ルシアは胸を痛める。
クロードは悔しそうに奥歯を噛み締めると、ポケットから青く光る石のついた指輪を取り出した。
「ルシア、手を」
「え?」
「いいから、早く」
急かされるように手を差し出すと、クロードは銀のチェーンが通された指輪を握らせてきた。
「これは、痛みを和らげる試作品の魔道具だ。まだ調整段階だから気休め程度かもしれないけど……君に持っていてほしい」
「そんな……こんな高価なものをいただくわけには——」
——その時だった。
「……っ」
クロードが不意に胸元を押さえ、苦しそうに顔をしかめたのは。
まるで今この瞬間、誰かの苦痛をその身に引き受けているかのように。
「クロードさん……? 大丈夫ですか?」
「……なんでもない。少し、古傷が疼いただけだ」
そう言って不敵に笑うと、彼はチェーンをルシアの首にかけてくれた。
「代わりに、俺の事を『クロード』と呼んでくれないか? 君にだけは、そう呼ばれたいんだ」
ペンダントが胸元に触れた瞬間、ふわりと温かい心地が広がり、全身を苛んでいた毒の痛みがすうっと和らいでいく。
「あ……なんだか、すごく温かいです。ありがとうございます……クロード」
はにかむルシアの頭を、クロードはどこか切なそうな目で見つめながら優しく撫でた。
「……俺に感謝なんてしなくていい。君がそんな痛みに耐える必要なんて、本当はないんだから」
この小さな繋がりが、やがて彼女の運命を大きく変える『誓い』へと至ることを、この時のルシアはまだ知らない。
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